第42話 魔王来訪

 モール市長の話を要約すると、次のような内容となる。『魔族の領地にスケルトンと呼ばれる魔物が出現した』『スケルトンを率いているのはタコ(実際にはイカ)の着ぐるみ』『そのタコの着ぐるみは勇者の所有物』『勇者がなにか知っていそうなので勇者に会いたいと魔王が言っている』『スケルトンは人間と魔族の共通の敵なので協力を依頼したいと魔王が言っている』『ついでに観光もしたいと魔王が言っている』『目玉焼きにはウスターソースが合うと魔王が言っている』。


 ちなみにあたしゆるふわ痴女は目玉焼きには醤油ソイソース派。ウスターソースも悪くないけど……。


「おい、ロバート。どさくさに紛れて嘘を言うんじゃない。なんで魔王から勇者への書簡に目玉焼きのことが書いてあるんですか」

「書いてあったのだから仕方ないだろう。ははは! 醤油ソイソース派が世界的にみてどれだけ異端か分かっただろう」

「いやいや信じられませんねえ。それならば実物を見せてもらいましょうか」

「あれは市の所有物だ。勇者以外の民間人には見せられない」

「だったら後ほどタコ殿にお尋ねしましょうかね」

「紙が乾いたら読むにゃん……さすがに目玉焼きのことは書いてないと思うにゃん」

「勇者殿、内容は機密事項です。そこにいるケルヴィンという腹黒男に話すことは不許可です。特に目玉焼きについては」


 どうでも良いけど、いつまで目玉焼きサニーサイドアップの戦いをしているのだろうか、この男どもは。


「市長、ケルヴィンさん。そろそろ本題に……」

「リン。物事には決着すべきことがある。俺はライラック市の未来を賭け、今ここで目玉焼きにはウスターソースが合うことを結論付けなければならない」

「あなたのような馬鹿舌に未来を託されたら、ライラック市民の行く末には絶望しかないですねえ」

「貴様!」

「やりますか?」


 ぽこーん。(多少柔らかみのある音、市長の頭)

 がいーん。(とても固そうな音、ギルド長の頭)


「ぐおおお」

「ぐううう」


 リン愛用のフライパン。それで彼らの頭をぶっ叩いたのはテトラだった。彼女はを済ますと受付の裏手へと引っ込んでしまう。


「あの女……水をぶっかけるわ、フライパンでぶっ叩くわ、ケルヴィン! 一体どういう教育をしているんだ!」

「礼儀正しく育てたつもりなんですけどねえ。まあ本質的なところで私によく似てしまったんでしょうね」

「なるほど」

「なにか仰りましたか? ジジイども」


 フライパンを持ったまま、また顔を覗かせるテトラ。それを見て黙るジジイ二人。


「さてと、今度こそ静かになったにゃん? 本題に入るにゃん」


 勇者の言葉にモール市長が頷く。それから彼は『魔王受け入れ』の計画について、少し柔らかい表情で話し始めた。(目玉焼きの話をしているときの方が真剣だというのは、市長としてどうなんだろうか)



*****



「なるほどねえ。不在都市主無き王都騎士の群城ナイト・パレス、さらには七星同盟きらきらなかよしくらぶまでも協力を取り付けるんですか」


 ケルヴィンが驚いたように言う。よく分からないがモール市長の立てた計画は凄いものらしい。


「ああそうだ。この三国に軍船を出させて、魔王の船団を護衛する」

「大丈夫ですか……? ああ、協力を取り付けることについては問題なくできると思いますよ。大国の面子を守りつつ、ライラック市の負担を減らす良い案だと思います。ただ……、魔王がいてもいなくても勝手に喧嘩しそうな連中ですよねえ」

「そうだろ? 俺もそう思う。ははは! あいつらがなにをしでかすか、今から楽しみでしょうがねえ!」

「ロバート……。万が一の事態になったら、責任取るのはあなたですよ?」

「ああ、知ってる。でも大丈夫だ。議会には『ケルヴィンの立てた計画』って伝えるから。なにかあったらお前も一緒に罰を受ける」

「全力で嫌です。一人で勝手に牢屋の壁に頭をぶつけて死んでください」

「ははははは! まあ冗談はここまでにして……。実際なにかあったら──勇者殿に尻拭いしてもらう予定だ。これなら文句ないだろう?」

「完璧です。それなら問題ありませんねえ」

「大問題にゃん。拙者だけが可哀想にゃん。ちゃんと各国が喧嘩にならないように細かく計画するにゃん……」


 それから勇者を中心に話し合いが進められた。主な議題は、人間領内で魔王をいかに守るか……ではなく、護衛の軍勢が戦争を始めないようにする方策についてである。


「あの、質問があります」


 どうしても気になったことがあり、あたしゆるふわ痴女はぴょんと手を挙げた。するとモール市長とケルヴィンが同時に「なんだ?」「なんでしょう?」と応じてくれた。


「そんな危ない連中……初めから護衛に使わない方が良いんじゃないですか?」


 至極もっともな考えだと思って言ってみたのだが、であったらしい。モール市長とケルヴィン、勇者タコとリンがそれぞれ互いに顔を見合わせたあと、代表してタコが教えてくれた。


「この三国は味方に引き入れておかないと、間違いなく妨害を仕掛けてくるにゃん。だから危険でも護衛に使うにゃん」


 そうなのか……。人間って、やっぱりどこの世界でも仲が悪くて意地が悪いんだね。



*****



 その日は夜遅くまで話し合いが続き、そして翌日以降は街全体がてんやわんやの騒ぎとなった。魔王来訪、各国重鎮の来訪、魔王受け入れの準備、次々と公表される計画に、市民たちは浮き足立ちつつも、それぞれ計画に向け行動を開始した。



*****



 そして動き始めればあっという間。三ヶ月が過ぎて、魔王来訪の日を迎える。魔王の船団は人間領内に侵入後、護衛船団に護られつつ、ライラック市の玄関港であるハルに到着した。

 なお、途中でトラブルにならなかった理由は、とある策が有効だったためと推測される。その策とは──魔王の船に勇者タコを乗せることである。こうすることで、各国に魔王の命を狙う気を起こさせず、周囲のいざこざも未然に抑止することができるという狙いだった。

 ただ、誰もが思うことだと思うけど……。


「それってもう魔王が勇者に会うって目的は果たされていますよね? 魔王はどうして来るんでしたっけ? この街に」


 あたしゆるふわ痴女が言うと、「そういえばそうですねえ」とケルヴィンが言った。このおっさんは分かっている、いやほとんどの人間は分かっているのである。どことなく計画が本末転倒になっていることに。

 しかし計画は止まらない。魔王来訪なのである。もうすぐ彼はライラック市に来る。

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