やって来た女の子
祓い屋事務所で騒動があった次の日の放課後。
今日は葉月君と一緒に、教室を出ました。
これから、昨日できなかったお仕事の話をしに、もう一度事務所に行きます。
葉月君のことはまだ直視できませんけど、いつまでも避け続けるわけにはいきませんからね。
でも、こうして並んで歩くのは久しぶりです。
すると何を思ったのか、葉月君が天を仰ぎます。
「俺は今、猛烈に感動している。トモに避けられてない」
「何を大袈裟な。バカなこと言ってないで、さっさと行きますよ」
うっすらと目に涙を浮かべている葉月君。
私って、そんなに彼に酷い態度を取っていたのでしょうか?
まあ昨日は私のせいで、悟里さんに蹴飛ばされちゃったわけですから、ちょっとは態度を改めないといけませんね。
告白の返事はできていませんから、気まずくはあるのですけど。
そんなことを考えながら、昇降口に行って上履きから靴に履き替え、校舎を出る私達。
だけど校門の近くまで来た時、ふと気になるものが目に飛び込んできました。
制服姿の生徒が帰って行ってる中、校門の所に一人、私服姿の女の子が立っていたのです。
私服と言うことはうちの生徒でない、他校の子でしょうか?
歳は、おそらく私達と同じくらい。
上は白い服の上に青のデニムジャケットを羽織っていて、下は黒のホットパンツ。ウェーブのかかった髪を、ポニーテールに結っている。
体にメリハリがあって、遠目からでもスタイルが良いことが分かります。
そして顔は、まるでモデルさんみたいに可愛いです。
この前お祓いをした、読者モデルをやってるというメイさんにも、負けていません。
けど、あんな所で何をやっているのでしょう?
もしかして、誰かを待っているとか?
「どうしたの、トモ?」
「あそこにいる人のことが、少し気になって」
「どれどれ……ん、アイツは……」
女の子に目をやったかと思うと、急に黙ってしまった葉月君。
すると、女の子にも動きがありました。
顔を上げてこっちを見たかと思うと、そのまま小走りでやって来るじゃありませんか。
向かってくる先は私……ではありません。彼女は葉月君めがけて走ってきて、そのまま……。
「風音ー! 会いたかったー!」
葉月君にガバッと、抱きつきました……って、はあああっ!?
な、な、な、な、何をやっているのですかっ!?
「風音ー、元気してたー?」
「待て、お前ルカだよな! どうしてここにいるんだよ!」
女の子に抱きつかれたまま、声を上げる葉月君。けど驚いてはいるものの、何だか嬉しそうな表情。
その様子はまるで、仲の良いカップルのようで。
いきなりの出来事に私は目を白黒させて、近くを歩いていた生徒も、何事かと注目します。
「久しぶりー、ちょっと遊びに来ちゃった」
「なんだよ、来るなら教えてくれれば良かったのに」
「ははっ。ナイショにしておいて、ビックリさせようと思って。どう、驚いた?」
「こいつめ、相変わらずイタズラ好きだなー」
気心知れた旧友と再会したように、二人とも笑いあっています。
それは良いのですけど、ちょっと距離が近すぎませんか?
ルカと呼ばれたその子は葉月君にくっついたまま、彼の腕に自分の手を絡めて。胸を押し当てているじゃないですか。
あのサイズだと葉月君も気づいていないはずがないでしょうけど、彼はそれを咎めることなく、その子の頭をわしゃわしゃと撫でながらじゃれあっています。
な、仲が良いですね。
ま、まあ私は、葉月君が誰とどれだけ仲良くしようとどうで良いんですけどね!
けど現れた女の子のことがちょっとだけ。本当にちょっっっっっっとだけ、気にならないでもないです。
「あ、あのー、葉月君。こちらの方はいったい?」
「ああ、トモは会ったことなかったっけ。コイツは北大路ルカ。俺が四国にいた頃の祓い屋仲間だよ」
「祓い屋!?」
なんと、同業者でしたか。
葉月君は少し前まで、人手不足だった四国の祓い屋協会に派遣されていましたけど。北大路さんは、その時の仕事仲間と言うわけですね。
すると北大路さんは葉月君にくっついたまま、じっと私を見てきます。
「風音、この子は?」
「前に何度か話したことあったよね。俺と同じ祓い屋の里で育った、妹弟子の水原知世だよ」
「ど、どうも」
「へえー、この子がねえ……」
北大路さんは葉月君から手を放すと少し身を屈め、上目遣いで私を見てくる。
頭のてっぺんから足の先まで、まるで品定めをされてるみたいに視線を感じて、居心地が悪いのですけど。
けど、それを口に出すわけにもいかず。
少しの間じっとしていましたけど、やがて北大路さんは屈むのをやめて、不思議そうに首をかしげました。
「うーん、君本当に知世ちゃん? 風音からは、すっごく可愛い女の子だって聞いてたんだけど」
「なっ!?」
葉月君、私のことをそんな風に言っていたのですか!?
