過去と今、ようやく繋がったお姉さん

「真白……さん?」


 ふと目に留めたアルバムにあった写真、そこには幼い俺と真白さんと思わしき女の人が映っていた。後ろから抱き着かれ嬉しそうに……いや、これは恥ずかしがっているな。


「……………」


 この人が真白さんだと確定したわけではない。それでも、俺は何故かこの人が真白さんだと確信を持っていた。間違えるわけがない……まだ小学生だった俺はともかくとして、既にその美貌が完成され今の真白さんとそう変わらない容姿……うん、絶対にこれは真白さんだ。


「この写真が残っているとなると、母さんと父さんは知っていたのか?」


 そう考えると色々と辻妻が合うのだ。

 俺が一人暮らしを経験したいからと言い出した時、母さんと父さんは不安そうにしながらも頷いてくれた。そうしてしばらく日が空いて連れていかれたマンション、そこで俺は真白さんに出会ったのだ。

 初めて会ったにしては物凄くフレンドリーで……その日のうちにお近づきの印に一緒に夕飯でもと言われて流されるように頷いた。


『えっと……高宮さん?』

『そんな他人行儀じゃなくていいわよ? 名前で呼んで? その代わり私もたか君って呼ばせてもらうから♪』


 当時はこんなにも美人でスタイルの良い人が傍に……それだけのことで緊張していたからこそ何も考えることは出来なかった。真白さんはすぐに俺の懐に入り込み、気づけば大きな存在になっていた。


「……まーちゃん」


 ふと、俺はそんな言葉を呟いていた。

 まーちゃん……正直なことを言えば全く覚えていない。それでもまるで体が覚えているように、俺はその覚えのない呼び方を口にしたのだ。

 それからしばらく、俺はそのアルバムを見続けた。

 真白さんが映っている写真はそれだけではなく、他にも数枚あったのだ。しかもフィリアさんが映っているものもあって……あ、当時の幼い俺が真白さんとフィリアさんにサンドイッチされている。


「……ふむ」


 これさえも覚えてないなんて俺の馬鹿!

 思わずペシンと足を叩く――そんな時だった。


「たか君~?」


 後ろから真白さんの呼ぶ声が聞こえた。

 リビングに続くドアは開けていたので音がするわけもなく、眠たそうにこちらを覗いていた真白さんと目が合った。

 俺を見つけた真白さんは嬉しそうに笑みを浮かべながら、その大きな胸を揺らしながら俺の元へ。ギュッと背中から抱き着いてくるのだった。


「何見てるの……あ、昔の私だ」


 おっと、あまりにも呆気なく真実が解明されたぞ。

 背中から抱き着いている真白さんの柔らかい感触を感じつつ、アルコールの臭いもやっぱりまだ残っていた。


「……俺たち、会っていたんですか?」


 その問いかけに真白さんは頷いた。


「その通りよ……その、黙っていてごめんなさい。思い出してほしい、なんてロマンチックなことを考えていたのも確かなの」

「それは……まあ謝る必要は全くないんですけど」


 むしろ……俺は嬉しかった。


「嬉しかったです。全然覚えてないのが申し訳ないんですけど、昔からあなたと繋がっていた……その事実が今は嬉しいです」


 正直なことを言わせてもらえば、昔に会っていたと言われてもピンと来ない。真白さんの申し訳なさそうな表情を責めるつもりはないし、さっきも言ったが謝られる必要も感じない。俺は嬉しい……ただそう思ったんだ。

