第29話 ステラステルス①
「え? 魔糸を自分以外の人が動かす方法?」
カウチソファと机がひしめく狭い部屋。カウンセリングを終え、書類をトントンと揃えたフロースが不思議そうな声を上げた。
「はい。何か知りませんか?」
カウチに腰かけたアルデアは、考え込むフロースをじっと見つめる。
ルキオラ、ウルラと街へ出かけてから早3日。今日は2週間に一度の定期カウンセリングの日だ。授業を終えたアルデアは、2人と教室で宿題をする約束をして一旦この『カウンセリングルーム』へと抜けだしてきたのだ。
フロースは口元に手をやり、「魔力生成物の操作権……魔力の譲与……」と難しそうなことをぶつぶつ言いながら、窓の方に目を向けた。つられてそちらを見ると、窓辺の花瓶に生けられたジニアの花が、乾いたように色を失っているのが見えた。
「……ごめんだけど、ちょっと分からないわ」
しばらく考えたのち、フロースは書類をパタリと机に置いた。ヒビの入った香炉から立ち上るカモミールの煙が、揺れる。
「でも、どうしてそんなこと?」
首をかしげるフロースに、アルデアは何と答えるべきか迷う。
「えーっと……き、気になって! ミルヴァス教官に、魔法の色んな使い方を考えてみるように、言われてるし……」
無理やり紡ぎだした言葉はぎこちない。しかしフロースは、「勉強熱心ね」と言って、それ以上追及することはなかった。
「それにしても、共鳴者以外による魔力生成物の操作かぁ。もし本当にできるとしたら、ロマンあるわよね」
フロースは話しながら、椅子の背にもたれる。いつもの大人っぽさがなりをひそめ、どこかわくわくしたような表情だ。
「もし医療部のウィザード全員が魔糸を操作出来たら、ケガ人が何人出たってすぐに縫合して治せちゃうってことでしょ? それって最高だと思わない?」
「魔糸って、そういうこともできちゃうんですか?」
「ああ、医療部で使ってる縫合糸は、前任の糸使いが紡いだものだからね」
さらりと重要なことを言われた気がしたが、アルデアが何か言うより先にフロースは目をキラキラさせて話し出した。
「縫合はもちろんだけど、魔糸を硬質化させて捻挫や骨折部分への添え木に使うのもありよねぇ。でもやっぱり生成魔法は結界を展開できるのが強みだから、結界に特化した訓練を全員で積んだりできたら……」
頬杖をついて話し続けるフロースは、やけに楽しそうだ。
「魔糸だけじゃないわ。教官みたいに生成石を使って、簡易の治療所を作ったりするのもいいなぁ。教育部長みたいに生成金属で即席のメスを作ったりも……ふふっ」
そこまで話して、アルデアの戸惑った視線に気づいたフロースはハッとしたように口をつぐんだ。姿勢を正して、コホンと咳ばらいを、ひとつ。
「……ごめん。ちょっと喋りすぎたわ」
今日といい、この間の採血の時といい――この人は、もしかしたら結構子供っぽいのかもしれない。
「考え出すとつい楽しくなっちゃって……」
気まずそうに頬をかいたフロースは、「あ」と小さく声を漏らした。
「こういうの、地下書庫ならもしかして……でもあそこは……」
その言葉に、アルデアは引っかかりを覚える。
「地下書庫……って、何ですか?」
彼女の問いかけに、フロースは「ううん! 何でもない!」と慌てたように両手を振る。
「そういうことなら、やっぱりミルヴァス教官に聞くのが一番いいと思うわ。あの人、あれで魔法やジェムの研究については機関の中でもトップクラスだしね。色々アドバイスしてくれると思う」
「そうなんですね!? 知らなかった……」
驚いたアルデアの顔をじっと見たフロースは、「ちなみにだけど」と言葉をつづけた。
「危ないことをする、ってわけじゃないわよね?」
「ま、まさか! そんなことしないです!」
「そう……? それなら、いいんだけど……」
――何となく、フロースの目を見ることが出来なかった。
――――
カウンセリングを終えて教室に戻ったアルデアは、教室の扉を静かに開けた。黒板の前にぶら下がっているコウモリが、ピクリとこちらに視線を向けてくる。そして、その羽の中にすっぽりとおさまっているステラが、逆さまのまま手を振ってくる。
教室の真ん中で机を寄せて向かい合っていたのは、ルキオラとウルラだ。2人は、アルデアが帰ってきたことにも気が付かず、ああでもないこうでもないと問題を解き合っていた。
この間街に出かけてからというものの、この2人は何だか前よりずっと仲が良くなった気がする。アルデアを介して話をすることが多かったのが、2人でいても自然に話をするようになったのだ。
アルデアが迷子になっている間、画材屋で何か話をしたのだろうか――
彼女が扉を閉める音に、ウルラが顔を上げる。
「アルデア、戻ってきてたの。おかえり」
続いたのは、ルキオラだ。
「思ったより早かったな」
「ねえ、2人は地下書庫って知ってる?」
藪から棒な質問に、2人は戸惑ったように顔を見合わせる。
「噂は聞いたことはあるわ。学校の地下に誰も入れない地下室があって、そこに機関の機密が書いてある本や書類がまとめてあるって話よね?」
「俺も聞いたことある。でも、ウワサだろ? 誰から聞いたんだ?」
「カウンセリングの時にね、フロースさんが言ってたんだ。地下書庫ならウルラの足を動かす方法が見つかるかもしれないよ!」
鉛筆を手にしていたウルラが、弾かれたようにアルデアを見る。
「え!? 脚のこと、フロースさんに話したの!?」
「ううん、そこまでは。魔糸を他の人が動かす方法がないかって……」
やり取りを聞いていたルキオラは、何が何だか分からないという表情で2人を見る。
「待て待て待て。何の話だ?」
