二つの玉を潰しかけたお姉さん
街中を歩いている。
「……あ? なんで俺は街中を歩いてるんだ?」
確か、俺は……あれ……何をしていたんだっけか。
良く分からない不思議な感覚、さっきまで何をしていたのかをイマイチ思い出せなかった。とはいえ、ジッとしているのもあれなのでゆっくりと歩いてみる。いつもと変わらない街並みがただ過ぎ去っていく……そうして歩いていた時、前から歩いて来る人影があった。
「あ、真白さん」
真白さん、俺の大好きな人だ。
こっちを見た真白さんに向けて手を上げると、彼女も嬉しそうに笑みを浮かべて手を上げた。そして駆け出してきた真白さんは俺の横を通り過ぎて行った。
「……え?」
思わず真白さんの姿を目で追った。
真白さんが駆け寄ったのは俺ではない別の人で、笑顔で少し会話をしたと思ったらそのまま歩いて行った。
「真白さん!!」
俺は声を上げた。
それでも真白さんは振り向いてくれず、むしろ俺の存在が見えていないかのように一切の反応を見せなかった。
……なんだこれは、そんな気持ちが俺の心を襲う。
だがそんな時だった。
「っ!?」
苦しい、息が出来ないくらいに苦しくなった。
胸を押さえて苦しんでも誰も助けてくれず、俺はずっとその場で苦しみ続けた。
『た……く……たか……ん』
「……真白さん?」
声が聞こえる。
その声が真白さんの声だと認識瞬間、俺は何かに引っ張られるような感覚を感じるのだった。温かな光、温かな感触、それを感じて俺は――。
「……??」
パッと目を開けた。
目の前は真っ暗だが、顔を包むのはとんでもなく柔らかい何かだった。しかもいい香りもしてこのままずっとここに顔を埋めていたいと思わせるほどだった。顔を離そうとしても何かに固定されているかのように動けず、俺はしばらくこれは何だろうと考えていた。
「たか君……すぅ……」
「……なるほど、そういうことか」
頭の上から聞こえてきた声、それを聞いて全てに納得がいった。
俺はどうやら真白さんに抱きしめられているようだ。これもいつも通りだが、目を覚ました瞬間にこの体勢になっているのはちょっと久しぶりかもしれない。
「……たか君はずっと……私と一緒なの……ずっと……ずっと……」
「……はは」
その言葉に心から落ち着く俺が居た。そして同時に思い出すのはさっきの夢、真白さんが俺ではない誰かと共に歩いていく夢のことだ。
あの時感じた息苦しさは真白さんの胸に包まれていたからなのかもしれない、それともしかしたら……。
「あれはあり得ない夢、だから真白さんは俺を起こしてくれたんですか?」
夢は夢であり現実ではない、俺の傍に居ない真白さんは真白さんではない。だから早く起きてこっちに戻って来てと、そんな意味があったのかもしれないな。少しだけ緩くなった腕から抜け出すように俺は真白さんから離れるのだった。
「……どこ……いったの……?」
「……本当にこの人は」
どこまで一途に俺のことを想ってくれるのだろう。真白さんに気持ちを伝えられる度に溢れる愛おしさ、俺も真白さんのことがどうしようもないほどに大好きだという証なんだろうか。
「……あ~あ、服がはだけてる」
俺の顔が直接真白さんの肌を感じていたということはつまり、真白さんの胸の部分がはだけてしまっていたことに他ならない。俺は苦笑しつつ、ポロリしていた胸を浴衣に収めるように……収めるように……おい、浴衣もっと頑張れよ。
「……よし」
流石に全体を隠すまではいかなかったが、まあこれくらいでいいだろう。
再び寝ようと思ったのだが、流石に目が覚めてしまったので時間を確認する。するとまだ深夜三時、最悪の時間帯に目覚めてしまったな……。
「ちょっと外に行ってみるか」
散歩がてら飲み物でも買ってこよう。
財布を持って部屋を出た俺はそのまま自動販売機の場所まで歩く。深夜ということもあって客たちが寝静まった時間帯、耳に届くのは俺の足音だけなので中々に怖さを感じさせる。とっととジュースを買って帰ろうと思い急ぐと、どうやら俺のように自販機に用があったのか一人の男性が居た。
「……おや」
「あ、加奈子ちゃんの」
加奈子ちゃんのお父さんだった。
まさかこんな時間で会うとは思っておらず少し固まってしまった。すると、先に口を開いたのはあちらだった。
「君もジュースを買いに来たのかい?」
「はい。というか目が覚めてしまって……」
「はは、なるほどね」
お父さんはお茶を買い、入れ替わるように俺は炭酸ジュースを買った。
蓋を開けるとプシュッと音が響き、俺はその場でググっと飲んだ。正直もっと目が覚めてしまうんじゃないかって思われるかもしれないけど、案外すぐに眠れるんだよねこれまでの経験上。
「良い飲みっぷりだね“たか君”」
「結構好きなもんで……?」
あれ、今俺はなんて呼ばれたんだ?
