第33.5話 ミルヴァス教官の怒られる一日

 アルデアたちがストーブのそばで話をしていた時のことである。

 総帥棟を訪れたミルヴァスは、補佐官専用の執務室でセネシアと向かい合っていた。

 振り子時計の音だけが響く静かな室内。背筋を伸ばして椅子に腰かけたセネシアは、応接テーブル越しにまっすぐ彼を見つめている。

「説明を」

 張り詰めた空気を、凛とした声が揺らす。膝の上に手を置いたミルヴァスは、咳ばらいを一つして話し出した。子供たちが教官室にある学校の間取り図を盗み見て地下書庫に忍び込んだこと、そこで得た情報から禁忌である魔力継承の儀を執り行ったこと、すべてだ。

 彼の話を頷きながら聞いていたセネシアは、一言「分かりました」と呟くと、メモ書きでいっぱいになった手帳をそっとテーブルに置く。

「その後、子供たちの様子は?」

「体に異常もなく、元気です。不思議なことですが……」

「そうですか……。それは何より」

 メガネの奥のルベライトの瞳が伏され、何か考えているのだろう。ペンの末端が口元をトン、トンと叩く。

 沈黙の重さに耐えかねたミルヴァスがテーブルの木目に目を落とした時、セネシアは静かに口を開いた。

「あの子たちは地下書庫について、どこで?」

 予想していた質問だった。セネシアの目をまっすぐ見つめたまま、ミルヴァスは用意していた答えを投げる。

「噂で聞いたと言っていました」

「あそこには私が結界を張っているはずですが、一体どうして入り込んだのです?」

「ステラを使った、ということで……」

 彼の脳裏に、あの小さな人形の姿がよぎる。

「透明化能力が開花した、と本人たちは話していました」

 アルデア達が屋上で儀式を執行した日の朝のことだ。空中にワンピースだけを残してポーズを決めたステラを、ミルヴァスはその目で見ていた。

 あの時ステラは、サプライズのために能力について秘密にしていたと言っていた。しかし反応を見るに、子供たちはあの能力を既に目の当たりにしていたはずだ。そこまで気付いていて、防げなかった。その後悔が彼の胸を占めていた。

「それについて、把握してはいなかったのですか?」

「……申し訳ありません。使い魔の能力開花については、すぐに報告するように伝えていたのですが……」

 ミコを驚かせるために隠れていたら、本棚の後ろに光る魚が現れたと彼女は話そうとしていた。下手に騒いでしまって結界に気付かれてはと遮ってしまったが、むしろあの時もっと突っ込んでおくべきだったのではないか。ぐるぐると思考が巡る。