か、可愛いだなんて、そんな。
はっ! でも北大路さんのこの不思議そうな態度。これは暗に、アナタは可愛くないって言ってるってこと?
た、確かに可愛くはないですけど、これは怒るべきでしょうか……。
「ルカ、なに言ってるんだよ。失礼だろ!」
迷っていると、私より先に葉月君が声を上げました。
そ、そうです。葉月君、言っちゃってください。
「トモは可愛いじゃないか。背は小さくてちんちくりんですけど、可愛いよ」
「背は小さくてちんちくりんは余計です!」
いちいち一言多いんですよ!
ふん、どうせ私はチビで華奢で、可愛くもないですよーだ。
そんな私と比べると、北大路さんのルックスの良さが更に際立ちます。
彼女の背は、葉月君と同じくらい。可愛くてスタイルも良く、私とは正反対です。
すると彼女は、あははと笑ってくる。
「ごめんごめん、冗談だって。ちょっとからかってみただけだから、怒んないでよ知世ちゃん」
ペコリと頭を下げられます。
ま、まあ謝ってくれたのなら、私も何も言いませんけど。
けどいきなり『知世ちゃん』って、ずいぶんと距離感の近い人ですね。
「き、北大路さんも私達と同じ、高校生でしょうか?」
「うん、高2」
「さっき遊びに来たと仰っていましたけど、学校はどうしたんですか? 今日、平日ですよね」
北大路さんも学校があるはずですけど、お休みなのでしょうか?
「もしかしてルカ、サボって来たの?」
「違う違う。実はさ、ちょっと停学食らっちゃってさー」
「停学!?」
「停学ですか!?」
葉月君と揃って声をあげる。
すると北大路さんは、不満げに頬を膨らませます。
「それが聞いてよ。あたし仕事で、蛇の妖と戦いに行ったんだけどさー」
蛇の妖?
一瞬驚きましたけど、考えてみたら彼女も祓い屋です。私達と同じように学校に通う傍ら、幽霊や妖退治のお仕事をしているのでしょう。
「蛇対策に、タバコを持っていったんだよ。ほら、蛇ってタバコの匂いが苦手じゃない。もちろん吸いはしなかったけど、火をつけて匂いで蛇を苦しませたってわけ」
「そういえば蛇の妖と戦う時はタバコを使うと良いって、前に習ったことがありますね」
私達は未成年ですから、当然吸うわけにはいきませんけど。
「言っとくけど、あたしも吸いはしなかったよ。火をつけた後煙を出すため、タバコの中に中に空気を送り込むための、手作りの小型のポンプまで用意したんだから」
「わざわざそこまで準備するなんて。かなり強力な相手だったんだね」
「そーそー。もう倒すのに苦労したわー。実際、タバコで怯ませられなかったらヤバかったなあ」
どうやら相当強い妖だったみたいです。
けどポンプを使ってタバコに火をつけるなんて、まるで理科の実験です。まあ実際はそんなタバコの煙を出すような実験、学校では絶対にやらないでしょうけど。
「けどさ。蛇をやっつけたのは良かったんだけど、使い終わったタバコを、うっかり学校の鞄の中に入れっぱなしにしちゃっててさ。で、間の悪いことに次の日、持ち物検査があったわけよ」
「持ち物検査って、まさか」
葉月君が声を出し、私も想像つきました。
「先生に見つかって、即停学。酷いんだよ、いくら妖退治のために持ってただけ、吸っていませんって言っても、全然信じてくれないんだもん」
ぶーぶーと文句を言っていますけど、無理もありません。
妖と戦うためのものだなんて言っても、普通は信じてくれませんもの。
とは言え悪いことしていないのに停学なんて、可哀想です。
「ルカー、お前ドジだなー」
「ちょっと葉月君、そんな言い方しなくても」
「だってそうじゃないか。だいたいルカは、用心が足りてないんだよ。でもその停学を利用して、こっちに遊びに来たってことだよね。そういう所、ちゃっかりしてるよなー」
「良いじゃない。どうせ悪いことなんてしてないんだから、楽しまなきゃ」
やってやったと言わんばかりに、ウインクをしてくる。
うーん、たしかにタバコを吸ったわけではないので悪くはないですけど、停学を利用して遊びに来るなんて。
なんて言うか、図太い人です。
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