和解
映像はそこで途切れ。我に返ると、そこにはさっきまでと変わらない夜の商店街がありました。
横に目を向けると葉月君とメイさんがいて、何とも言えない苦しそうな顔をしている。
どうやら二人も、さっきの映像を見たようで、葉月君が苦しそうな顔をしながら、口を開く。
「キリサキさん。いや、霧子さんか。今のは君の、生前の記憶?」
「ソウダ。コレデワカッタダロウ。本当ニ醜イノハ私ジャナイ。良イ顔ヲシナガラ腹ノ中デ見下シテイル。オ前ヤソイツモソウダ!」
霧子さんは鋭い目で睨み、メイさんは怯えたように肩を震わせる。
「ち、違う。あたし、そんなこと思ってない」
「黙レ! 私ハ正義ダ。オ前達ノヨウナ本当ニ醜イ者ニ裁キヲ下ス。死エィ!」
狂気に満ちた目で、ナイフを振り上げる霧子さん。
メイさんの足は震え、逃げることもできずにいましたけど、変わりに葉月君が動きました。
「させるか!」
「グウッ!?」
振り上げられたナイフを上手くかわしながら体当たりを食らわすと、霧子さんの体は後方へとふっ飛ぶ。
そうです、ボーとしてる場合じゃありません。
「エエイ、オ前達ハソウヤッテ、イツモ私ノ邪魔ヲスル。ソノ女ヲ守ルノハ、ソイツガ可愛いイカラカ? 綺麗ダカラカ?」
「ああ、もうっ。俺達はそんな理由で守ってなんかいないから。トモ、可哀想だけど、力ずくでコイツを成仏させるよ。トモ、聞いてる?」
霧子さんに意識を向けたまま、微かにこっちを見る葉月君。
だけど私は彼の方を見ずに、霧子さんに問いかける。
「霧子さん。あなたがメイさんを、葉月君を襲うのは、二人が絵里さんと同じだと思っているからですか?」
「アア、ソウダ。顔ガ良イ奴ハ皆、心ガ醜イ。ダッタラソノ心ト同ジヨウニ、顔ダッテ醜クナルベキナンダ。絵里ノヨウニナ!」
この口ぶり。おそらく絵里さんは既に、彼女の手で。
こんなこと、本当は思ってはいけないのかもしれませんけど、絵里さんに同情はできません。それだけのことを、彼女はしたのです。
だけど。
「他ノ奴等モ同ジダ。皆上部シカ見テイナイ。私ガイクラ声上ゲテモ、誰モ信ジテハクレナカッタ。偏見ヲ押シツケテ、真実ヲ見ヨウトモシナイ。私ハソンナ奴等ヲ裁ク、憎ム、殺ス! 殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!」
霧子さんは目をギラつかせながら、葉月君とメイさんに向かって歩き始める。
「殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス!」
まるで壊れたレコードのように、怨みの言葉を繰り返す。
その気持ちが、分からないわけではありません。信じていた人に裏切られ、誰にも信じてもらえなかった絶望や苦しみは、図り知れませんもの。
だけど。
私はそんな狂気に染まった彼女を、無言で見据えながら、そっと指先を構えた。
「迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――滅!」
指から放たれたのは、悪しき者を滅する光の矢。
霧子さんは完全に二人をターゲットにしていたせいか、私から注意がそれていたのでしよう。気づいて振り返った時は既に遅し。
光を受けた彼女は、弾かれるように後ろに吹き飛んだ。
「ガッ!?」
まるでボールのように跳ねた後地面を転がる。
だけどまだ終わりません。再び指先に、力を込め、解き放つ。
「迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ、滅! 迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ、滅! 迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえーー滅!」
「ヤ、ヤメ……」
「迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――滅!」
「ヤメロォォォォォォッ!」
容赦ない攻撃に、霧子さんは声をあげる。
だけど驚いているのは彼女だけではありません。葉月君も「トモ?」と、唖然とした様子で、私を見ています。
っ! そろそろ連射もキツくなってきました。
私は一旦術を放つのを止め、だけど目だけは、倒れている霧子さんから反らさない。
「いい加減にしてください! アナタのやっていることはただの八つ当たりだって、どうしてわからないんですか!」
「ナ、ナンダト。私ハ罰ヲ与エテ……」
「それが八つ当たりだって言ってるんです! アナタの受けた仕打ちは確かに酷いものでした。絵里さんを怨む気持ちは分かります。けどその後アナタが襲った人達は、この二人はアナタに何かしましたか? 見下しましたか? 少なくとも二人は、そんなことをする人達ではありません。私が保証します!」
霧子さんの言葉を遮り、一気に捲し立てる。
葉月君とは長い付き合い。見た目で人を判断したり、話も聞かずに悪者にしたりするような人じゃないってことくらい分かります。
それにメイさんだって。霧子さんの痛みが、分からないはずがありません。
彼女とは今日会ったばかりですけど、そんな子じゃないことくらい分かります。
なのに勝手に悪者にして、検討違いの怨みをぶつけるなんて、間違っています。
すると今まで黙っていたメイさんも、震えながらですが声を出す。
「そ、そうだよ。あたしもね、昔はモサイとかブスだとか言われてバカにされてたの。けど、その人達を怨んでも何にもないないって分かってる。だから、アナタももう止めて!」
怖いのを我慢して、言い放ったメイさん。
私も霧子さんとは少し違うけど、霊が見えるのを信じてもらえなかったり、いじめられたりした経験があります。
私やメイさんは辛い時に支えてくれる人がいましたけど、霧子さんにはそんな人がいなかった。案外私達の違いは、それだけなのかもしれません。
だからこそ暴走する彼女を、このままにしておきたくはないのです。
「私は……私達は、アナタをいじめてきた人達とは違います。アナタが辛い思いをしたことも、普通の女の子だったことも、全部覚えていきますから。だからもうこんなことは止めて、安らかに眠ってください」
「ウ、ウウッ」
悪霊になってから彼女がやってきたことは、許されるものではありません。だけどその根底にあるのが深い悲しみなら、これ以上罪を重ねずに、成仏してほしい。
私は指を構えず、術も使わない無防備な状態で、霧子さんに歩み寄る。
「トモ、迂闊に近づくのは」
「いいんです。こっちが信じてあげないと、霧子さんに信じてもらえませんもの。大丈夫、話をするだけです」
警戒する葉月君を制して倒れている霧子さんの前まで行き、右手を差しのべる。
「もう怨みを抱えてさ迷わなくていいんです。私がアナタを、あるべき所へ還しますから」
「ワ、私ハアンタヲ襲ウカモワカラナインダヨ。怖クナイノ?」
「はい。アナタはそんなことはしない。本当は悪い人じゃないって、信じていますから」
「信ジテ、クレルノ……」
霧子さんは少しうつ向いた後、再び顔を上げる。
腫れ上がった頬と、不揃いな目。だけどその顔は笑っているようで。差しのべた私の手に、自分の手を伸ばしてくる。
分かってくれたのですね。
私はニッコリと笑って、彼女の手に触れる……。
「トモ、逃げろ!」
えっ?
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