第10話 相性

 放課後の教室。まだ蒸し暑い夏の日差しが少し残る部屋で叫び声がした。


「ねーえぇ、なんでこーなると思うぅぅぅ?」


 あたしは教室の机に突っ伏して、片手に持ったプリントを力なく横に降る。雑にブンブン振り回された赤点まみれのプリントを、隣に座っている長めのおさげに丸メガネを掛けた女子が取り上げ、用紙をマジマジと見てため息を付く。


「凛の理解力が無いんじゃない?」

「げっ、ひどくない?まるであたしがバカみたいじゃん」


 おさげメガネ女子『早苗さなえちゃん』はあたしの同級生。

 中学校から一緒で、勉強が無理ぃ……苦手なあたしの救世主だ。学校の先生が説明しても理解できなかった数式とか、古文をサラッとした説明でわかりやすくしてしまう天才。友達の説明だから分かりやすいのかもしれないけど、ほんと、学校の先生になればいいと思うレベルだよ。


「……テスト赤点まみれの人に、なんてフォローしたらいいと思う?」


 早苗ちゃんが前の席でファッション雑誌をパラパラめくっていた真樹ちゃんに問いかける。


「お勉強してくだちゃいねーとか?」

「真樹ちゃん、それはあおっているだけでは?」

「あれぇ?気づかなかった?そうだよ」

「二人とも酷すぎ。あーぁ、勉強する気が消えました!」


 ノートの上にペンと消しゴムを放り投げて、椅子の背もたれによりかかった。

 あたしが勢い良くもたれたせいで散らばったプリントを早苗ちゃんが『あーあーもう』と文句を言いつつ拾い上げる。


「消えたって、凛、勉強もだけど、バイトも頑張らなきゃいけないんでしょ?」

「痛いとこ付くよね、早苗さなえちゃん」


 お勉強が出来る早苗ちゃんがおっしゃる通り、店長と一緒にお菓子作り頑張るって宣言してから一日がたった。

 店長は昨日のダメージが大きくて、今日は店を休みにするって。

 あたしはいつも通り学校に来たわけだけど、期末テストがよろしくなかったのよね。各教科担当の御先生方から、再試験を突きつけられて、お菓子どころじゃなくなっちゃった。少しでも早くお菓子作りに専念するため、早苗ちゃんに教えてもらっているんだけど……。


「こんなのわかんないよぉぉぉー」


 仰向けておもちゃをねだる子どもみたく、手足をジタバタする。

 小一時間ほど早苗先生に教えてもらっているけど、かわいいミジンコ並み理解力のあたしが、怒涛の漢字やら数式の波によく耐えていると思うの。少しの抵抗ぐらいさせて欲しいってもんよ。


「凛は最初っから『わかんない』ってシャットアウトしているでしょ?それがダメなの。少しでも、理解出来る点を探して、そこから波勢して考える」

「頭いい人の言葉はわかんないー」


 チンプンカンプンなお話は聞こえない、訊きたくないです。耳ふさいじゃいます。両手で耳をふさいで聞こえないふりをしてみる。あたしの必死な抵抗は早苗先生には効かないみたいで、あっけなく腕を両耳から引きはがされた。くそぅ。


「ほら、また言ってる。クセになったら良くないよ?」

「早苗大先生のいうとーり。凛、頭やわらかーく考えないと。テスト赤点だらけだったら、おばさんがガミガミ言い出すでしょ?」

「ヴッ、それが一番嫌だ」


 真樹ちゃんのおっしゃる通り。

 あたしのお母さんは特に「あーしろこーしろ」って言わないけど、勉強が苦手なのは許せないみたい。

 いっつも『あんた、この調子で大学まで行けると思っているの?いくら馬鹿でも、大学いっときゃ道がいろいろあるのよ?高校卒業してなりたいモノはあるの?あんたの振る舞い見てると特に無いんでしょ?無いんだったら無いなりに……』ってな感じでグチグチ説教してくるんだよね……。

 マジで嫌。

 心配してくれるのはわかるけどなぁ。しつこいってゆーか、大きなお世話ってやつ?絶対赤点は見せないけど、取りすぎたら呼び出しくらうんだよね。

 それだけは回避しないとっ!


