旅行先で楽しそうなお姉さん

 旅館に着いてから真白さんとゆっくりしていたのだが、実を言うとあのまま椅子に座った状態で二人とも仲良く眠ってしまった。どうやら車の移動でそこそこに疲れが溜まっていたらしく、俺たちが目を覚ました時間はもう少しで夕方と言える時間だったわけだ。

 せっかくの旅行ではあるが、別に詰めた予定を立てているわけでもなくただただのんびりすることが目的なので、目を覚ました時はお互いに自分たちらしいなと笑ったものだ。


「あ、見てみてたか君!」

「……おぉ」


 真白さんの声に釣られて視界に映ったのは遠くまで続く海だった。流石にこの時間帯から遠くに行くことは出来ないので、お風呂の時間まで旅館の近くを散歩することにしたのだ。建物ばかりが立ち並ぶ場所に住んでいたからこそ、こんな風に景色の良い場所は中々に新鮮だ。


「……めっちゃ美人じゃん」

「芸能人? ……? どっかで見たような」


 俺たちと入れ替わるように歩いて行ったカップル……もしくは夫婦だろうか。彼らが真白さんに見惚れたのと同じように、何人ものすれ違った人たちが大なり小なり真白さんに視線を向けていた。それだけならばいいのだが、中には声を掛けてくる者も居たり分かりやすく俺を見て馬鹿にするような目を向ける人も居た。


『彼と一緒に居るので話しかけてこないでください』


 声を掛けてきた人に対する真白さんの反応、それは全くの寄せ付けない鋭利な刃物を思わせた。その言葉に唖然としてそのまま行く人もいたが、しつこく言い寄ってくる人もいてその場合は俺も真白さんを庇うように前に立った。

 俺よりも体が大きく大人の人でも、背後に真白さんが居ると思えば不思議と全然怖くはなかったし、守りたいと思えばこそ自然とそういう行動に出れる。


『たか君素敵』


 まあ、背後で俺をキラキラした目で見つめる真白さんには苦笑したけど。


「たか君おいで。写真撮りましょ?」

「分かりました」


 海を背にするようにして真白さんと身を寄せ合い写真を撮った。

 笑顔を浮かべる俺と真白さん……背後の景色は申し訳程度だが、隣で楽しそうにしている真白さんが居るのだから些細なことだな。


「たか君と旅行って幸せな気分になれるわね♪ うんうん、これはこれから先飽きるくらいしないと!」


 っと、意気込む真白さんに俺もそうしましょうと頷いた。

 それから再び海を眺める真白さん、一際強い風が吹いて髪を抑えるその姿に俺は素直に見惚れていた。

 真白さんの服装は涼しそうな印象を与えるワンピース、こうしてみると真白さんはワンピース系の服を好んで着るのが良く分かる。後は狙っているのかどうか分からないが鞄の紐が胸の間を通るように……所謂パイスラというやつだ。これに関しても視線を集める理由でもあったのかもしれない。


「……いいね」


 ふとそんな言葉が漏れて出た。

 服装もそうだし鞄の掛け方にもドキドキとするが、更に新鮮なのは真白さんがメガネをしていることかもしれない。メガネとはいっても度の入ってない伊達メガネだがこれはある程度のバレを防止するためである。メガネ一つでそこまで変化はないように見えるがなかなかどうして印象の変化が凄い。

 ジッと見つめているとチラッとこちらを見た真白さんがクスッと笑みを浮かべ、大きく腕を広げた。


「?」

「ん! ん!」

「……あ~」


 どうやらジッと見ていたことを甘えたいと思ったようだ。いつでも真白さんには甘えたいし抱き着きたい気持ちはある。でも今はそこまでだが、こうして誘われた以上応じなかったらそれはそれで不満だろうし俺は素直に真白さんに身を寄せた。

 ただ、抱きしめられるというよりは俺が真白さんの肩を抱く感じだけど。


「……むぅ、まあでもこれはこれでアリね」

「良かったです」

「たか君、ちゅーして?」


 咄嗟の言葉に思わずゆっくりと真白さんに視線を向けたと思ったら、唇を塞ぐように真白さんが背伸びしてキスをしてきた。


「隙あり、なんてね♪」


 悪戯っぽく笑った真白さんに俺も顔を近づけた。


「隙あり、ですね?」


 今さっきのお返しのつもりでのキスだったが、冷静になって考えてると俺たちは一体何をやってるんだって感じだ。少しポーっとしていた真白さんは体をプルプルとさせガバっと抱き着いて来た。


