第33話 わたしの夢②

 8時を告げる鐘が鳴った。

 薪のはぜる音と煙のにおいが立ち込める教室内。いつも通り天井からぶら下がったコウモリが、もぞもぞと身じろぎする。

 窓からは厚い雲に覆われた空が見えて、先ほどまで降っていた小雨に白いものが混じり始めていた。

 ミルヴァスに、セネシアも交えての事情聴取。そして、アズキからのこってりとした説教を受けた後、教室で待機しているように言われたアルデア、ウルラ、ステラは、ストーブの火入れをしていたルキオラと合流した。

 夜中に寄宿舎を抜け出した緊張で、ただでさえ疲れていた。それを寝起き早々に連れ出され、朝食を摂る暇すら与えられず――3人の顔には疲労が色濃く滲んでいる。

 挨拶を交わす気力すらなく、吸い寄せられるように円柱型の薪ストーブの周りに集まる。冷えた体にストーブの熱が流れ込み、やっと人心地がついた3人は今朝の出来事をぽつりぽつりと報告し合う。

「寝てたらいきなりセダムさんが布団引っぺがしてきたんだよ……。すぐ着替えて教室行くように言われて、来てみたら教官がいてさ。さっむい教室でずーーーっと話聞かれてた。6時だぜ? 6時。拷問かと思ったぜ……」

 ストーブに身を寄せたルキオラが、盛大にくしゃみをする。ストーブの上に置かれた真鍮のタライに入った水に、波紋が広がる。

「お前らはどうだったんだよ」

 身震いし、手をすり合わせた彼は、さきほどよりも更にストーブに寄ろうとして「あちっ!」と声を漏らす。

「ウルラが部屋に来たの。脚が動くようになったって……そこにセダムさんが来て……」

 アルデアは歯切れ悪く答える。頭の中に思い浮かんでいたのは、あの時見たセダムの荒々しい筆跡と、見たことのない鋭い目つきだ。

「ごめんね……わたしが……浮かれちゃったから……」

 しょんぼりと肩を落としたウルラが口を開く。

「ううん。多分私がウルラでもそうしちゃうと思うし……」

 あの後、診察室を出て行ったミルヴァスと入れ替わりで出勤してきたアズキに、ラルスが今回のいきさつを説明した。

 話を聞くうちに彼女のしっぽは毛羽立っていき、耳がどんどん後ろに倒れていって――。

 アルデアはぶるりと身を震わせる。寒さではない。突然、仕掛け人形のようにこちらを向いたアズキのぽっかりと瞳孔の開ききった目を思い出したのだ。

 セダムも、ミルヴァスも、アズキも、いつもと明らかに様子が違っていた。柔らかく優しいセダムが表情を強張らせ、感情を露わにしないミルヴァスが焦り、アズキは明らかに怒っていた。

 大人たちの豹変は、自分たちがしたことの大きさを実感させるのには十分だった。指先をあたためるストーブの熱とは対照的に、アルデアの心中は氷を突っ込まれたようにひやりとしていた。

「なんか……大事になっちまったな……」

 ひとつ、あくびをしたルキオラが言う。寝不足なのだろう、その目はわずかに赤くなっているように見えた。

「だね……でも、ウルラの足が動くようになって本当に良かった」

 無理やり、笑顔を作る。床の上でノートを広げていたステラが、ついっと紙面を見せてくる。

『ステラも うれしイ』

『ふたりの きょうりょくの おかげ ありがとウ』

 なんだか、いつもよりも文字が拙い気がしないでもない。首を傾げたルキオラが「お前、なんか変わったか……?」と問うが、ステラは『なニも』と答えたきり、何も言わなくなってしまった。