「……状況もあなたの心情も理解はしますが、監督不行届は否定できませんね」

「申し訳ありません……」

「この件についての処分は後ほどお知らせします」

 『処分』という言葉に、ミルヴァスは顔を上げる。

、尋問ですか」

 彼の表情を見たセネシアが、「そこまでは……」と言いよどむ。そして、幾分柔らかい口調で続けた。

「ただ、まあ、何ヶ月かの減給くらいは覚悟しておいた方がいいでしょうね」

「良かった」

 ホッとして息をついたミルヴァスに、セネシアはピクリと眉を動かす。

「良かったじゃありませんよ。ちゃんと反省しなさい」

 冷静な補佐官然としていた先ほどまでとは打って変わって、その口調には呆れとも苛立ちともつかない感情が滲んでいた。

 メガネを外して目頭を押さえたセネシアは、目を閉じたままひとりごちる。

「全く。これだけ厳重に管理しているのに、どうしていつも侵入する子が現れるのかしら。あの子たちといい、医療部の誰かさんといい……」

 そこまで言って、彼女は鋭い視線をミルヴァスに向けてきた。

「その噂とやらの出どころ……まさかとは思いますが、医療部の誰かさんではない、ですよね?」

 メガネを外したことで、その顔は普段より心なしか機嫌が悪そうに見える。

「……地下書庫の入口が、あのような学生たちの行き来する場所にあるのがそもそもの間違いなのでは?」

 ミルヴァスは用意してきたセリフで問い返す。質問の答えとしてはいささか噛み合っていないような気がしなくもないが、とりあえずこれで押し切ることにしたのだ。

 彼の言葉を聞いたセネシアは、首をかしげて沈黙する。そして――

「さすがは最初の侵入者です。学生の心理をよくお分かりで」

 柘榴のような色をした唇が、皮肉な笑みを浮かべていた。

「それは……もういいでしょう」

 言葉を詰まらせた彼にふっと笑いをもらしたセネシアは、手帳を閉じて椅子にゆったりと座り直す。

「しかし……ここ最近の様子について、色々合点が行きました」

 無意識に、彼女の後ろに浮かぶ球体に目が行く。水で満たされたその中に、ぷくっと泡が跳ねる。

「ヒラリが、何か?」

「微弱なゆらぎを感知していましてね。念のため見回りに歩いていましたが、私としたことが遅れをとってしまいました……」

 ため息をついて、セネシアはメガネをかけ直す。

「あの使い魔の能力、透明化とおっしゃいましたね?」

「ええ。しかし、それだけではないのではと考えています」

「いい見立てです。透明化だけで結界をすり抜けるのは不可能ですから」

 セネシアの膝の上で、その長い指が組まれる。

「お気付きとは思いますが、あの子――ウルラは、普通の子供ではありません。保護されてから定期的に面談していますが、あの子は類まれなる戦略家の才を持っている子です」

 まっすぐ自分を見据える彼女に、ミルヴァスは何も言わず頷いた。

「あなたの話を聞くと、子供たちはステラの主導で今回のことをしでかしたような印象を受けます。しかし、基本的に使い魔が主の能力以上のことをすることはありません。今回の件の主犯は、間違いなくあの子ですよ」

「その通り」

 不意に低い声が聞こえた。2人がそちらを見ると、いつの間にか扉が開いていて、そこに人影があった。

「メルグス教育部長」

 声を上げたセネシアに会釈をしたその人――メルグスは、テラコッタの長髪をなびかせながら室内を進む。

「お2人ともお疲れ様です。大方は聞いていますよ。また、『やらかした』とか」

 三白眼に短い眉尻、やたらねちっこい口調、胡散臭さが尋常ではない。

「さすが、耳の速いことで」

 セネシアにミルヴァスの隣の席を示されたメルグスは、気取った所作で腰を落とした。

「当然です。教育部長ですから」

 芝居がかった調子で言った彼は、肩から落ちる髪をさらりと後ろへ流す。

「あの子は自分が病弱ゆえに自室に閉じ込められていた、と思っているようですが、それは半分誤りです」

 低く、やたら活舌よく、メルグスは話を続ける。

「あの子のご両親は、何をかもを見透かしたようなあの利口さが不気味で恐ろしかった、と話していました」

「そうでしたね……あの子を引き取ってくれるなら、報奨金すら辞退すると――」

 憂うように視線を落としたセネシアが言葉をつなぐ。

「まるでお粗末な小説のようですよ。跡継ぎになる弟が生まれたことすら、あの子は知らなかったのでしょう?」

「事情あってのことは……言っても仕方ないかと……」

 不謹慎なメルグスに抗議の視線を向ける。しかし、うまい言葉が見つからず、ミルヴァスの語尾はぼそぼそと静かな部屋に溶けていった。

「病弱というのは……こう言ってはなんですが、家にとって利用価値のないあの子を閉じ込めておくための口実だった……ということなのでしょうかね。事実、医療部に入院してから彼女の体質は、目に見えて良くなっていますし……」

