第8話

「私と離縁したとしても、あなたへの評判は決して傷つかないよう、そこに書き記しておきました。ご安心なさい」


「ではやはり、このまま離縁しろと?」


「だから、誤解しないでいただきたい。私は決して、あなたを疎んじているのではないのです。ただ穏やかに、日々を過ごしたいだけなのです」


この人を見上げる。


「いいえ。私にはさっぱり分かりません」


「そうですか……」


ふいに伸びた晋太郎さんの手が、私の腕をつかんだ。


その胸に抱き寄せられる。


「離縁したくなった時には、いつでもあなたの思うがままにお任せする。という意味です」


伸びた腕は腰へと回った。


帯が解かれる。


こめかみに触れた指先は首筋へと流れ、緩んだ襟元に滑り込んだ。


「何をなさるのです!」


私はそこを飛び退いた。


激しく胸を打つ鼓動が痛い。


全身がドクドクと波打つように震えている。


怖い。


「習ってはこなかったのですか」


「何を!」


その人はため息をついた。


「いえ。やはりこの縁談は急なお話だったのですね。よいのです。嫌ならやめればいい。それだけのこと。あなたがしたくないとおっしゃるのなら、それでいい。私にとっても、無理強いするのは本意ではございません」


その人はスッと立ち上がると、衝立の向こうに消えた。


私はまだ激しく脈打つ心臓を押さえている。


「もう二度と、このようなことはいたしません。お約束します。その方が互いのためにもよいのです」


そのまま布団に潜り込むと背を向けた。


「おやすみなさい」


あふれ出る涙の滴が腕に当たって跳ねた。


鼻水をすする。


ぐずぐずと泣きながら布団へ戻った。


その声を押し殺そうにも、どうにもならない。


息を止めても止まず、泣き止もうと思えば思うほどあふれてくる。


衝立の向こうで衣ずれが聞こえた。


襖が開き、晋太郎さんが出て行く。


それが閉じるのを見届けると、私は声を上げて泣いた。

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