「そういえば、祭って何日後だっけ?」

「あと、九日だよ」

「そーだそーだ。終業式終わってすぐに祭だった」

「変わってるよね。祭りって夏の中旬か終わりにするもんじゃない?」


 確かに。

 夏って週末にいろんな場所で何かしらの祭りがやっているから、時期についてあんまり深く考えたこと無かったな。


「さえずり祭って旧暦きゅうれきに沿って開催していると思うよ?」

「旧暦ぃー?ってなに?」

「凛の馬鹿。昔のこよみじゃん」

「旧暦なんか知らなくても生きていけんじゃん」


 昔の暦なんて知っている人の方が少ないと思うんですけど。

 早苗大先生はコホンと一呼吸置き、人差し指を立て説明し始めた。


「昔は、もう少し前、五月ぐらいからが立夏りっか。いわゆる今の夏って言ったの。五月ぐらいから木々たちが色づき始めて、六月には稲の種まきをして、小暑しょうしょ、今の七月ぐらいに人々は祭りを通して、疫病えきびょうの神を封じたり、夏の豊作ほうさくを祈願していたんだよ。神捧げる祈りって感じかな?」

「なにそれ?効果あんの?」


 あたし、正月の初詣で神様に『今年こそ超絶美人になって金持ちイケメン彼氏ができますように』って願掛けするけど、一回も叶ったことない。神様のケチ。


「効果っていうか、昔の人の知恵かな?科学なんて無かった時代だから、みんな病気や天災は悪い神様とか、妖怪、目に見えないモノのせいって信じていた。神様の罰って考える人もいたんだよ?」

「うーわっ、マジで」


 今の世の中だったら、科学の力で病気も天気もすぐにわかるけど、昔は便利なツールなんて無かった。そりゃ、突然具合が悪くなったり、ひどい目にあったら何かのせいにしたくなる気持ちわかるかも。

 そうだ!あたしの再試験も悪い神様か妖怪のせいだよ。きっとそう!


「マジ。実際、日照りや飢饉ききんになるのは珍しい時代じゃなかった。神のせいにする事で、集団パニックを防いだり、この季節はこんな出来事が起こりやすいから、みんなで気をつけようって、お互いに注意しあって四季を乗りきっていたんだよ。日本人が祭り好きってのもあるらしいけどね」


 へー、そうなんだ。

 お婆ちゃんの知恵袋と同じなのかな?

 なんか、効果あるかわかんないけど、ネギ巻いておけば風邪が治る的なやつ?


「さすが、早苗先生」


 軽く拍手をする真樹ちゃん。

 真樹ちゃんドヤ顔してますが、あなたは何もしてないのよ?


「ま、案外、となり町と時期が被らないようにずらしただけかもね」

「あー、あっちの夏祭りはホントに八月末だもんね」


 さえずり街の隣、都市部に続く駅周辺も夏祭りがあって、ここより規模も大きい。

 さえずり街が学校や公民館で開催される小さな町のお祭りで、隣町はいろんな所から人が集まって、大きな花火が打ちあがるような都会のお祭りって感じ。

 日にちが被っちゃうと隣町にお客さんが流れるから、祭りの開催日を決める五月ぐらいから気が抜けないって魚兄が言っていた。


「というか、後九日でどうにかなるの?お菓子って決まってないんでしょ?」

「わかんないっ!」

「えー。店長、まだ激マズで勝負するとか言ってんの?」

「それは、真樹ちゃんの感想で心入れ換えたみたいだけど、自分で考えるから横で見とけって……」

「口出しは……?」

「させてくんない!お店つぶれても、私は特するけどさぁ」

「なに、良いじゃん。借金チャラだし、嫌なバイトから解放されんじゃん」


 瑠璃亭が閉店になったら、あたしの借金無くなる……ハズ。たぶん。

 借金無かったら、割りの良いバイトに乗り換えてお小遣い稼いだ方が絶対良い。

 だけど……。


「なんか、ほっとけないんだよね」

「えっ?あの頭ガッチガチ店長が?」

「真樹ちゃん、もう少しオブラートに包んであげなよ。一応、凛のバイト先の目の保養だけがとりえ店長でもさ」

「あんたの方がひどくない?」


 いや、見た目が良い悪いは今どうでもいいのよ。

 つーか、二人とも店長の扱い酷いからね?


