サナトリウム

「進捗は?」

「悪くないです。良くもないですけど」

 豆粒ほどの大きさの人々がぞろぞろと船の入り口へ入って行くのが見える。ガラス越しに見る地上はかつての故郷だったはずなのに、帰ってくる度に親近感を失っていく。

「何回目になっても変わらないですね。グダグダと、彼らは学習しないのだろうか」

「一般人対象外の遷移を含めて今回で53回目です。私も乗船した一回目の遷移にかかった時間は11時間34分。前回は8時間21分。改善はしているよ」

「あなた方が計画した当初は想定されていたのですか」

「勿論。私の計画に穴はありません」

 人々の群れから目を離して少し遠くを見た。連なるコンクリートのビル群は昔時の繁栄を、その所々に絡みつく緑はその崩壊を表している。だが、更に遠くには山があり真下には綺麗な海も望める。

「僕には分からないですね。一体いつこの星に見切りを付けたんですか。改めて見てもかつての地球とそれほど変わっているようには見えない」

「初めから、です。あなたの言う”かつて”がいつのことかは知りませんが、あなたがここにいる時点でその答えは自明に思えます。何をそんなに悩んでいるのか、不思議ですね」

「僕からすればあなたの実年齢の方が不可思議ですね」

「女性に年齢を聞いてはいけませんよ」

「一回目の遷移が行われたのは50年前、それが計画され始めたのは……諸説ありますが、更に100年以上前からという噂もあります」

「アハハっ、たかが100年程度で人類が地球から脱出できると思っているのですか。この世には知らなくてもいいことがあります。必要な時に必要な知識があって、その積み重ねやがて糧となり足となるのです。この車椅子のようにね」

「……。そういえば、あなたが乗船の瞬間に立ち会うのは珍しいですね。いつも研究棟に籠りっぱなしだったような」

「ああ……まあ、気まぐれですよ。少し気になったと言いますか」

立ったまましばらく待っているとアナウンスが流れてきた。

「そろそろ行かなくてはけませんね。お連れしましょうか」

「どうも」

 車椅子に手を掛けると、去り際に外を見やった。こうやって地上の景色を眺めているとこの星と心中するのも悪くないと思えてくる。

 だがそれが叶うことことはなかった。

 これが最後の帰郷になった。

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