「2人のこと、巻き込んじゃって……本当にごめん……」

 ストーブに手をかざしていたウルラが、握りしめたハンカチを目元に押し当てる。

「泣くなって!」

 声を震わせるウルラに、ルキオラはうんざりとした様子でストップをかけた。

「それよりお前、マジで脚動くようになったのか?」

「え? う、うん……。まだ少しだけど……」

「歩けるのか?」

 続けざまに尋ねるルキオラに、ウルラは「そこまでは……」と言葉を濁す。

「でも、私の部屋まで這ってこれたんだよ! 階段もあるのに! びっくりしたよ!」

 タライから立ち上る湯気でメガネを曇らせたアルデアに、ステラが白いハンカチを差し出した。

 「ありがとう」とハンカチを受け取り、メガネを拭く彼女を横目にルキオラは口を開く。

「んでさ、マジで全部話したのか?」

「うん……催眠魔法かけるって言われたから……。ごめんルキオラ……」

 肩を落としたアルデアの言葉尻を、ウルラがすくう。

「わたしたち2人でやったことにしようと思ったんだけど……それだと、わたしが屋上まで行ったことの説明がつかなくて……ごめん……」

「違う違う! いや、怒られたのはヤだったけどさ、そっちじゃねえよ」

 ルキオラは慌てて手をばたつかせると、ウルラの膝に座ったステラを指さす。

「こいつのことだから、何か一つくらい隠してんじゃないかって思っただけだよ」

『ごめいサつ』

 小さなノートが差し出される。

「ステラの迷彩能力についてだけは言ってないわ。透明になれるってしか……」

「やっぱりな。素直に言うわけねえと思ったよ」

『いイの きかれな かた から』

「はいはい。お前はそういうやつだよな」

 腕組みしたルキオラはステラのノートを訝し気に見ていたが、何も言わずに頭をかく。

「でもさ、本当によかったよね。これでウルラの夢がかなえられる」

 明るく言ったアルデアに、ウルラが驚いたような表情を浮かべた。

「覚えてたの……?」

「当たり前でしょ。今度こそ聞かせてよ、ウルラの夢」

「ここまで巻き込んどいて言わねえのはナシだぜ。せめて何系なのかぐらいは言えよ」

 2人の視線を受けたウルラは、膝の上のステラを見つめて考え込む。

「私の……夢……」

「言っとくけど、聞くだけだぞ! オレはこれ以上手伝わねえからな!」

 ルキオラがぶっきらぼうに言うが、何やかんやで手伝うのだろうという気がアルデアにはしていた。

「うん。ちゃんと言うわ。私の夢は――」

 手をギュッと握りしめ、ウルラが続きを言おうと息を吸ったときである。

 突然教室の扉がものすごい音を立てて開かれた。4人がびくりとしてそちらを見ると、金髪の人影があった。前に流した金髪をくるくると指に巻き付けながら入ってきたのは、ルスキニアだ。

 勝気な笑みをたたえた彼女は4人に向かって「おやっとさ」と言葉をかけるが、あっけにとられた彼らは何も言うことが出来なかった。

「あっらぁ~? ルクスの子ぉらは、お口なくしてしまったんかねえ」

 腰に手を当て、舐めるように自分たちを見てくる彼女に、アルデアは小さな声で「お、おやっと、さ……」と返す。もちろん意味はよく分かっていない。

 その返答にニヤリと頷いたルスキニアは、まっすぐウルラの車椅子へと歩み寄り、彼女が履いているロングスカートを迷いなくめくり上げた。

「キャッ! な、何するんですか!?」

 厚手のレギンスとレッグウォーマーに包まれた脚が露になり、顔を真っ赤にしたウルラが慌ててスカートを押さえる。しかしルスキニアはそんな様子など気に留める様子もなく、脚の表面をコンコンと叩いたり、軽く引っ張ってみたりした。

「へーえ。マジで繋がっちょるん。ほんとの脚みたかねぇ」

「あ、あの……」

 戸惑った様子でされるがままのウルラに、彼女は言葉を続ける。

「動かしてみ? とりあえず上げ下げだけで良か。はい、1、2、1、2!」

 スカートを押さえながら、ウルラは脚を上げ下げし始める。その挙動は大分ぎこちなく、ギッタンバッタンと音がしそうな有様であった。

「なるほどな。よう分かったわ」

 ウルラの脚を解放し立ち上がったルスキニアに、ルキオラが声をかける。

「てか今日、戦闘訓練でしたっけ? ミルヴァス教官からなんも聞いてないっすけど……」

 どうやらウルラの脚を見てしまわないように気を使ったらしい。後ろ向きのままそう問うた彼の頭にぽすっと手を置いたルスキニアは、「よう言うわ」とおどけた調子で言った。

「アンタらがやらかしてくれたでね、予定変更よ」

 ぽす、ぽす、とリズミカルにルキオラの頭が叩かれる。この光景をアルデアはどこかで見たような気がしたが、それを思い出すより先にルスキニアが話し始めた。

「地下書庫ならびに夜間の学校侵入、禁忌魔法儀式の実行――そん罰として、アンタたちには明日から2週間、私のスペシャルでデラックスなト・ク・ベ・ツ訓練を受けてもらうことになったから。よろしく」