「あたし、見ちゃったんだ」

「店長がオーナーに賄賂わいろ渡すところ?」

「違うよ!ケーキ作ってたの」

「何もおかしくないじゃん」


 そう。カフェ店員が店のお菓子を作るのは何も変じゃない。

 変だったのは店長の行動だ。

 昨日、あたしが早苗ちゃんから借りていたノートを店に忘れちゃんたんだよね。慌てて瑠璃亭に取りに戻ったら、営業は終わったはずなのにキッチンで一人黙々と作業している店長が居た。忘れ物したって聞いたらグチグチ小言攻撃されると思って、お店のベルが鳴らないようにそっと忘れ物を回収して帰ろうと忍び足でお店に侵入。幸い、店長がいるキッチンから離れた座席に置きっぱなしにしていたから余裕で回収できたんだけど、店長が何を作ってるか気になって、そっと座席から覗いてみたんだ。


「スッゴく難しい顔して、ケーキ焼いては味見してんの。全然思った味じゃなくて、ゴミ箱に捨てる」


 何度も何度も、試作品作って食べてゴミ箱に投げ捨てて、調理台叩いてを繰り返す。

 おしまいには、小さく「クソッ」って呟いて自分の舌に包丁を向けるんだけど、荒く放り投げてお店のカウンターに座り込む。

 特に、忘れられないのが座り込んだ後の一言。


『ごめん、瑠璃さんっ……』


 見た感じ、泣いてなさそうだけど、声が痛くて辛かった。

 めちゃくちゃ意地悪鬼店長ってイメージが一気にガラッと変わってしまった。

 店長は自分とレシピを過信している訳じゃない。とっても頑張っているのに、自分の思うように進まなくてもがいているんだ。

 そんな人をひとりぼっちには出来ない。


「店長メンタルまじヤバ。あたしは辞めたくなる」

「びっくりはするけど、頑張っている人は応援したくなるじゃん?」

「まぁね。努力と成果がともなわないなんて良くある話だし、悔しい気持ちも分からなくはない。でもさ、凛とは別の話じゃない?」

「自分で這い上がるしかないっしょ?」

「二人ともきびしいなぁー。あたしは無理。辛い人がいたらほっとけない」

「凛のお人好し。じゃ、このまま手伝うんだ」

「うん。夏祭りは協力する。その後は終わってから考えるよ」


 泣き虫店長も心配だし、夏まつりでバンバン稼いで、少しでも理不尽借金減らさないとね。


「なんか、凛らしいから良いんじゃない?何かあったら私も協力するから言ってね。イケメン店長見たいし」


 結局イケメン見たいだけかいっ!


「なんか、最後のセリフの方が早苗ちゃんにとって重要な気がするけど、ありがとね」

「その時はあたしも呼んで。困っている凛を笑いに行ってあげる」


 真樹ちゃん、めちゃくちゃ笑顔で意地悪発言じゃん。

 よし、真樹ちゃんが手伝いに来たら笑えないほど無茶難題ふっかけてやる。

 この後、早苗ちゃんと真樹ちゃんにもう少しだけ勉強をみてもらって、キリの良いところで二人と別れた。

 歩いて瑠璃亭に向かう道中、商店街を通り抜ける。こっち通った方が近道なんだよね。

 商店街はさえずり祭のたれ幕や祭りに使う山車も展示されてすごく賑やか。

 みんな祭りを楽しみにしているのだ。

 あたしも祭りのビッグイベント『大食い大会』にエントリーしたもんね!

 前の大会では僅差で負けちゃったから、リベンジよ、リベーンジ!

 こっとしは何の大食いっかなー?

