第6章 第1話

坂本の家に嫁いでから、数ヶ月が過ぎた。


凍てつくような冬の空気も緩み、日差しに暖かさが宿る。


私がこの家にいることにも慣れてきたのか、晋太郎さんは奥から出て、ふらふらと歩き回ることが増えた。


以前よりはずっと、顔を合わす機会も増えている。


時折話しかけられたりなんかして、言葉も交わす。


奥の部屋に籠もっていた頃には、居るか居ないかも分からないような人だったのに、今は土間の床板に腰掛け、スルメをかじりながら私たちの様子を見ていた。


義母は私と奉公人まで総動員して、意気揚々とたすきをかける。


「そんなに一度にこしらえて、大丈夫なのですか?」


「面倒はいっぺんに済ませてしまうのが、コツなのです」


いただいたカブやらレンコンやらを一度に全部煮てしまって、天日に干し、漬物や砂糖漬けにしてしまおうという算段だ。


お義母さまはいつも以上に意気込んでいる。


「さて、志乃さん。煮付けの前の下準備を教えましょう。これは坂本家の作法なのですから、しっかり覚えてくださいね」


そう言うと義母はまな板を二つ並べ、包丁を置く。


「まずは野菜の切り方からね。これはうちのやり方なのですから、よろしくお願いしますよ」


私もたすきをかけた。


皮をむき、次々と切られてゆく野菜を、見よう見まねで切っていく。


大鍋に放り込んだ。


「先に出汁を取らないのですか?」


「それはいいのよ」


お義母さまには、お義母さまの流儀があるらしい。


「下味をつけると、味が濃くなっちゃいますから」


晋太郎さんは何も言わず、黙々とスルメをかじっている。


湯気の立ちこめる土間は、すっかり騒がしくなった。


天日に干すためのざるを運んだり、漬物を仕込む樽や置き石を運んだり。


力仕事は晋太郎さんも、なんとなく手伝っている。

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