「もう好きいいいいいいいいいいいい!!」

「おわっとっ!?」


 何とか真白さんのタックル……もとい抱擁を受け止めることが出来た。一応今この場には他に人がいるものの、今の真白さんの大きな声はかなり響いており結構な視線を集めた。そんなものは一切気にしない何のそのと言わんばかりに俺の胸元で頬をスリスリさせる真白さん、俺はやれやれと溜息を吐きながらも彼女の頭を撫でるのだった。


「さてと、そろそろ帰りますか?」

「そうね。お風呂に行きましょう! ふへ……ふへへっ」


 ……いや混浴に行く約束はしましたけど一応公共の場だし変なことはしないですよね真白さん? 隣を見れば手を繋いで歩く真白さんが居るのだが、何故か獲物を見つけたように舌をペロペロ……見なかったことにしよう。

 一緒に部屋に戻り、荷物を纏めて温泉へと向かう中、俺と真白さんの前にとあるお二人が現れた。


「あ、お兄ちゃん!」

「あら、先ほどはどうも」


 加奈子ちゃんとそのお母さんだった。お母さんの手を離れた加奈子ちゃんは俺の元に走ってきて足に抱き着くようにする。驚く俺とは裏腹に、お母さんはあらあらと楽しそうに笑っていた。


「た、たか君……」

「真白さん流石に分かりますよね?」

「当たり前じゃない。でもどういう?」


 加奈子ちゃんのことを真白さんに伝えた。すると真白さんは加奈子ちゃんと視線を合わせるようにして口を開く。


「可愛い子ね。パパとママとお出かけなの?」

「そうなの! ……」

「??」

「お姉ちゃんおっぱい大きいね!」


 加奈子ちゃんの言葉に真白さんはクスッと笑みを浮かべ、俺から離れた加奈子ちゃんをその胸に抱きしめた。


「やらかい!!」

「ふふ、はいお終いね」


 本当に少しだけ抱きしめた真白さんだった。ニコニコと笑顔の加奈子ちゃんの頭を撫でていると、お母さんが近寄ってきた。


「さっきの出来事のせいか妙に懐いているのね。ありがとう」

「いえいえ、可愛い子ですね」

「夫も加奈子にはデレデレでね。もしかしたらあなたたちに嫉妬するかも」


 それは勘弁していただいて。

 二人ともどうやら温泉の帰りらしく、トイレに向かったお父さんを待っているとのことだ。真白さんとじゃれつく加奈子ちゃんを眺めつつ、俺はお母さんと少しばかりの世間話をしていた。


「今回は夫の提案での旅行でね。いつもパソコンの前でお仕事をしていてそっちばかりなのに、私や加奈子のことになると色々と気を遣ってくれるの」

「いいご主人なんですね」

「そうね。実家からは……あまり今の仕事に賛成はしてくれないのだけど。それでもこれだけ稼いでるんだぞって黙らせたと聞いた時は驚いたわ」

「へぇ」


 パソコンの前でする仕事っていくらでもあると思うけど、この言い方だとあまり歓迎されない仕事なのかな? いくらあんな出会いがあったとはいえ、そこまで親しくないしあまり踏み込むのも違うだろう。


「真白さん、そろそろ行きますか?」

「そうね。それじゃあ加奈子ちゃん、お姉ちゃんはこれからお兄ちゃんとラブラブ混浴の時間だから♪」

「こんよく~? ラブラブってなにするの~?」

「それはもちろん――」

「真白さん~?」


 まだ子供には早いですからその辺で……。お母さんに申し訳ないと思ったが面白そうに笑っているし大丈夫っぽい。それから二人と別れ、俺たちは改めて温泉へと向かうのだった。


「……おぉ」


 着替えを終え、腰にタオルを巻いた俺は混浴へと足を踏み入れた。気を利かせてくれたのかは分からないが、こうしてカップルで混浴を利用する場合は貸し切りにしてくれるとのことで、この広い温泉を今回は俺と真白さんが独占することになるわけだ。


「お待たせたか君」


 湯煙に紛れるように現れた真白さん、いつも家で一緒に入る時は文字通り全裸なのだが、今は胸から腰を隠すようにタオルを体の前で持っている。その姿が少しだけ新鮮で変にドキドキしてしまい俺はサッと顔を逸らした。


「あらあら♪」


 そして、そんな俺は当然真白さんにロックオンされるのだった。


「さあたか君、せっかくの温泉だもの楽しみましょう?」

「先に頭を洗い――」

「洗ってあげるわ」

「体も洗わないと――」

「洗ってあげるわ。その後に私も洗ってね~?」


 取り敢えず、真白さんのテンションが上がらないようにしないと……。


「ふっふっふっふ♪」


 いや、もう手遅れかもしれん。

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