 その言葉に、3人は「えーーーーーーー!!」と大声を上げる。

「2週間も!? え、2週間って何日!?」

 パニック状態で尋ねたアルデアに、ルキオラが「14日だろ!バカ!」と返す。

「そ、そんな……死んじゃいます……!」

 顔面蒼白のウルラは今にも気絶してしまいそうだ。

「なんね。悪いことしたら罰を受けんのは当たり前じゃね。何をそげんショック受けちょるんか分からんわ」

 ルスキニアは、阿鼻叫喚たる空気をまるで気にしていない様子で教卓にもたれかかる。

「いや、俺らはともかく、こいつは無理じゃないっすか? 体弱いって……」

 ウルラの様子を見たルキオラがおずおずと手を上げる。

「ああ、そいは大丈夫よ。な?」

 ルスキニアが開けっ放しの扉に声をかけると、紺色の陰が音もなく教室内に入ってきた。

「そこはご心配なく。全ての指導は私の立ち会いの元やっていただきますので」

 ピンと動く猫の耳。赤茶色のしっぽ。険しい顔で4人を見ているのは、アズキだ。

 声音も表情もいつも通りなのに、瞳孔はやはりぽっかりと開ききり、しっぽは触れたら刺さりそうなほど毛羽立っている。

 間違いなくまだ怒っている――それだけは、アルデアにも分かった。

「ア、アズキ、さん……」

「今朝ぶりですね」

 黄金色の目が、4人を射抜くようにギラリと光る。

「『スペシャル』で『デラックス』な『ト・ク・ベ・ツ訓練』――良かったですね。考えなしに禁忌を犯した愚か者にはぴったりの処遇と思います」

 一人一人の顔を至近距離で覗き込みながら、アズキはネチネチと言葉を紡ぐ。言葉は静かなのに、圧が尋常ではない。

「まあまあ、そけ怒らんでな。おイタの分、こん2週間でけちょんけちょんになってもらうんじゃから」

 フォローが、フォローになっていない。

「で、でも、師長、抜けちゃっていいんすか? 医療部、大変なんじゃ……」

 冷や汗をかいたルキオラが尋ねた。心なしか声が震えている。

「んんー? 聞いちょらんの? 師長は師長じゃけど、『ルクス専任看護責任者』っちゅうご立派な肩書き持っとんのよ?」

「え!? そうなんですか!?」

 アルデアは思わず声を上げた。全く知らなかったことだ。

「専任看護……責任者?」

 ウルラが言葉の意味を噛み締めるように復唱する。

「平たく言えば、クラス『ルクス』、つまりあなた方の健康を管理するための役職です」

「そんな役職あったんすか……」

 どうやらルキオラも知らなかったらしい。

「あ……だから、わたしの手伝いをしてくれていたんですか?」

 ステラをギュッと抱いたウルラが、恐る恐ると言った様子で声を上げる。

「それに限っては違います。担当かそうでないかにかかわらず、患者の世話をするのは看護師として当然のことです」

 淡々と言ったアズキは、4人をまっすぐ見据えて言葉を続けた。

「とにかく、そういうことですので。以後よろしくお願いします」

「んじゃ、明日から早速訓練始めっかね! みんなジャージでグラウンド集合! 逃げたりしたらこわ~い罰ゲームが待っちょるで、そこだけ忘れんでな」

「言っておきますが、治療行為はしますが基本助けませんから。せいぜいしっかりしごかれて『けちょんけちょん』になればいいと思います」

 悪意しか感じないその言い方――。

 ルキオラが「ヤなこと言うなあ!」と頭をかくと、ルスキニアとアズキは鼻で笑うようにして教室を出て行った。


登場キャラクター達による

ゆる~いボイスドラマ風スピンオフ短編集

『木漏れ日の日常譚』も更新中!

https://kakuyomu.jp/works/16816927859225434319

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