ゆっくりとお父さんの方へ視線を向けると、彼は俺を見て苦笑していた。そしてこう言葉を続けたのである。
「やっぱり合ってたか。僕は……そうだな、マイカーと言ったら分かるかい?」
「……マジですか?」
「マジです」
「おぉ……」
なんと、加奈子ちゃんのお父さんがマイカーさんだったとは驚きだ。
確かに奥さんと娘さんが居るのは聞いていたし、俺たちと同じように旅行に行っていることも知っている……あり得ない可能性ではないにしても、流石に由夢さんの時と同じでこう立て続けにリアルで会うとは思わないだろう流石に。
「配信の時に最初マシロさんが映ってたでしょ? その後にツイスターゲームをするからって音声のみにしたんだけど、その時に少しだけ部屋の構造が映ったんだ。それで妻が似てるねって言ったからそれで色々と気づいた感じかな」
「……そうだったんですか。って奥さんも見てるんですか?」
「コラボをした時に教えてね。流石に加奈子には早すぎる気もするけど、僕と妻は既に君たちのファンってわけだ」
「……あ~」
一気に恥ずかしくなってきた俺なんだが……。
「これでセリーナさんにマウントを取られずに済むよ。いや、むしろ追いついたぞって煽り散らしてやる」
「……あぁうん、マイカーさんだね」
由夢さんとマイカーさんのSNS上のやり取りを見ている気分だ。この人がマイカーさんだと分かり安心していた俺に、あぁそうだとマイカーさんは言葉を続けた。
「改めて自己紹介でもしようかな。
「工藤隆久です。よろしくお願いしますマイカーさん……あぁいや明人さん?」
「あはは、呼びやすい方でいいよ? 僕としてはたか君の方が呼びやすいけれど」
まあ単純ですからね。
取り敢えず、ネットで絡みがある時はマイカーさんって呼ぶことにしよう当然だけど。
「それにしても随分若いんだなぁ。学生だったり?」
「あぁはい。高三です」
「高校生だったんだ。なるほど、マシロさんが可愛がるわけだ」
ガキだな、なんて言われると少しは思ったりしていた。でも明人さんはそんなことは感じさせない爽やかな笑顔だった。
「こうして実際に会うと、君が高校生ってのもあるんだろうけど年上に可愛がられそうな雰囲気は感じるよ。うんうん、これがたか君かぁ」
「あはは……まあ俺としてはマイカーさん凄くガッシリしててビックリしました」
「定期的にジムに通ってるからね。加奈子には……ちょっと筋肉ムキムキなのはお気に召さないみたいだけど」
「え? そうなんですか?」
……気になるけど、これは地雷みたいなので聞かないでおこう。
しっかし、こうして実際に会ってしまったからか少しだけ話が盛り上がってしまうのは仕方ない。早く戻ろうとお互いに言いはするのに、中々話が終わらないんだこれが。とはいっても十分くらいかな、話をしていると俺と明人さんではない別の声が聞こえるのだった。
「たか君?」
「あ」
「おや」
小さな足音を立てながら足早に歩いて来たのは真白さんだった。
完全に目が覚めてしまったらしく、目もバッチリ空いていてその歩みもしっかりしていた。申し訳ないことをしたなと思いつつ立ち上がると、真白さんが俺を背中に隠すようにして明人さんに顔を向けた。
「……私の大切な人に何の用ですか?」
あ、もしかしてこれは盛大な勘違いをしていらっしゃるかもしれない。
俺はすぐにこの人がマイカーさんであることを伝えると、真白さんはかなりビックリした様子で口を開いた。
「マイカーさんだったんですか!? てっきり私の愛するたか君を部屋から連れ出したクソ野郎と思っちゃって……ごめんなさい。もう少しで私あなたの玉を潰す勢いでした」
「ひえっ……」
明人さんだけでなく、俺もちょっと股間がキュッとした瞬間だった。
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