 大食い大会に胸をときめかせて、あたしは瑠璃亭へ急いだ。



 ウキウキ気分で瑠璃亭に到着。


「ヤッホー店長!やってる?」

「酔っぱらいは帰れ。呼んでいない」


 カウンターから眉間にシワまみれの店長が低い声で突っ込んできた。

 うわー、機嫌激悪じゃん。


「あたしがいない間も、しっかり考えてましたかー?」

「当たり前だ。不審者こそ、聞いていた時間より遅い。何をしていた?」


 ギクッ!!確かに、ちょっと、三十分ぐらい誤差はあったかも?でもでも、遅れるかもしんないって言ったはずぅ。適当に誤魔化すか。


「……友達と意見交換していたら遅くなったのです」

「……この時期だ。どうせ、期末テストの点が悪くて居残りさせられていたんじゃないのか?」


 うぐっ!中途半端に合ってる。

 あたしって、見た目からも馬鹿にじみ出ているわけ?おかしいな。華の女子高校生からあふれ出ているのは可愛さだけだと思うんだけど。


「ちーがーいーまーすー。ってか、あたしの話をしている場合じゃないじゃん。マジでお菓子どうなの?」


 そう!

 今、あたしの学力は関係ない。

 店長のお菓子力が問題なの。

 あたしが真っ直ぐ店長を見つめると、少し目線をそらしてボソッとつぶやく。


「……思うように進んでない」

「げっ、マジか」


 ダメじゃん。


「これを食べろ」


 店長は台形で生地のてっぺんが少しくぼんだ栗色の焼き菓子、カヌレを三つのせた皿を出してきた。

 見た目はいい具合にこんがり焼けていて美味しそう。


「見た目は良いんじゃない?問題は中身よね。いっただっきまーす」


 一口食べる。

 ホロホロと崩れてやわらかいチョコ生地に後からじわーっと……。

 じわーっと……不味さが押し寄せてくるぅぅぅ!?

 もったいないから出さないように頑張ったけど無理。一気に吐き出してキッチンで水を汲んでガブ飲みする。


「ぬぁにこれ!?マズっ!とにかく苦いし、舌がピリピリする!」

「ダメか?」


 イケメンが上目遣いで首かしげてもマズイ物はマズイ!


「ダメでしょ!?激マズ!絶対訴えられる味!」

「せっかく作ってやったのに、なんだその態度は!」

「その言葉、そっくりそのままお返ししてやる!」

「なんだ、なんだ?お客が来たのに騒がしい」

「リーン?怒ってルのか?」


 げっ、伯爵とマオちゃん?!絶妙なタイミングで現れるじゃん。


「お、珍しく菓子が置いてあるではないか!これは私へのささげ物だな?では、遠慮なく」


 勝手に解釈してテーブルに放置されていたカヌレをつまみ食いする伯爵。なんでよ。誰も捧げてないっつーの。


「マオも、マオも!」


 あ、マオちゃんまで食べてる。


「フォッッ!?」

「フギャッ!?」


 ……二人とも一口食べて止まっちゃった。


「ほぉれふぁなんだ?んぐっ。苦味しか感じぬ」

「……マオ、イチゴがよかった」


 なんか、いまいちな味だったのは分かる。

 マオちゃんは単純に好みじゃなかったっぽいけどさ。


「これは、小娘が作ったのか?」

「あたし、こんなにマズイの作んないよ」

「モ、モしかした、ネルロ作ったカ?」

「そう」


 お察しの通り、店長の力作ですよ。


「小娘が作ったのかと思ったぞ。どうした?調子が悪いのか?」

「だから、あたしはもっと上手に作れますぅ!」

「嘘だ」

「なんでよ!?食べたことないクセに!」

「ならば、小娘とネルロ、二人で同じものを作れば良いのではないか?この高貴な私が、どちらが美味しいかジャッジしてやろう」

「マオも、マオも!」


 伯爵、絶対、面白がっている……。

 マオちゃんは悪ノリしてんいるんだろーな。

 ま、こんな簡単な挑発にのるわけ……。


「よし、不審者。勝負だっ!」


 乗った!?

 チョロすぎない!?

 急遽、伯爵のせいで料理対決が始まってしまった。

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