 セネシアが、指を組みなおす。

「ノクチュア家は代々続く商人の家系です。やろうと思えば、紹介状なしで直接医療部に入院させるだけの財力はあった。しかし、しなかった。それが全てです」

 メルグスの額にかかる前髪が、さらりと手で払われる。

「せっかくの才能をそんな理由で捨ておくなど、私には理解できませんがね」

 胡散臭い三白眼が、何かを断つように閉じられた。重い沈黙が降りかけた時、ミルヴァスは静かに口を開く。

「だからこそ、彼女はルクスなのでは?」

 窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。

 顔を見合わせたセネシアとメルグスはふっと笑い、どちらからともなく「違いありませんね」と言葉が漏れた。

「まあ、確かにあの子は戦略家ではあるかもしれませんが、詰めの甘さは子供ですね」

 調子を取り戻したらしいメルグスが、皮肉っぽい口調で話し出した。

「真に大人を欺くのであれば、透明化だけでどうやって結界をすり抜けたのかまで詳細に説明できるよう、準備しておくべきでした」

 胡散臭い目がミルヴァスを捉える。

「あの使い魔の能力は、恐らく『遮断』です。気配、魔力、あらゆるものを周囲から遮断して存在を隠す力――まさにあの子を体現するような力ではありませんか」

 何故だか分からないが、メルグスは少し楽しそうに言葉をつづける。

「今回、第一発見者があの方だったのは幸運でしたね。子供たちの心情を汲んでこちら側についてくれるそうですよ」

 その言葉に、ミルヴァスの脳裏に今朝のことがよぎる。ソノリスで呼び出され、寄宿舎へ向かった彼を迎え入れた時の、あの忙しない手の動きが――

「まさか、もう根回しを?」

 驚いたようなセネシアに、メルグスは得意げな表情を浮かべた。

「それはもう。ミルヴァスが調査部から報告義務を課せられている以上、つながりのあるあの方の口を塞いでおくのは急務でしょう」

 腕組みをしたメルグスは、「もっとも、杞憂に終わりましたがね」と呟くように言葉を投げた。

「補佐官殿、この件、どこまで共有なさるおつもりで?」

「そうですね……。最低限、総帥にはご報告するとして、なるべくならばここでおさめたいところです……」

 言葉を濁すセネシアに、メルグスは「ここ、というのは?」と追撃をかける。

「当事者たち、私たち、医療部という意味です。調査部は間違いなく話を大きくするでしょうし。あの子たちの処遇にまで口を出されてしまっては……ね」

 物憂げにメガネをかけ直す彼女に、メルグスは薄ら笑いを浮かべる。

「とどめて、しまいませんか?」

「策がおありで?」

「ええ」

 とうとうと話し出したメルグスの言葉を聞いたセネシアは、「なるほど」と口元に手をやる。

「いいかもしれません。そういうことにしておけば、ウルラが突然歩けるようになった理由として説明がつく……」

「あとは何を聞かれてもこれを押し通す胆力です。どうですか? ミルヴァス」

 水を向けられたミルヴァスは、メルグスの目をまっすぐ見て頷く。

「そういうことなら」


――――


 3人での話し合いが終わり、ミルヴァスとメルグスは総帥棟を出た。

 しとしととみぞれが降り注ぐ石畳。一人だけ傘を差したメルグスは、ミルヴァスに向かってニヤリとした笑みを投げてくる。

「さあ、話は終わりましたよ。望むとおりになりましたか?」

 黒髪に細かい水滴をつけたミルヴァスは、黙ったまま彼の襟元に視線を落とす。

「それにしても、強引な方法を……。バレてしまった時のこと、考えているんでしょうね? またの二の舞になるということも……」

 その声音は、総帥棟にいる時よりも、少し高い。眉間にしわを寄せたメルグスに、ミルヴァスは「その時は……その時としか……」と煮え切らない言葉を返した。

「子供たちの安全を考えたら、これが一番いいと思った」

 風が吹いて、雨粒が2人の傘に、肩に、さらさらとぶつかってくる。「それも、まあ」と相槌を打ったメルグスは、女のような仕草で髪をかき上げる。

「もろもろ、任せておきなさい。理由はどうであれ、教え子を守りたい気持ちは理解します」

 「ただし」と言葉が続く。

「お分りの通り、私はタダでは動きませんよ? 何かしら誠意を見せていただかないと、ね?」

 いやらしく笑うその顔に心の中で舌打ちしたミルヴァスは、タルシアから紙袋を取り出した。

「これで……」

 紙袋を受け取って中を検めたメルグスは、「確かに」と目を閉じて懐へしまい込んだ。

 2人が学校の入口までたどり着いた時、後ろから声をかけてくる者があった。

「お2人ともお疲れっす。探したぜミルヴァスさん」

 金髪、猫目石の瞳、汚れた作業着――

「リリィ……」

「ルベルムだっつってんだろ!」

 名を読んだミルヴァスにすかさず突っ込みを入れたリリィは、汚れた手袋をポケットに押し込みながら言う。

「頼まれてたもん完成したから、1回見て欲しいんだけど」

 その言葉に、メルグスは気取った所作で肩をすくめる。

「残念。すれ違ってしまったね」

「は? どういうことだよ?」

「実は……」

 ミルヴァスは今朝のことをリリィにも話して聞かせた。