「ああ、ルキオラにも話していい?」
「私から。実はね――」
ウルラがルキオラにこれまでの経緯を説明した。関節分離した脚をアルデアが魔糸でつなぎとめたこと。周りの大人たちに黙ってやってしまったため、診察の時だけは装具を着けていること。そして、魔糸で結び付けた脚を、ウルラが思い通りに動かす方法を探していること――もろもろを。
ルキオラは話が進んでいくうちにどんどん顔が強張り、暑いわけでもないのに額から汗をかき始めた。
「お前ら、勝手にそんなことしていいのかよ!?」
大声で言った彼は、ハッとしたようにあたりを見渡す。そして、2人に向かって顔を寄せると、ひそめた声で話し出した。
「え……マジかよ……。お前の脚がどうなってるかは知らねえけど、そういうのって、医療部が何か計画とか立ててやってるんじゃねえの? 師長とかに知られたらめっちゃ怒られるだろ。オレ知らないぞ?」
「知らないって……今聞いたでしょ?」
アルデアは「ねえ?」とウルラを振り返る。ウルラは口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「つまり、共犯ってことね」
「バカ! 勝手に巻き込むんじゃねえよ!」
茶色いツンツン頭をガシガシとかいたルキオラは、拗ねたような顔で言い捨てる。
ウルラはそんな彼の様子を面白そうに見ながら、ロングスカート越しに脚をさすった。
「でもほんとすごいのよ。見て。装具なしでも脚がちゃんとつながってるの!」
どこか自慢げな声音だ。彼女はスカートを膝までまくり上げると、膝下を覆う黒いハイソックスをずり下げてみせる。
「バ、バカ! 見せなくていいっつの! あぶっ!」
真っ赤になったルキオラの顔にテキストがバサリと押し付けられる。ステラだ。さっきまでコウモリの羽に包まれていたというのに、いつの間に降りてきたのだろう――
『レディ つつしみを』
ルキオラの視界を奪ったステラは、ウルラの膝に乗り、彼女の手を叩くような仕草をする。そして、ハイソックスやスカートを丁寧に戻してやると、ウルラのノートの上に鉛筆を走らせた。
『ちかしょこ どこ』
毎日の練習の成果か、彼女の字はこの短期間で大分上達した。小さな子供が書くようなぎこちなさのあったその文字は、今やアルデア達と変わらないくらい流暢になっている。
「それが分からないんだよね……。フロースさん、さすがに場所までは言わなかったし……」
腕組みをするアルデアを見て、ウルラは頬に手をやって考え込む。
「教官室に行けば、学校の間取り図があるはずだけど……」
「それ、見せてもらえたりしないかな?」
「ダメなんじゃねえの? よっぽどの理由がなきゃ……」
「うん。ダメだと思う。入院中、教育部長に見せてほしいって頼んだけど、機密だからって断られちゃったし」
俯くウルラに「そっか」と返したアルデアの前に、両手を誇らしげに掲げたステラが躍り出た。
『ステラ いけます』
「どういうこと……?」
彼女が机の上でくるりと周り、ポーズを決める。すると、その姿はみるみる透明になって、淡い緑色のワンピースだけが空中でポーズをとっていた。
「え!? き、消えた!?」
「嘘!? そんなこと今までしたことなかったのに!」
「マジかよ……!」
驚く3人の眼前でワンピースが動き、小さな鉛筆が宙を舞う。
『ちょとの あいだ できるように なった』
『ウルラの ちから あれば もっと できるはず』
次々と紙面に現れる言葉に、ルキオラが焦ったように声を上げる。
「おいおい……! 忍び込むつもりじゃないだろうな!」
『こまない てはない』
そこまで書かれた時、チカ、チカ、と点滅するようにステラの体が実体を取り戻した。
「わ、元に戻った……」
『ひとりだと ちょとしか できない』
鉛筆を置いたステラは、ごく小さな関節球でつながった指をキシキシと動かしてワンピースの裾を直す。
「これって……使い魔が持つようになるっていう固有能力、なのか……?」
「た、多分……そうだと思う。でも、今まで本当にやったこと、なかったのよ?」
「使い魔が能力に目覚めたら、教官に報告しなきゃならないんじゃなかったっけ?」
戸惑って顔を見合わせる3人に、ステラは再び鉛筆を動かし始める。
『おわってから すれば』
その文字に、アルデアは「え……」と言葉を詰まらせた。
『ステラ ウルラのあし うごかせたい』
『つかえるもの なんでもつかう しゅだん えらんでられない』
綴られたのは、可憐な見た目に似合わない豪胆な言葉たちだった。
「……ステラって、さ、意外とこう……なんていうか……強い、よね」
「そ、そうね……。ここまでとは……正直思わなかったわ……」
引き気味の2人を尻目に、ルキオラが食ってかかる。
「で、でもよ、お前が忍び込んだって、間取り図なんか持ち出せるわけないだろ。教官たちに気付かれて終わりだって……」
彼の顔の前に、小さな人差し指が差し出された。チッチッチとでも言うように指を左右に動かしたステラは、ノートの上にリズミカルに文字を躍らせる。
『ステラ みるだけ』
その言葉にアルデアはピンときた。ウルラが言っていた『感覚共有』の話を思い出したのだ。
「ああ、そっか! ステラが見れば、ウルラにも見えるんだもんね!」
こくりと頷くステラ。背中まである茶色いストレートヘアが、さらりと肩に落ちる。
『ステラ みる ウルラ かく』
「そ、そんな、うまくいくのかしら……」
『だいじょぶ やる』
登場キャラクター達による
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