第37話「幻覚が覚める時」
「モンスターの幻さえ攻略できれば、こっちのもんだ!」
ファシムの生み出す幻はいないと思い込めば消滅すると知り、透井君が勇ましく剣を構える。自信を纏って駆け抜けていく感じ、本当にユキテル君そっくりだ。マジでカッコいい。推したい。
「……」
モンスターの幻を生み出す意味がなくなったと判明してから、ファシムの様子があからさまに変わった。向こうから攻撃してくる気配はなく、逃げ惑うばかりだ。もう煙で視界を奪われる心配もないし、今度はこちらから攻撃を仕掛ける番ね。
「透井君、私もやる!」
透井君と並走する私。それにしても、こんな単純な方法で幻を攻略できたなんて、なんでもっと早く気が付かなかったんだろう。もっと早く真相にたどり着いていたら、あんなに犠牲を重ねることもなかったのに……。
倒れていった勇者達のためにも、私達が奴の首を取らなきゃ。ここまで来たら絶対に勝ってやる。
「ありがとう! 夢さん!」
そして、透井君を支える側になるためにも……。
「香李ちゃん! 目を覚ませぇぇぇ!!!」
一方、未だに幻覚に囚われている香李ちゃん達は、仲間への攻撃を継続している。香李ちゃんのビコビコハンマーの打撃を、卓夫君がヤケドシソードで必死に受け止めている。あちらも何とか幻覚から覚まさせないと。
「こうなったら……香李ちゃん! ごめん!!!」
フニュッ
「ひゃっ!?///」
え……卓夫君が香李ちゃんの背後に周り、彼女に抱き付いた。体勢を低くしてハンマーをかわし、その瞬間に背後に回り込むまでの動きは華麗だった。しかし、香李ちゃんの小さな体を、変態ストーカーのごとく腕に包み込んだ。両手が彼女の胸元に触れている。
卓夫君……流石にキモい。
「嫌ぁぁぁ! 変態っ!!!」
バシッ
「ぶふぉあっ!!!」
「あ、あれ……? 卓夫?」
あまりの気色悪さに嫌気が差し、卓夫君をハンマーで殴り飛ばす香李ちゃん。しかし、すぐに卓夫君を攻撃してしまったことに気付く。どうやら視覚が正常に戻ったようだ。卓夫君の変態行為が項を奏した。
「二人とも! ファシムのコアを狙って!」
私は二人に呼び掛ける。モンスターの幻も視覚操作も攻略できれば、あとは本体の敵への攻撃に専念できる。私はヤケドシソードの束のダイヤルを回し、火力を最大に上げて向かっていった。勝利は目前だ。このまま突き進んでやる。
「くっ……」
「待て!」
ブンッ
ファシムが雲に乗って逃げ出す。私はポケットに入れていた気まぐれ爆弾を取り出し、一個一個スイッチを押して投げつける。しかし、どれもかわされて空中で爆発するだけだ。雲に乗って飛んで逃げられては厄介すぎる。
「逃がすか! アイスブレード!!!」
ガッ!
透井君が再びスキーのジャンプ台のような氷の壁を形成する。下方から助走をつけて滑り上がり、高く飛び上がる。透井君の魔法なら、空中に逃げられても攻撃が届く。
ブンッ
「クソッ!」
透井君が剣を一振りするも、またもやファシムは跳び跳ねて回避した。再度雲に乗って遠くへ逃げようとする。あともう少しだったのに……。
ザッ
「……え」
瞬き一つした次の瞬間、透井君の腹から血渋きが上がっていた。動揺してはっきりと事実を受け止められないけど、私の視界には透井君の右腹に刺さる短刀が映っていた。それこそ幻覚であってほしいと思うほどの衝撃的な光景だった。
「くっ、右胸を狙ったが……外したか」
どうやら追い詰められたファシムの、最後の最後に振り絞って繰り出した攻撃らしい。透井君は刺された箇所を押さえて地面へ落ちていく。
「透井!!!」
卓夫君が駆けてきて、両腕でずっしりと受け止めてくれた。対して私は一歩も動けなかった。透井君が傷付けられた現実が信じられず、衝撃的すぎて体が震えてまともに動かなかった。
それと同時に、腹の奥から底知れぬ怒りが湧いてきた。
「よくも……透井君を……」
許さない……よくも……私の……私の……
私の……愛しの透井君を!!!
「この……クソ野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
ガッ
私は怒りに身を任せ、持っていた最後の一個の気まぐれ爆弾のスイッチを押した。そして、ヤケドシソードをバットの要領で全力でスイングし、野球のごとく爆弾を空中へと打ち上げた。
「なっ!?」
バァァァァァァン!!!!!
私の怒りの強さが通じたのか、気まぐれ爆弾は過去最高級の爆発力を見せつけた。しかも、ファシムの顔面にクリーンヒットしたのだ。奴は爆発に巻き込まれ、雲から落ち、地面にまっ逆さまだ。
「う……あぁ……」
死なない。あれだけの威力の爆発を諸に食らい、死んでいてもおかしくないくらい顔が深く抉れた状態でも、ファシムは生き絶えない。地面に落ちても尚、立ち上がろうとする。
ハイ・ゲースティーの再生力と生命力は伊達ではない。やはりコアを破壊しなければ完全に絶命しないんだ。
「水晶……だ……」
透井君が卓夫君に抱かれながら、苦しそうに呟く。
「水晶玉を……狙え……」
「あっ!」
透井君の言葉で思い出した。最初にファシムを雲から落とした時、水晶が奴の手から離れた。その時に水晶を取りに戻ろうとする姿が、あまりにも必死すぎて気になっていた。透井君も気付いていたんだ。
「あった!」
水晶は再びファシムの手から離れ、近く木の根本に転がっていた。今思えば、奴が生み出したモンスターの幻も、みんなに見せていた幻覚も、全てあの水晶が魔力の源となっていた。
「香李ちゃん!」
私は水晶の一番近くに立っている香李ちゃんに強く呼び掛ける。
「その水晶がコアだよ!!!」
「……!」
私の言葉を聞いて、香李ちゃんが動き出した。そう、ファシムがあれだけ水晶にこだわっていた理由は、魔力の根元だからというのもあるけど、一番は水晶を壊されたら自分が死んでしまうから。あの水晶がファシムの命の核、コアだったんだ。
「急いで!!!」
「やめろ!!!」
香李ちゃんがコアの真上までたどり着いた。しかし、ファシムは既に損傷した顔面が約7割ほど回復しており、立ち上がって香李ちゃんの攻撃を防ごうと走り出していた。私も香李ちゃん守ろうと駆け出す。
まずい……このチャンスを逃したら今度こそおしまいだ。
「あっ……」
ダ、ダメだ……ファシムの方が早い。間に合わない……
「いい加減にしやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
ガッ!!!
すると、木の影からテムスが飛び出し、ファシムの頭を棍棒で撲り潰した。テムス……生きてたんだ。背中を仲間に切りつけられていたから、もうダメだと思っていた。背中の激痛に耐えながら、ずっと森に隠れていたんだ。
「今だ!」
「香李ちゃん!」
「香李!」
「香李ちゃん!」
「はぁぁぁぁぁ!!!」
バリンッ!!!
香李ちゃんのビコビコハンマーにより、水晶が……コアが粉々に砕け散った。それは正真正銘、長く激しい戦いの終わりを告げる鐘の音でもあったのだ。
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