「はぁ!? 歩けるようになった!?」

「いやそこまではまだ……」

「リリィ、声が大きいよ」

 メルグスの声は、彼には聞こえていないようだ。

「マジかよ……。え? じゃあもういらないってことか……?」

「……申し訳ない」

 一応、目を伏せる。

「嘘だろぉ……急ぎだって言うからめちゃくちゃ残業したんだぜ?」

 リリィは、がっくり、といった様子でしゃがみこんでしまった。一応、少し頭を下げる。

「申し訳ないとしか……」

「まあ、いいじゃないか。ウルラでなくとも、足が不自由な子が今後また出てこないとは限らない。その時のために温存しておくというのも」

 メルグスが助け舟を出てきた。リリィは「そうだけど……」と言いつつ、ここ最近の自分がいかに頑張ってきたかを一人ぶつぶつと愚痴る。

 彼の話を完全にスルーしたメルグスは、「それはそれとして」と話を続けた。

「ちょうど良かった。君に少し頼みがある」

「何だよ」

「彼には、話してしまっても構わないね?」

 胡散臭い目がミルヴァスに向く。

「ええ。必要でしょう」

 リリィをカウンセリングルームへと誘った2人は、先ほどまでセネシアと話し合っていたことについてをかいつまんで説明した。

「は……はぁ!? はぁ!? ちょっと待てよ! そんなことして大丈夫なのか!?」

 目を白黒させるリリィ。大の大人が3人ひしめき合う狭い部屋の中で、その声は大分頭に響いた。

「大丈夫なわけはないな」

「大丈夫にするために、頼んでいるんだ」

 畳み掛ける2人に、リリィは恐る恐る尋ねる。

「ち、ちなみに納期は……?」

「正直早ければ早いほど助かる」

 つんざくような「ええええええ!」が響き、ミルヴァスは顔をしかめた。

「もうほんっといい加減にしてくれよ!」

「本当に申し訳ない」

「まあまあそう怒ってやるな。君にとっても悪い話ではないだろう? 技術部の実績になるしな」

「……足元見やがって」

 カウチに力なく腰掛け、2人を睨みつけたリリィは、顎に手をやってしばらく何か考える素振りを見せた。

「まあ、やるけどさぁ……。それなりの見返りってモンがないとモチベーション上がんないんだけど?」

 その言葉に、ミルヴァスはまたしてもタルシアから小さな紙袋を取り出す。

「口止め料込みだ」

 その中身を確かめたリリィは、パッと表情を明るくした。

「え? こんなんいいの? マジか。ありがとう。えー、やるぅ。マジでやるぅ」

 スキップする勢いでカウンセリングルームを出たリリィの背中は、あっという間に小さくなった。

「単純で助かるね」

 テラコッタの髪をかき上げたメルグスは、「それじゃ、また後で」と言い残して部屋を出ていった。

 静かな廊下を歩いていたミルヴァスの背後から、「おう」と声がかかる。

「お疲れ。例の件結局どうなったん?」

 振り向くと、見慣れた赤毛の長身がある。ラルスだ。

「教育部長からもそのうち話があると思うが、ひとまず教育部と医療部で隠蔽することにした」

「バカお前こんなとこでふっつーに言うなよ」

 彼の言葉にハッと口元を押さえたミルヴァスは、ひそめた声で「教育部と医療部で……」と言い直そうとした。

「言い直しても遅ぇよ!」

 当直の終業時刻はとうに過ぎ、既に昼が近い。なのに、この男は何故まだここにいるのだろう――的外れなことをぼんやり考える。

「別にいいけどさ。バレた時のこと考えてんの?」

「考えても仕方ない。どうせ今回のことで減給は免れないようだしな」

「ヤケクソかよ……」

 堂々と言い放ったミルヴァスを、ラルスはじっとりとした目で見ていた。

「何も言わないけど、師長のしっぽが今朝からずーーーーーーっとケバケバしてんだよ。お前、ちゃんと謝った?」

「謝って、怒られに行くところだ」

 今朝のことが思い出される。セネシアの所へ行く時、廊下ですれ違ったアズキに簡単に事情を説明した。

 早口な説明を咀嚼できずぽかんとした彼女を、ミルヴァスはそのまま廊下に放置していってしまったのだ。

「殺されんなよ? かーなーり怒ってるはずだから」

 軽口を叩くラルスを無視して、ミルヴァスはタルシアをのぞき込む。

「さすがに魚は持ってないな……代わりに何か……」

 ガサゴソと中を漁るミルヴァスにため息をついたラルスは「ったく……」と腰に手を当てる。

「お前はそうやってすぐ買収しようとする。そういうとこだぞ……」

 口とは裏腹に、その顔はやたらニヤニヤとしている。

「ちなみに俺には? ほら、口止め料的な、さ」

 冗談とも本気ともつかない言い方に、ミルヴァスは舌打ちをする。

「お前もそういうところだぞ?」



次回 11月23日 金曜日公開

物語は第3.5章『朝靄のリコリス』に突入します。


Lumina Lineaの登場人物たちが登場する

ゆる~いスピンオフコメディ―

『木漏れ日の日常譚』 現在第18話まで公開中!

https://kakuyomu.jp/works/16816927859225434319

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