第39話 材木価格の異変

 屋敷に帰るとヨーナスが待っていた。

 応接でブリュンヒルデが対応していると言われ、直ぐに応接に向かった。

 中に入るとヨーナスはいつものようにニコニコとしているが、これは何か獲物を見つけたときの笑みだ。

 好々爺の仮面の下には、鋭利な爪と牙を隠している。


「お帰りなさいませ、マクシミリアン様」


「やあ、ヨーナス。今日はどうしたの?」


 そう訊くと、待ってましたとばかりにヨーナスが来訪した目的を話し始める。


「材木の先物価格がおかしいのですよ」


「材木が?」


 材木も先物取引がされている商品だ。

 その価格がおかしいとなると、そこには本尊がいる可能性があるな。


「目つきが変わりましたよ、マクシミリアン様」


 思わずヨーナスが持ってきた情報に色めき立ち、それを指摘されてしまった。


「マクシミリアンは相変わらずですね」


 ブリュンヒルデは微笑ましいものを見たようで、母親のような言い方をする。

 ヨーナスの前でそんな態度をされると恥ずかしくなる。


「で、材木の先物がおかしいって言うからには、現物はおかしくないって事だよね」


「はい。現物は先物に引っ張られてやや高値を付けておりますが、先物との乖離が大きいです。現物は4メートルで12万マルク程度ですが、先物は倍近い23万マルク付近で取引されております」


「それはまた、随分と乖離しているねえ。この時期の価格って例年はどんなものなの?」


「例年は現物で10万マルク付近ですね」


 僕は顎に手を当てて考える。

 この異常な高騰の裏には本尊がいると考えて間違いない。

 しかし、どうやって売り抜けるつもりなのかと。

 現物の価格が上がってないのは、本尊が先物で勝負を仕掛けるからだろう。

 しかし、現物を放置していては、乖離を埋める動きが出てくる。

 ブリュンヒルデがローエンシュタイン家に仕掛けてきたように、現物を押さえてなおかつ先物も買ってくるならわかるが。

 あるいは既に大量の材木を確保しており、先物を吊り上げて売り方の油断を誘うつもりだろうか?


「そうだ、ヨーナス建玉の枚数はどうなの?」


「普段なら5,000枚程度なのですが、8,000枚程に膨らんでますね。因みに、材木は清算日が三ヶ月おきとなっております。次の清算日までは62日ほどありますね」


「本尊は?」


「ユルゲン商会の建玉が突出して多いのですが、手張りなのか客の注文を受けているだけなのかはわかりません」


 その名前を聞いてブリュンヒルデがハッとする。


「ユルゲン商会で間違いありませんの?」


「はい」


「知っているの、ブリュンヒルデ」


「ええ。ユルゲン商会といえば、教皇シュタイナッハと昵懇の仲ですわ」


 ヨーナスもうなずく。


「マクシミリアン様、王都では有名な話ですよ。現在の教皇になってからは、教会の仕入れは全てユルゲン商会が請け負うようになりました」


「へえ、癒着じゃないの」


 僕は感想を漏らした。

 それをブリュンヒルデが肯定する。


「教皇を選ぶ選挙で、ユルゲンが莫大な選挙資金を援助したという噂がありますわ。ただ、教会の中の話なので真偽の程は定かではありませんが。そして、来年にはまた教皇を選ぶ選挙がありますわ。このタイミングで仕掛けてきたとなると、選挙資金の捻出の可能性もありますわね」


 選挙資金の捻出を相場で行うのは日本でもあった。

 政治家にも株式市場が大好きな者は多く、証券会社や仕手筋と手を組んで選挙前に大規模な仕手戦を仕掛けるのだ。

 その銘柄はマル政銘柄と呼ばれて、選挙前まで市場を賑わせる。

 選挙が始まる前に換金しなければならないので、比較的終わりがわかりやすいのだが、毎回最後は個人投資家に嵌め込まれて終わる。

 見事な売り抜けが見られるのだ。


 さて、そんな選挙資金目当ての仕手戦がフィエルテ王国で行われたとしても、なんの不思議もない。

 今は秋が終わりかけている冬の入り口で、あと三ヶ月もしたら新年だ。

 選挙資金を作るなら丁度いい。


「ヨーナス、僕は過去の材木の値動きを調べてみるよ。取り敢えずは100枚ほど買い玉を建てておいてもらえるかな。それとユルゲン商会に注文を出している本尊の調査だね。どうやって売り抜けるつもりなのかを予測出来ないと、大きな勝負は出来ないから」


「承知いたしました」


「私は教会の動きを調べてみますわ。シュタイナッハ教皇といえば息子のギルベルトがアンネリーゼやカール王子と仲がよいので、教皇はカール王子派と目されております。ただ、独立した勢力なのでどちらの王子が国王になっても政治的な影響力は残るでしょうけど」


「神の教えを忠実に守っているようには聞こえないね」


 僕の皮肉にブリュンヒルデもうなずく。

 そしてため息をついた。


「信者の数が多いので無視できない勢力となり、好き勝手にやるようになっておりますわ。気に入らなければ異端審問や異教徒、悪魔としての宗教裁判で処刑するので、貴族であってもおいそれと歯向かうわけにもいきませんの」


 絵に描いたような利権団体だな。

 そんなもの潰してしまえと言いたいところだけど、信者の数が多いのは厄介だな。

 それに、本尊が教会だとすると、利権団体と化した宗教団体は資金力があるので、売り崩すにしても骨が折れる。

 ギルベルトの件がなければ提灯つけて買いに回るところだ。

 実際、今回は買いから入るのだけど。


「じゃあヨーナス頼んだよ」


「承知いたしました」


 ヨーナスが帰ってからは、僕は公爵家の書庫にある過去の記録を読ませてもらう。

 材木の値段が高騰したというのは最近では見当たらない。

 かなり過去まで遡ってみるが、50年前までは取引価格は小動きであった。


「面白くもなんともない商品だなあ。逆に考えたら生産者は安定した収入が見込めるという事かな。木は育てるのに時間がかかるから、価格の変動が大きいと出荷時の価格に不安がある。ユルゲン商会もなんでこんな商品に狙いを定めたのかなあ?」


 資料を読むのを一旦中断し、メイドが持ってきてくれていたお茶を飲む。

 すでに冷めており、かなりの時間が経過していたようだ。

 窓から見える星空は、書庫に来たときからその位置を大きく動いていた。

 つい、熱中して周りが見えなくなってしまったな。

 明日も魔法学園に通わなければならないので、今日はこの辺で止めておこうか。


 自分の部屋に戻ると、ベッドの中でマルガレータが寝息を立てていた。

 僕が来るのを待っていたが、寝てしまったのだろう。

 他の二人は見当たらないので、自室で寝ているのだろう。

 今日は資料を読むから夜は無しだと伝えたら、みんな納得してくれたのだ。


 起こさないようにそっとベットに上がり、マルガレータの横に添い寝する。

 目をつぶるとマルガレータの匂いが鼻に伝わってくる。

 資料を読んでいたせいで、まだ意識がハッキリしていて眠くならないのに加え、生殖衝動を掻き立てるこの匂いで結局寝たのは空が瑠璃色になってからだった。

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