第24話
年が明け、1月2日。
先輩と初詣の約束をした日がやってきた。
昨日は毎年のような寝正月とは程遠い、忙しい元日を過ごしていた。多分いちごを200パックは処理したと思う。
初詣にふさわしい服装と言えば振袖かもしれないが、元日の誘いを断ったくせに自分だけ着飾るのもおかしいだろう。
先輩にうちで着付けしますかって誘ったら喜んで応じてくれたかもしれないけど、そこまでするのもどうなんだろう……。
迷っているうちに元日が過ぎ、朝が来て、約束の午前10時が迫っていた。
結局セーターとコーデュロイパンツ、いつも制服の上に着ているモッズコートという、この上なく無難な服装にした。
学校の近くの神社に行く予定だ。待ち合わせは学校の裏門。
お正月はさすがに運動部も休みらしい。よく晴れているというのに、校舎は薄暗く静まり返っている。
きっちりと閉められた門の向こうに、小さく温室が見える。
約束の時間になったら先輩はそこから出てくるのではないかと思うほど、いつもと変わらない風景。
わたしが必死で働いているというのに、何も知らずに温室は静かに佇んでいた。
「ユキノ」
じっと見つめていた温室ではなく、背後から声をかけられ振り向く。
先輩もいつものダッフルコートの下にツイード生地のワンピースという、普段着らしい服装だ。モヘアの白いマフラーをぐるぐると巻いて、寒そうに顔をうずめている。
1週間ぶりくらいなのに、会えた喜びがわき上がってくる。自分でもびっくりする。人に会えて嬉しいと思うなんて――。
そんな感情を押し隠すように、まずは姿勢を正して挨拶をする。
「明けましておめでとうございます」
「明けましておめでとう。今年もよろしくね、ユキノ」
今年も、か。
先輩との高校生活はあと3ヶ月しかないのに。
嬉しさの次は寂しさ。感情が忙しく変わっていく。
これも先輩と過ごすようになって分かったことだ。
「じゃあ行こっか」
先輩が西方向の道へと足を踏み出す。わたしはうなずいて、それとなく先輩の車道側に並んだ。
「ユキノ、冬休みの宿題は終わった?」
「まあ……ぼちぼちです」
嘘だ。バイト三昧でほとんど終わっていない。
「3年になると、何も言わなくてもみんな受験のためにちゃんと勉強するから、宿題ないんだ。受験しないあたしはラッキーってわけ」
先輩はそう言って得意げに笑った。
卒業後、どうするんですか。
わたしがそう聞きたくなったのを察したのか、先輩はすぐに話題を変えてしまう。
「ユキノは毎年初詣に行くの?」
「子どものころは言ってましたけど、ここ数年は行ってませんでしたね。たぶん先輩が誘ってくれてなかったら、今年も行かなかったと思います」
「そう……迷惑じゃ、なかった?」
変なところで大胆になったり、変なとこで気にしいになったり。
先輩のそんなところも微笑ましい。
「ぜんぜん。家族以外との初詣なんてはじめてなので、それが先輩とでよかったです」
先輩はへにゃっと笑ってうなずいた。足音が少し大きくなる。先輩の嬉しいときの癖、歩いているときだとそうなるんだ。
神社に着き、しっかり礼をしてから鳥居をくぐる。
待ち構えるのは、先が見えないほどの長い石段。両脇には灯篭がぽつぽつと灯され、木立の影になった石段を淡く照らしている。
「先輩、これ上るんですか……?」
「そうだよ。いちばん近所にあるのがこの神社だったから、昔から毎年上ってるよ」
「ほんとですか……」
行くよ、と先輩は存外元気に上りはじめた。わたしも数歩遅れて後を追う。
毎年恒例と言うだけあって、先輩の足取りは軽かった。
小声で数を数えているのが何だか可愛らしく……というか、しゃべるような余裕などなく、わたしは黙々と上を目指すしかなかった。
2日だからか、参拝客はそれほど多くないようだった。
静けさの中に足音がぱたぱたと鳴っている。
息切れがしはじめたころ、ようやく頂上の鳥居とお社が見えてきた。先輩の足取りが俄然軽くなり、残り数段をとととっと駆け足で上りつめた。
「110! あれ? 去年は109だったはずなのにな」
「怖い話みたいなのやめてください」
境内も人はまばらで、わたしたちはすぐにお参りできた。お賽銭をせーので放り、二例二拍も目で合図しタイミングをあわせてしまう。
笑みをこぼしながら、先輩は手を合わせたまま目を閉じた。わたしも頭の中でお願いごとをたくさんした。
勉強ができるようになりますように。
バイトでできるだけたくさん稼げますように。
温室を守ることができますように。
そして。
先輩と少しでも長くいっしょにいられますように。
まぶたを開けると、先輩がじっとこちらを見上げていた。にやりと笑いながら最後の一礼をする。
「ずいぶんたくさんお願いしたんだね」
「そ、そんなことないですよ。先輩は何お願いしたんですか?」
「少しでも長く温室で過ごせますように」
「先輩らしいな」
「もちろん、ユキノといっしょにね」
嬉しいのか寂しいのか悲しいのか分からないけど、胸がしめつけられるように痛んだ。
たまに感じるこの痛みも、先輩に教えられた。
「ユキノ、これから家に来ない?」
先輩は唐突にそう言った。
「え? せ、先輩の家に?」
この神社が近所だと言うからには、近くなんだろうけど……そんな流れは想像もしていなかった。
返事を迷っていると、先輩が真摯な眼差しを向けてきた。
わたしがこの目に弱いのを、先輩はきっと知っている。
「見せたいものがあるの」
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