第40話 忘れない景色


 ピ────────ィッ



 澄み渡る声で鳥が鳴く。

 白く息が吐き出される寒そうな空に、真っ赤なその存在が暖かみを感じさせる。


「お姉ちゃん。これはなんていう鳥さんなの?」


 私と同じ、少しクセのある茶色の髪を、ぴょこぴょこ弾ませてデルマが振り向いた。


「えっと……」


 鳥じゃない。レンヴラント様が使役しているっていう事は、たぶん家紋になってるアレよね。


「フェニックス?」

「なんで疑問系なんだ?」


 レティセラが首を傾げていると、後ろからレンヴラントの声が聞こえて、ドキッとした。


「間違ったらやだなと思いまして」


 私たちはフェニックスに乗せてもらっている。

 

 ここに彼と2人だけだったら、とても気まずかったけど、デルマがいてよかったよ、ホントに。


「ふーん……それじゃ、このおじちゃんは誰なの?」


 …………

 やめてぇぇ!!

 この子ったら、なんて事をいうのよ!? 


 たらたらと冷や汗が吹き出し、レティセラは内心で頭を抱えた。


 レンヴラント様は私たちを抱えるように後ろに乗っている。


 振り返るのが怖すぎるでしょ!


「俺はお前のお姉さんの上司だ。それと、お兄さんな」


 ホッ。

 良かった、意外と怒ってないらしい。


「お仕事の偉い人?」

「というか、この国の偉い人よ」

「そうなんだ。じゃあ、僕たち助けてもらったんだね」

「えっ!?」


 そっか、ホイホイついてきたけど、たしかに。

 

 こんな真冬の上空にいるのに、レンヴラント様の魔術のおかげで寒くはない。


 空を飛ぶことも、召喚獣に乗ることも初めてで、ちょっと怖いけど、それよりも目の前に広がる景色がとても広かった。


 果てしなく続く、色鮮やかな青。白銀の街。

 自分という存在がちっぽけで、今まであったことすら許せてしまうような、そんな気さえしてくる。


「そうだよ」


 境遇を恨んだことがないわけではない。だけど、この世界はこんなにも綺麗に、はるか昔から、変わらずに人々を見守っているのだろう。



 人に頼りたくない、とずっと思っていた。それでも私はこの国が好きで、大事だと思う人のために、変わらなくちゃいけないんだと思う。


 眩しくて目がチカチカして、私は、目を細めながら世界を回し、泣きたくなるような気持ちを抑える。



 どこまでも飛んでいけそうな空。

 私はこの景色を、生涯忘れることはないだろう。



 その代わりにレティセラは微笑んでいた。








 屋敷まで帰ってくると、アルバート様が出迎えてくれた。


「寒かったでしょう。早く部屋で温まってください」


 帰ってきた。ここを家かのように思っている自分がいて、少しおかしい。


「お前はこっちだ」


 アルバート様について行こうとすると、レンヴラント様に首根っこを掴まれてしまった。


 まあ、そうですよね……


 彼は怒っていると聞いていたから、一息つく前にお説教タイムってことだろう。とほほ


 そんな訳で、彼の自室まで連れて行かれると、ソファに座るように言われ、そこで散々お叱りを受ける事に。


 殆どが私を心配して、というものだから黙って聞いてるしかない。


 でもさ、私これでも熱あるんだし、もうこれくらいで良くないですか?


「おい、ため息なんてついて、聞いてるのか?」


 無意識に口から息が漏れてしまったらしい。私は慌てて口を塞いだ。


「あ、はい、すみません。聞いてます!」

「じゃ、そういう事でいいんだな」


 やべぇ……全然聞いてなかった。

 まあ、どっちにしろここで私は”いいえ”と言える立場じゃないんだし、同じことか。


「もちろんです。ありがとうございます!」

「おまえ、本当に分かってるんだよな?」


 今まで座っていたレンヴラント様が、何を思い立ったか立ち上がる。そこで、どうしてか、彼の酔っ払っていた時の事が頭をよぎり、私も咄嗟とっさに腰を浮かせた。


「なぜ立つ?」

「だって」


 明らかにこっちに来てるじゃないですか!

 その顔で、その気迫でこられたら、壊れます。


「お前を見ていると、危なっかしくてしょうがない」

「ちょ、なにしれっと手を掴んでるんですか!」

「そうしないと逃げてしまうだろう」


 当たり前でしょ! 既に爆発しそうですよ。


「お前は、俺をどう思ってるんだ?」

「ど、ど、どうって!」


 目の前に私の……好きな人の顔。目なんか合わせられるわけない。顔は真っ赤で、きっと私の気持ちなんて、他の女性ひとと同じように知られているに違いない。


 かっこいい、とか、身分が高いから、とか、そういうんじゃなくて、この人の、ひととなりに惹かれている。

 それなのに、その他大勢と一緒にされてしまうのはちょっと不満だったりするのだ。


「フッ」

「な、なんで笑うんですか?」

「いや……」


 恥ずかしがりながら、眉をひそめた私を見て、レンヴラント様が口を覆っている。それで、ムッとなり目を合わせてしまったのはマズかった。


「分かってるから、もう……どこにも行くんじゃないぞ」


 ギュッと掴まれる手。その向こうに、すごく嬉しそうな彼の顔。それは、ゆっくりと目を閉じ、見ている前で、私の手の甲に口づけを刻んだあと、鋭い眼光で心臓を射抜いていく。


 ボッと、炎が燃え上がったかのように体が熱い。目は開いているのに、目の中に弾けた星が、何も見えなくした。


 あ……死ぬわ、これ。

 フッと意識が遠のき、体から力が抜けていく。


「レティセラ!?」


 私の脳は完全にストライキを起こしてしまったらしい。最後に耳に届いたのは、私の名前を呼ぶレンヴラント様の声だった。


 




          ※


 気を失ったレティセラは、治療を受けた後、安全な部屋に移され、そのまま眠ることになった。



 日が暮れて、夜がふけてから、そこに近づく人物がいた。


 シン、とした廊下に足音はたたず。その扉に入る際の物音はしない。部屋の中をまっすぐベッドまで歩いてくる。


 今日は新月。部屋は暗く、顔は見えない。その人物はベッドの脇まで来て手を振りあげた。

 その時、外から入る星の光で微かに何かが鋭く光る。

 

「あなたが帰ってくるからいけないの。だからここで死んでね」


 大きく振り上げた手を、勢いよく下ろすと、ザックリとナイフが布団に突き刺さった。なんせレティセラは高熱をだして意識不明の状態。


 悲鳴など上がらなかった。

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