第43話
戦闘後、ルイスが剣を下ろしてアレストに向き直る。
(アレストは……)
砂の上で腕輪を締め直すアレスト、それを見て「不具合か?」と言うベノワット。
「大丈夫さ。砂が出ているような気がしたが、この砂埃の砂だったらしい」
(アレストは、砂時計を創ったことがある。だから創り方を知っていた)
きっと『相棒に教わった』のだ。
(そして『相棒に砂時計を入れた』)
前例がないのにアレストが砂時計の砂が落ちきったときに所有者の自我がなくなるのが分かっているのは
「『私が』砂時計の落ちきった後の『初めての例』だから?」
ルイスの声は誰にも聞かれずに夜の街に小さく消えていった。
「なっ……なんだと!?」
「リヒターさんが砂の賊に後ろから刺された」
「奇襲だったのよ。突然のことだったしすぐに他の砂の賊と怪物が現れたから私たちは応戦するしかなくて……ルディーが馬を走らせて街の病院に運んでくれたわ」
「俺たちもすぐに向かおう。軍師サン!」
アレストの声が遠い。
「軍師サン!リヒターが……!」
「えっ!?」
〜夜 シャフマ東の街 病院〜
「ベノワット様!!」
病院に着くと、ルディーが泣きそうな顔でベノワットに飛びついて来た。
「うううっ、リヒターさんが……」
「ま、間に合わなかったのか!?」
「全治1ヶ月の大怪我っス!!」
「あぁ……生きていて良かったな」
皆がホッと胸を撫で下ろす。
「しかし全治1ヶ月か、しばらくは入院だな」
メルヴィルが言うと、ベノワットも「そうだな」と頷いた。
「安静にしていれば治るのね!無理に一緒に行くことはないわよ」
アンジェの言葉にルイスも頷く。
「リヒターと一緒に行けないのは残念だけど、敵を倒したら報告しに来れば良い」
「ルイスの言う通りだ。やることは変わらん」
「リヒターさんが納得するかは分からないが……」
「でもリヒターは『無理に着いて行って足でまとにいなるくらいなら大人しく入院しています』って言うんじゃないかしら?ね、アレスト?」
アンジェがアレストの方を見る。しかし、反応がない。
「……どうしたのよ。あんた、『怪我で良かったぜ!心配かけやがって!ギャハハ!!』くらい言うところでしょ?」
たしかにアンジェの言う通りだ。いつものアレストならば「良かった良かった」と手を叩いて笑うだろう。
しかし、今のアレストは俯いて何も言わない。
「……リヒターは助からない」
「え?」
「……助からない。もう無理だ」
アレストの言葉にルイスたちが固まる。
「な、何言っているんだ?アレスト。リヒターさんは安静にしていれば治るって……」
「そ、そうよ!変な冗談言わないでよ!こんなときに!」
「……」
顔を上げたアレストは、真っ青な顔をしていた。
「あいつの寿命は……」
それだけ言って、逃げるように出て行ってしまった。
(寿命?)
妙に引っかかる。ルイスが首を傾げていると、廊下の方から声が聞こえた。
「すみません、ルイス様はいらっしゃいますか?リヒター様がお呼びです」
〜病室〜
病室に入って内側から扉を閉める。胴体に包帯を巻かれているリヒターがベッドの上で仰向けになっていた。
(たしかに怪我をしているけど、しぬほどではなさそうだ)
「……ルイス」
リヒターの低い声。渋い顔をしている。
「ぼっちゃんを連れ出してくれてありがとうございます。楽しそうでしたか?」
「うん」
「良かった……」
リヒターの表情が少しだけ明るくなる。しかしすぐに真剣な顔になってしまった。
「あなたに話しておかねばならないことがあります。いいですか。誰にも聞かれてはいけないことです」
「……」
「私はもうすぐしにます」
「……!?」
「全治1ヶ月……医者はそう言っていましたが、本当は私は寿命が人より短いんです。寿命を取り出したから……」
アレストが言っていたことを思い出す。寿命……それは
「……砂?」
「そうです。私の寿命は砂時計に捧げた。1年だけですが。……そんな単純なものではなかったんです」
リヒターの寿命が砂時計に?
