うらめしや?

 日が沈みかけた夕方。タクシーに乗って私達がやって来たのは、山の中にある神社。

 私と葉月君、そして北大路さんの三人は、神社の入り口である鳥居の前に立ちます。


「ここだよ。女の人の幽霊を見たって噂がある神社は」

「ずいぶん寂しい場所ですけど、よく目撃情報なんてありましたね。幽霊が出るかどうか以前に、そもそもあまり人が寄り付きそうにない場所なのに」


 ここは町から離れた山の中。立地がいいとは言えない上に、大きな神社と言うわけでもなさそうです。

 所有者には悪いですけど、あまり参拝客も来そうになく、現に今は私達以外人影はありません。


「それがね。目撃者って言うのが、この辺りを根城にしてた暴走族だっていうんだ」

「暴走族、ですか?」

「うん。バイクに乗って暴走行為を繰り返す連中が、ここでたむろしてたらしいよ」


 それはまた、珍しいパターンですね。

 ひょっとしてうるさい人達が縄張りに入ってきたから、幽霊が怒ったのでしょうか?


「風音、その幽霊ってのは、どんな感じだったかわかる?」


 訪ねたのは、ちゃっかり着いてきた北大路さん。

 今回の仕事を受ける際、彼女も同席して同行を申し出ていました。

 こっちの祓い屋の仕事を見てみたいから、一緒に行きたいとお願いして、仕事の話を持ってきた悟里さんは、二つ返事でそれを了承したのでした。


 私にも、他の祓い屋と組むのは勉強になるから、彼女の仕事ぶりをしっかり見ておくよう言われましたけど。まさかその北大路さんと勝負しようとしているとは、思っていなかったでしょう。


 悟里さんごめんなさい。少し良心が痛みます。

 まあそれはさておき。


「目撃者である暴走族の話によると、白装束を着て頭に天冠を着けた、足の無い女の人の幽霊だったみたいだね」


 葉月君が言うと、北大路さんは目を丸くする。


「は? 何そのいかにも、ザ・幽霊って感じの幽霊は。今時そんなの出るの? 向こうではそんなの、一度も見たこと無いんだけど、こっちではそれが普通なの?」

「私もそんないかにもな幽霊は、見たことがないですね。まあ絶対にいないとは言いませんけど、かなりレアケースだとは思いますよ」


 私がこれまで見てきた幽霊は、現代的な服装で頭から血を流しているものや、ゾンビみたいなもの。そしてみんな、足がありました。

 日本の昔話に出てくるような、足のない白装束の幽霊なんて、会ったことがありません。


「それってさあ。ひょっとして誰かのイタズラなんじゃないの?」

「俺もそうじゃないかって思う。誰かが暴走族を脅かそうと思って、幽霊に変装したとかね」

「けど、足が無かったというのが気になりますね。白装束を着て幽霊に化けるだけなら簡単ですけど、足を隠すなら何らかの仕掛けが必要になりますもの」


 何にせよ目撃情報があった以上、放ってはおけません。

 例えこれが誰かのイタズラだったとして、その真相を明らかにするのも、祓い屋の仕事なのです。


「それにさ。暴走族の何人かもイタズラだと思って掴みかかって行ったけど、すり抜けたらしいよ。それにはすっかり肝を冷やしてみんな逃げたんだけど、怖くなってそれ以来、もうここには寄り付いてないみたい」

「すり抜けた、ですか。なら、本当かもしれませんね」

「と言うか、もしイタズラなら知世ちゃんとの勝負はどうしよう? 幽霊ならもちろん、先に祓った方が勝ちだけど、先に真相を暴いた方が勝ちとか?」


 うーんと声を出して考える北大路さん。

 確かに、イタズラの場合どうするかは、考えていませんでしたね。


「あのさあ二人とも。別にそこまで勝負に拘らなくて良いんじゃないの」

「それは……そうですけど」

「ルカはともかく、何だかトモらしくないよ。だいたい、どうして勝負する流れになったのさ?」

「それはナイショ。とりあえず、まず調べてみなきゃだね。風音、行こ行こ♡」


 そう言ってまたも、胸を押し当てるように腕に抱きつく北大路さん。

 だーかーら、くっつきすぎですって! 


「二人とも、遊んでないで真面目にやってください!」

「え、これ俺も怒られる流れ?」

「あはは、知世ちゃんかたーい。そ・れ・と・も、ひょっとしてヤキモチ妬いちゃった?」

「だ、誰が。くだらないこと言ってないで、さっさと行きますよ。あと北大路さん、葉月君から離れてください。べ、別にお二人がくっつこうと、私は何とも思いませんけど、それでは霊が襲ってきた時、すぐに対処できませんから」


 二人を引き剥がして、いよいよ鳥居を潜る。

 この神社には明かりはなく、何も見えないというわけではないですけど、かなり薄暗いです。


 私達はスマホのライトで辺りを照らしながら石段を登り、その先に社が佇んでいました。

 ずいぶん古いお社です。暗さも合間って、不気味な雰囲気を漂わせています。


「幽霊が出なくても、肝試しスポットになりそうな場所ですね」

「なに、知世ちゃんひょっとして怖がってるの? こんなのただの、古い社……きゃっ!」

「北大路さん!?」


 まさか敵?

