凶刃
喜びをかき消すような、悲鳴にも似た葉月君の声。
そして、気づいてしまいました。霧子さんもう片方の手に、いつの間にかナイフが握られていることに。
「フッ……アハハハハハハッ! 信ジル分ケナイダロー!」
心を引き裂くような、不気味な笑い。
次の瞬間霧子さんは立ち上がり、無防備な私を押し倒す。
「痛っ!?」
仰向けに倒れた私の上に、さらに霧子さんが馬乗りになってくる。
さらにものすごく強い力で体を押さえてきて、身動きがとれません。
そして彼女の手にはさっき見たナイフが、不気味に光る。
「き、霧子さん。どうして……」
「ハハハハハッ! 上手ク丸メ込ムツモリダッタンダロウガ、ソノ手ニノルカ!」
そんな、どうして分かってくれないの?
鋭いナイフが、ギラついた目が、狂気に満ちた笑い声が、恐怖心を刺激する。
祓い屋になってから悪霊とは幾度となく戦ってきたけど、恐怖を感じなくなったわけじゃない。いくら仕事に慣れても、怖い時は怖いのです。
ただ今回は、殺されそうだから怖いんじゃない。話すことはできても、心を通じあわせる事ができない霧子さんが、元々人間だったとは思えない別の何かのように思えて。そんな彼女が、どうしようもなく怖かった。
まるで美味しそうな兎を前にした狼のように、舌なめずりをする霧子さん。
に、逃げなきゃ。けど、力が入らない。
「醜サハ呪イダ。呪イニシタノハ、オ前達ダ。今カラソノ、報イヲ受ケロ!」
霧子さんは呪詛を紡ぐと、手にしていたナイフを高々と振り上げた。
「死ィィィィネェェェェッ!」
もうダメ。
襲い来る恐怖と絶望に耐えきれずに、ギュッと目をつむる。
だけど次の瞬間。
「やめろぉっ!」
「ギャッ!?」
激痛を覚悟していた私の耳に飛び込んできたのは、二つの叫び声。同時に、体を押さえ付けていた力がスッと消えてる。
え、えっ? いったい、何が起きたの?
目を開けると、後方にのけ反る霧子さんと、私達の間に立つ葉月君の姿が。
ど、どうやら彼が割って入って、助けてくれたみたいで。霧子さんと対峙したまま、目だけをこっちに向ける。
「トモ、無事?」
「キサマアァァァァッ!」
私が返事をするよりも早く、激昂した霧子さんは葉月君に襲いかかる。
彼は……葉月君は、私の安否を確認するべきではありませんでした。
もしも霧子さんから目を反らしていなければ、きっと対応できていたでしょう。
けど私に意識を向けていたことが、彼の反応を遅らせたのです。
「がっ!?」
「葉月君!?」
嘘、ですよね。
目の前の光景は、悪夢そのもの。
霧子さんが振り下ろした鋭利な刄は、彼の胸。心臓に、深々と突き刺さっていたのです。
「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!」
絶叫を響かせたのはメイさん。彼女は真っ青になりながら声を上げ、腰を抜かしたように崩れ落ちる。
けど、声を上げれるだけまだマシかもしれません。私はと言うと叫ぶことすらできずに、信じられない気持ちで呆然としていました。
「葉月……君?」
名前を呼んだけど、彼は何も答えてはくれずに。ナイフが刺さった胸からは、真っ赤な血がこぼれ出す。
そして霧子さんは耳まで割けた口角を上げながら、満足そうに笑みを浮かべた。
「バカナヤツ。余計ナマネヲシナカッタラ、モウ少シダケ生キラレタノニ」
胸に刺さったナイフを引き抜くと、葉月君の体がまるで糸の切れた人形のように、力無く崩れた。
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