お見舞い
俺はそっと次から次に流れる陽菜の涙を拭った。久しぶりにふれた陽菜の頬の柔らかさにこちらまで泣きそうだ。
震える肩をそっと抱き寄せた。
「陽菜.....一緒にいよう 俺は陽菜に居てほしい ずっと 毎日 朝起きたら隣に陽菜に居てほしい。」
「.....いいのかな」
「いいんだよ。ごめんな 陽菜 一人で頑張らせてごめん」
陽菜は俺に抱きついた。
嬉しくて嬉しくて、陽菜が俺の腕の中にいる......陽菜が。
もっと陽菜が頼れる、甘えられる男になろう......。
「あ、お見舞いに行きたいの。一緒にいこう、かずちゃんも」
佐伯さんのお見舞いに俺も来たんだけどな、これはどうすりゃ......すっかり本調子の陽菜は俺の手を取りグイグイ歩く。
ガラガラっ
勢い良く開けた病室には誰もいなかった......。
あれ......さっきまで佐伯さんが居たはず。
もしかして、まさか、佐伯さんはもう......。
と後ろから声がした
「あっお二人来たんですね。シーツ交換するから出てって言われて」
ああ、びっくりした。通りで布団がきれいなわけだ。良からぬ想像をした。
ベッドに戻った佐伯さんが満足げでにこやかな笑みを浮かべて俺らの顔を交互に見る。
「良かった。二人は永遠にともに生きますね。病めるときも健やかなるときも、支え合い」
「佐伯さん、かずちゃんと知り合いでしたか?」
俺達は固まった。目を合わせたまま......。
「まあちょっとした縁でね」
「はい、ちょっとした縁ですね」
不思議そうにする陽菜は佐伯さんに質問した。
「じゃ、佐伯さんが私の病気、手術の話とか全部かずちゃんに?」
佐伯さんはただニコリと微笑んだ。
陽菜はそれ以上聞かなかった。
2020年6月7日が訪れたら、2018年に行くんだろうか、またはそのまま流れるのか。
佐伯さんに話したい事も山ほどある、が今は陽菜がいる。
俺らは秘密のやり取りを目だけで試みる。
どうやら何も言うなと言っている?
病室をあとにし、二人並んで歩いた。
こうしてまた陽菜の歩く横顔を隣で眺められる。陽菜は爽やかな五月の空気に似合う澄んだ目をしていた。
「かずちゃん、知ってる?私もう赤ちゃん産めないんだよ。赤ちゃん.....」
「うん。かまわないよ。陽菜が大事だから。」
俺なんかよりきっと陽菜が欲しかっただろう......子供。
「あ、陽菜勝手にどこに引っ越したんだよ」
「お父さんとこ、実家に帰ったんだ」
「そっか。じゃあさ、うちに引っ越そう。お母さんのウェディングドレス持って。改めてお父さんに挨拶するよ。」
「うん......かずちゃんっ ありがとう」
陽菜は可愛い顔をした。無邪気に笑って、もうあんな顔は見たくない。あんな顔はさせたくない。
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