 突然の声に身構えましたけど、彼女は嫌そうな顔をしながら、自分の頭を払う。


「最悪ー。クモの巣が引っ掛かっちゃった」

「なんだよ、ドジだなあ。幽霊が出たかと思ったじゃないか」


 葉月も私も、一瞬出たかと思いましたけど、北大路さんの頭上には長く伸びた木の枝があって、張っていたクモの巣が引っ掛かったみたいです。

 すると。


「あーあ。あたしも知世ちゃんくらい小さかったら、蜘蛛の巣に引っ掛からずにすんだのになー。ちっちゃくて羨ましー」


 クスクスと笑いながら、私を見る北大路さん。

 けどその瞬間、プツンと何かが切れました。


「…………羨ましいですか?」

「へ?」

「未だに中学生、下手をしたら小学生と間違われることもあるこの低身長が羨ましいですか! だったら取り替えてあげます! 今すぐ身長を吸い取る呪いを開発して、望み通り北大路さんの身長を1メートルくらい取ってあげますけど、良いんですか!」


 北大路さんは、女子では背が高い方。

 床屋さんに行った時に中学生料金を言われ、訂正する時のあの空しさを知らないのでしょうね!

 だからこんなことが言えるんですよ!


 一気にまくし立てると、北大路さんは驚いたように身を引いて、葉月君が慌てたように私達の間に割って入ります。


「トモ、抑えて。ルカも、冗談言い過ぎたって。トモは背が低いのを、気にしてるんだから」

「き、気にしてなんていません!」


 つい反射的に言いましたけど、嘘です。本当は、めちゃくちゃコンプレックスですもの。

 それなのに、北大路さんときたらズケズケと。この無神経さ、葉月君といい勝負ですよ。


「そ、そうだったんだ。ごめん、言いすぎた」


 意外にも素直に謝る北大路さん。

 ペコリと頭を下げられると、私もそれ以上は何も言えません。


「でもさ。冗談ぬきであたしは、小さいのも可愛いと思うよ」

「きゃっ。頭を撫でないでください」

「俺もルカと同意見だな。トモは可愛い」

「葉月君まで。二人とも、からかうのはやめてください!」


 だいたい、私とは比べ物にならないくらい可愛い北大路さんにそんなこと言われても、嬉しくありません。

 葉月君にしたって、女装したら美少女になりますし。


 そもそも幽霊の調査に来たのに、どうしてこんな話をしてるんでしょうね。

 もしも幽霊が本物なら、いつ出てきてもおかしくないと言うのに、緊張感の欠片もありません。

 しかし、そんなことを考えていると。


「し~ず~ま~れ~」


 突如聞こえてきた、怨みのこもったような声。

 途端に砕けていた空気に、緊張が走る。


 今度こそ出たのですか!?

 声がしたのは、社の右側。急いで目をやると、そこにいたのは……。


「うらめしや~」


 そこにいたのは、目撃情報にあった通りのもの。

 白装束を着て頭に天冠をつけた、足が無くて髪の長い女性の幽霊。

 しかも胸の前で両手をたらんと下げて、恨めしげな言葉を発しています。

 その姿も言動も、間違いなく幽霊。幽霊なんですけど……。


「……なんか、いかにも幽霊って感じの幽霊ですね」

「『うらめしや』なんて言う幽霊、初めて見たんだけど。マジでザ・幽霊って感じじゃない。ここまでテンプレ通りだと、逆にニセモノっぽくない?」

「いや、でも妙な気の流れは感じる。と言うことは、本物? 江戸時代からタイムスリップしてきたみたいな幽霊だけど」


 顔を見合わせながら、三人そろって首を捻ります。

 現れた白装束の女性は、幽霊過ぎて嘘臭いと言うか。変な気は感じますけど、なんだか作り物っぽさが抜けないのですよね。

 リアリティーが無いと言うか、なんと言うか。


「今時の幽霊は普通に洋服着てるし、『うらめしや』とも言わないのになあ」

「流行についていけずに、アップデートし損ねたって感じの幽霊ね。なんかダサッ」

 

 二人とも、散々な言い様。心なしか、幽霊はしょんぼりと肩を落としているように見えます。


 正直私も、こんなお化け屋敷に出てくるような幽霊を見るのは初めてですけど、意外にもちゃんと力は感じるのですよねえ。

 幽霊や妖怪が近くにいる時に感じるザワザワした気配がします。


 姿はまちがいなく幽霊ですけど、ベタすぎて逆に本物かどうか怪しい。

 こんなケースは初めてです。

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