「人の寿命を取り出すことは負荷がかかります。それに1年だけだなんて都合が良すぎるでしょう?今まで見てきた砂の賊はそのほとんどが残りの寿命全てを砂時計に捧げています」
取り出す時に負荷がかかり、大きな怪我をするとしんでしまう体になったのだとリヒターは言った。
「それでも私が盾をしていたのは、ぼっちゃんの砂時計が割れないようにするため。そしてあなたを守るためです。ルイス」
「私を?」
「……本当は言うつもりなんてありませんでした。あなたが記憶を失っても、幸せそうにぼっちゃんと笑っていたから……」
ルイスが息をのむ。記憶を失う前のことをリヒターから聞けるかもしれない。
「相棒のこと?」
聞くと、リヒターが目を泳がせた。
「……はい。気づいていましたか」
「なんとなく。さっきだけど」
「『軍師サン』というのは、アレストが最初にルイスにつけた呼び名です。アレストが26歳の時に許嫁候補ではなく純粋に剣士兼軍師として王宮に来たのがあなたです」
ベノワットに聞いた話だ。
「あなたは他の女性と違い、アレストと結婚する義務がなかった。アレストはそれを気に入ってわざと『あんたを俺の許嫁候補に入れてやるよ』とからかったり、行ってはいけない夜の街に2人で出かけたりしていた。ある時、何か約束でもしたのか『相棒』と呼ぶようになった。それからは特に関係が深くなり、アレストは相棒に信頼を置くようになった。
しかし、アレストにとってあなたは友であると同時に必要不可欠な存在でもあったんです。砂時計の実験台として」
実験台、その言葉に怖くなった。
「アレストは砂時計の砂が落ちきるまであと何年もないという予想を立てていた。しかし、砂が落ちきったらどうなるのか。それは誰にもわからなかった。そんなときに現れたのがあなたですよ、ルイス。あなたは実験台として都合が良かったんです……親の思惑が絡んでいない若い娘、そして何よりその血筋です」
血筋?そういえばどこかの貴族だと聞いたことがある。
「あなたはアレストよりも純粋なシャフマ王族の血を持っています。砂時計の魔法をかけるには、あまりにも合った素材だった……」
(シャフマ王族の、血筋!?)
「私とアレストはあなたに無理やり砂時計を入れた……1年後、砂は落ちきり、あなたの自我は消えた……」
リヒターが天井を見ながら言う。
ー何もかも忘れちまっているらしい。そうだろう?軍師サン。
ーなっ……!それでは、王子の記憶もあれによるものだと……。
ルイスがアレストの部屋で目覚めたあの日の2人の会話を思い出した。
「砂が落ちきったとき、所有者はしぬことはないですが……記憶がリセットされる。それまでの人格が全て消えるんです。それをルイス、あなたが見せてくれたんです」
「……」
「私たちは実験で砂時計のほとんどのことを知りました。それはあなたのおかげなんですよ。……全ては砂時計のことを知り、大陸の滅亡を防ぐため。なんて言えば聞こえはいいですが、そんなことを言っても私たちがあなたの前の人格をころしたのは事実です。今更……あなたの前の人格には届かないかもしれませんが……謝らせてください。ルイス、申し訳ありません」
(そうか、やはりそうだったのか。『相棒』は砂時計の砂が落ちきったから消えたんだ)
そしてそれは、アレストがリヒターと共にした砂時計の実験のせい。
(『相棒』は、アレストとリヒターがころした……)
「ルイス」
リヒターの声に顔を上げる。
「……こんなことを言える立場ではありませんが、私はあなたに生きていて欲しい。もちろんぼっちゃんもそう思っています。だから、シャフマ王国を壊してください。私を置いて、ラパポーツ公たちを止めに行ってください。今度はあなたがアレストをころして……この国を、滅ぼし……大陸を……」
リヒターの声が小さくなっていく。ルイスが医者を呼ぼうと立ち上がったが、リヒターは首を横に振った。
「私は……あなたの砂時計に寿命を捧げた……永遠は……前借りだった……それが、嫌というほど……今は分かります……また、証明されたんですよ……あなたのおかげ、です」
「……!」
「リヒター!!」
アレストが病室に駆け込んできた。
「すまない、すまない……俺の寿命を使えば良かったのに……!」
「ぼっちゃん……そんなことをしていたら、ここまでこれなかったでしょう……1年前に、砂が落ちきっていたら……確実にあなたは……自我を失っていた……」
