第49話:色仕掛け

「イーライ大公公子殿下、夜一人で眠られるのは寂しくないでしょうか。

 万が一の事があっていけませんので、不寝番もかねて侍女にお世話させたいと思うのですが、いかがでしょうか」


 王家の軍勢を追い払った翌朝、食事の時に子爵夫人が話しかけてきた。

 子爵本人は苦虫を嚙み潰したよう表情をしているが、止めてはくれなかった。

 夫人のやり方は反対だが、子爵家のために黙認する。

 そんな気持ちなのが、子爵の苦々しい表情からうかがえた。

 こういうやり取りも、適齢期の貴族ならしかたのない事だろう。

 だが、俺はまだ幼児なのだぞ、早すぎるだろうが。


「子爵夫人、気を使ってくれるのはうれしいが、見ての通り私はまだ幼いのだ。

 夜とぎの必要などないから、もう二度とそのような気をつかわないでくれ。

 それと、念のために言っておくが、私の従魔はとても獰猛で忠誠心が強い。

 許可もなく私の部屋は入ろうとした者は、その場で喰い殺されるだろう」


 俺がそう警告すると、その気持ちを察してくれたのだろう。

 食事の雰囲気を悪くしないように気配を消してくれていた、大和たち九頭の魔狼が、一斉に凶暴な気配を放って子爵夫人たちを威嚇した。


「「「「「ウゥウウウウウ」」」」」


「「「「「ヒィイイイイ」」」」」


 老練な子爵夫人は上手く悲鳴を飲み込んだが、令嬢たち悲鳴をあげていた。

 あまりの恐怖にガタガタと震えてしまい、立っている事もできない者もいた。

 恐らく俺の好みに合わせるために数をそろえたのだろう。

 椅子に座って一緒に食事できる身分の令嬢だけでなく、侍女として側に置ける身分の者まで候補に入れていたようだ。

 そんな身分の者を俺が気に入ったらどうする気だったのだろうか。


「イーライ大公公子殿下、誤解しないでくださいませ。

 私は、いえ、我が家は殿下の正夫人の座を狙っているのではありません。

 庶子を産ませて、大公家の世継ぎにしたいとも思っていません。

 ただただ純粋に子爵家を護りたいと思っているだけでございます。

 殿下の御子ならば、きっと魔力に秀でておられる事でしょう。

 そのような方を子爵家の後継者に迎えることができれば、我が家は安泰です。

 王都に近い場所に領地を持つ我が家としては、どうしても必要な事なのです。

 家臣の苦渋を理解していただけるのなら、どうかお種をくださいませ」


 子爵夫人の言っている事は、頭では大体理解していると思う。

 前世で生きていたのは小学六年生までで、今生でもまだ幼児のままだ。

 セバスチャンが教えてくれたとはいえ、男女の機微など全く分からない。

 色事など夢のまた夢で、頭に描く事もできない。

 こんな状態では、ここまで露骨な事を言われても、返事などできない。


「子爵夫人、何度も言うが、俺はまだ幼児なのだよ。

 大公家の後継問題も、俺自身の跡継ぎも、全く考えた事もない。

 ただ、臣従してくれた貴族士族を大切にしろとは教えられている。

 だからこそ、こうして俺自身が援軍に来たのだ。

 だから今の話しは父上と母上、それに俺の養育役で執事でもあるセバスチャンに聞いてみるから、返事はその結果次第にする。

 それまでは待ってくれ、だから、絶対に俺の部屋に人を近づけさせないでくれ。

 俺の従魔が助けに行った先の人を喰い殺したなどという噂がたてば、大公家の信用信頼が崩壊してしまうからな」


「妻が身勝手な事を口にしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。

 私も話しは聞いていたのですが、妻と同じように身勝手にも止めませんでした。

 いい訳をさせていただけるのなら、イーライ大公公子殿下が強すぎるのです。

 あまりにも圧倒的な強さを持っておられるので、ついお歳を忘れてしまうのです。

 もしまだお願いを聞いていただけるのなら、お詫びの言葉を大公殿下と大公妃殿下に送らせていただいて宜しいでようか」


 なるほど、俺がこのの真実を父上と母上に伝える前に、公式に謝っておきたいという事だな、それは理解できる。


「分かった、ただ今の状況では父上に送られる伝書魔術の数はとても多い。

 子爵が伝書魔術で送れば、多くの家臣までこの話を知ってしまう。

 今回は私の伝書魔術に子爵が伝言を込めてはどうだ」


「これほどの失礼をした我が家に対して、有り難きご配慮感謝の念にたえません。

 ですが今回の件はご家中の方々にも知って頂いておくべきなのです。

 いえ、新たに臣従した貴族士族の方々にも知っていただくべきなのです。

 もし万が一、愚か者が殿下の命に逆らってお部屋に近づき、近衛の従魔たちに喰い殺されることがあっても、殿下や大公家には何の責任もない事を、しっかりと伝えておかねばなりません」


 子爵は夫人や令嬢たちの失態を取り戻そうと必死なのだな。

 朝食の美味しい香りがするはずのこの場所に、異臭が立ち込めている。

 大和たちの放った殺気によって、粗相してしまった令嬢がいるのだろう。

 早い話が、小便や大便を漏らした令嬢がいるのだ。

 こんな失態は、貴族として面目丸潰れだから、中には自殺を謀る令嬢がいるかもしれず、俺の従魔に喰い殺されて恥をかかせた俺たちを陥れようとするかもしれない。


「分かった、子爵の覚悟を受け止めさせてもらおう」

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