第14話 見えてきた買い本尊

 清算日まで19日となった。

 ついに塩の先物価格は再び100,000マルクの大台を突破。

 このころになると相場も賑わってきた。

 提灯筋が買い本尊に再び提灯をつけはじめたのだ。


 そして、ローエンシュタイン家は売りポジションの含み益が無くなっていた。

 下で追加した売り玉が利益を消してしまったのだ。

 そしてついに父は売り玉を踏むことを決定した。

 踏む、または踏まされるというのは売り方のロスカットを指す。

 逆に買い方の場合は投げるという。


 市場では売り方の本尊であるローエンシュタイン家が踏んだと伝わり、他の売り方も次々と踏んでいった。

 そのためショートカバーが発生し、先物価格はついに150,000マルクを超えた。

 現物価格もほぼ同じである。

 なんと、塩の価格は先月の3倍近くに跳ね上がってしまったのだ。

 さらに悪いことに、こうなると塩を売ってくれるものがどこにもいなくなる。

 なにせ、どんな値段でもみんなが買うからだ。


 翌日になると今度は200,000マルクを突破する。

 自分の利益も50億マルクを突破した。

 これは先物と現物を併せた利益である。


 もう誰もこの狂乱を止められない、そんな雰囲気が蔓延してきた時に事態が動いた。

 ヨーナスの事務所から帰るとゲルハルトが慌てて僕のところにやってきた。


「どうしたの?」


「実は隣のシェーレンベルク公爵から使者が参りまして、塩の入手に困っているようなので手助けしてもよいと提案があったのです」


「貴族にしては珍しく、困った貴族を助けようとする奇特な人だね」


 そうは言ったが、勿論そんな善人ではなかった。


「それが塩の卸値を150,000マルクの固定とするという話でして」


「それでも今の市場価格よりも安いねえ」


「ですが、通常の3倍以上を今後ずっとですので。当然住民の生活に支障がでるので、辺境伯様が買い取って通常の価格で卸す形になると思います」


 という事は、ローエンシュタイン家が今後どんどん経済的に疲弊していくということか。


「父もそんな条件を飲めないよねえ」


「はい。しかし、公爵領の反対側のヒルデブラント伯爵も公爵様と同じ意見だと使者に言われまして、辺境伯様は二つの貴族領と戦争も辞さないとおっしゃっております」


「座して死を待つか、戦って死ぬか、か」


「はい」


 生活必需品である塩を抑えられてしまっては、ローエンシュタイン家は手も足も出ないなあ。

 塩の入荷が悪かったのも、隣接する貴族領で商人達に圧力をかけていたからか。

 そして、このでかい資金量も納得がいった。

 買い本尊は間違いなくシェーレンベルク公爵だな。


 まったく、この仕手戦にいくらつぎ込んできている事やら。

 事前の準備から始まって、自領を通過する商人からの塩の買上げ。

 そして、おそらくはその保管もしているだろう。

 更にローエンシュタイン家の備蓄してある塩まで買い上げたかな。

 レバレッジ100倍という海外口座並のハイレバトレードで、僕の口座があっという間にお金が増えたのだが、本尊はもっと利益が出ているだろう。

 ただし、どうやって売り抜けるのかと思っていたが、まさかのローエンシュタイン家に買い取らせようとは。


 買い取りでも戦争でもウチに勝ち目は無いのだが、相場でやられっぱなしは癪に障るなあ。

 それに、戦争になれば僕もどうなるかわかったもんじゃない。

 どうせ輜重部隊の代わりに運搬業務をやらされるのだろうけど、生き残ったところで敗戦処理でローエンシュタイン家の血筋は断つとかなって、処刑されるのじゃないかな。


 なので、なんとしてもシェーレンベルク公爵を相場で叩き潰すことにした。

 それに、僕の意識が入る前のマクシミリアン少年の執念が実る可能性もあるし。

 大きな相場を張るには哲学が要る。

 残念と言われながらも10年間休まず塩を作り出し続けた少年の、その努力に日の目を見せるというのも面白いじゃないか。

 彼のことを残念だと言ってきた連中の見る目を変えさせてやる。

 これは自分が生き残るためと、マクシミリアン少年の努力を知らしめるための戦いだ。

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