「俺の自我なんていい!あんたが、あんたが生きていればそれでいいんだよ!!俺なんてどうなっても……」
「ぼっちゃん」
目にいっぱい涙をためたアレストの頭を、リヒターの手が軽く叩く。
「私はあなたの従者に任命されたとき……とても不満でしたよ……。ヴァンス様に……捧げようと思ったこの命を……何故子どもなんかに……と。しかし……あの実験の時……あなたの寿命ではなく……私の寿命が1年縮めばいいと……心の底から思って、砂を差し出したんですよ……。いえ、いっそ砂時計の所有者になって実験台としてしぬのならば……それでいいとさえ思った……。あなたが……砂時計のことを少しでも知り……不安を感じず……この先も生きていけるのならば……私の命などいらないと……」
「リヒター……」
「あなたとヴァンス様のためならば、私は今すぐにしんでも……または永遠の命を生きることになっても……構わない……」
リヒターの声が弱くなっていく。
「アレスト、あなたは……私を置いて……進んでください……。私は……ヴァンス様と共に……」
「……っ」
アレストの喉から、小さな嗚咽が聞こえた。リヒターはもう動かなかった。
「……すまない……軍師サン、お願いだ……リヒターのことも、相棒のことと一緒に、覚えていてくれ……」
アレストは俯いたまま続ける。
「すまないね……しばらく2人になりたいから、出て行ってくれないか?メ……たちにも言って……ううっ……うう゛っ……」
アレストがリヒターの手を強く握った。
「……うう゛っ……リヒター……もう少しだったのに……あんたまでいなくなっちまったら……俺……俺は……。俺は……あんたと一緒に、シャフマを滅ぼしたかったのに……だからあんな実験まで、したのに……すまない、すまない……リヒター……」
涙声でリヒターに言うアレストを残し、ルイスは騎士団の皆にリヒターの死を報告しに行った。
〜朝 シャフマ王国 極東の道〜
宿を出た皆の顔は暗かった。リヒターは今日から居ない。
アントワーヌも気を遣って何も言わない。黙って東に向かって行く。
「……もう〜〜〜〜〜!!!!!」
そんな空気を破ったのは、甲高い声だった。
「表情暗すぎますよ!皆さん!!もうすぐ目的地だっていうのに!」
リーシーだ。頬をふくらませている。
「し、しかしリーシー殿……アレストたちは……」
「しかしじゃな〜いです!!!!!あなたたち、1回全力で泣きなさい!!!」
「「「えっ???」」」」
ルイスたちの声が重なる。
「そうしたら気持ちも少しはスッキリしますよ。私も父上を亡くしたとき、思いっきり泣けってヨンギュンに言われたんですから」
ヨンギュンの方を見ると呑気にりんご飴を舐めている。どこで買ってきたんだそれは。
「大の大人が……こんな道の真ん中で、か?少し恥ずかしいな」
ベノワットが言うと、リーシーがまた怒り出した。
「年齢や場所なんてどうでもいいですよ!はい!!泣きなさい!」
「そ、そんな急に言われても……」
「……リヒター……」
意外にもメルヴィルが一番早く泣き出した。それを見て、アンジェやベノワットも涙を流す。ルイスも、リヒターとの思い出が蘇ってきて視界が涙でぼやけた。
「リヒター……不器用な奴だったけど……最後まで一緒にたたかいたかったわ……!」
「リヒターさんは、アレストだけじゃなくて俺やメルヴィルの面倒も見てくれたな……。赤子の頃から世話になった……」
「リヒター……」
砂時計をいれた?ルイスの前の人格をころした?
(だからなんだと言うんだ)
(私は今ここにいる、生きている。アレストたちと武器を握ってたたかっている)
(それが全てだ。私は私)
自分は自我を持っている。今の自我を大切に生きればいいのだ。
「ギャハハ!ギャハハ!!!」
アレストの笑い声だ。
「ちょっと!アレスト!あんた……!」
「チッ……!黙れ!ボンクラ!!」
涙で顔がぐしゃぐしゃのアンジェとメルヴィルがアレストの方を向く。
が、顔を見た2人は固まってしまった。
「ギャハハ!!しんじまったねェ……!俺は笑うことにするぜ!!あいつの死を、思いっきり笑ってやるさ!」
「……バカ」
「……チッ」
アレストの目は、誰よりも真っ赤に腫れていたのだった。
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