 相変わらず真白さんは俺の背に抱き着いたままで離れてはくれなかった。ただ、それから少し外を歩いてみないかと言われてその誘いに応じた。


「この先は……」

「公園よ。私とたか君の時間が始まった場所のね」


 真白さんに連れられて向かった場所は近所の公園だ。ここで結構遊んでいたのでよく覚えている……でも、改めて真白さんとここに来るのは不思議な気分だった。


「……あ」


 公園の奥の方に置かれたブランコ、そこに腰掛けた真白さんを見て俺の中に蘇る記憶があった。


「……まーちゃん?」

「っ!? ……ふふ、その呼ばれ方は懐かしいわね」


 学校帰りにブランコに座っていた綺麗な女の人……そうだ。あの写真に写っていたそのままの姿、昔の真白さんだ。俺はまーちゃんと、そう呼んでいた。

 ただ、それ以上のことはあまり思い出せない。それ自体は仕方のないことだと割り切っているが……そうだったのか。俺と真白さんは昔に出会っていたんだな。


「学校で人付き合いがあまり上手く行かなくてね、そんな風にストレスを抱えている時にたか君に私は出会った。あの出会いがなかったら……そう思うと怖いわ。だってその出会いがあったから、私はあなたを好きになったのだから」

「……………」


 月明かりに照らされ、儚げに微笑む真白さんはとても綺麗だった。

 まるで天女……というとオーバーな表現かもしれないが、それだけ真白さんの姿が美しく俺の目には映った。


「まだ幼いたか君に惹かれ、たか君との時間だけが私にとって何よりの楽しみだったの。学校が終わればたか君に会える、そう考えるだけで心が晴れるくらいに。そんな風に大好きだからこそ色々と手を回したわ。元々二十歳を過ぎたら改めて会いに行く予定だったけど、たか君のお父さまとお母さまから一人暮らしをしたいって聞いたから。それで是非私の部屋の隣に来てほしいって……それがたか君があのマンションに住むことになった経緯ね」

「それは……何とも大がかりというか」


 やっぱり、父さんたちは真白さんのことを知っていたんだ。

 たぶんだけど真白さんが何かを切っ掛けに俺に思い出してほしかった、だからネタバレというかそれを俺に伝えなかったのかもしれない。結局この話をされても思い出せたのは少しだけで心から申し訳ないのだが。


「覚えてないのは少し寂しかったけど、これからずっと傍に居てくれるのならそれだけでいいと思ったわ。たか君を惚れさせる自信はあったし……たか君もきっと私を好きになってくれると確信していたから」

「……改めて言われると恥ずかしいですね」


 結局その通りになったわけだ。

 俺は真白さんを好きになり、真白さんは俺を好き……で居てくれたという表現が正しいのかな。確かに最初はどうして俺なんかを、そんな困惑があったのも確かだ。それでもそんな困惑を打ち消してくれるほどに、真白さんは一心に俺を想ってくれたのだ。どんな些細なことでも、真白さんはずっと俺の傍に居てくれた。


「……やっばいなぁこれは」

「たか君?」


 首を傾げる彼女の様子に苦笑する。

 この心に宿った温かな気持ち、それは言葉では言い表せないほどだ。誰かに想われるということがここまで幸せなことで、そしてそんな人のことを想うのも幸せだということに改めて気付かされる。

 ブランコに腰かける真白さんの背中に回り、俺はさっき真白さんにされたことと同じように抱きしめた。


「……温かいわね」

「そうですね……本当に温かいです」


 夏ではあるが夜は少し冷える。お互いに薄着なのでちょっと寒いかもしれない。というか真白さんの姿はやっぱり刺激が強く、いくらダボダボのシャツを着ているとはいえその魅力的なスタイルを隠すことは出来ていなかった。

 だからこそ、そんな素の彼女を他の人に見られるのはちょっと嫌だ。幸いに深夜ということもあって人出は全くないが……そろそろ帰ることにしよう。でもその前に俺は真白さんに伝えたいことがあった。


「真白さん」

「なに?」


 真白さんの正面に回り、目線の位置を合わせるようにして俺は腰を下ろした。


「嬉しさとかビックリしたこととか、まだあまり整理は出来てないですけど……いつも伝えている言葉で、代り映えのない言葉ですけど伝えさせてください」


 一つ深呼吸をして、俺は言葉を続けた。


「俺、本当にあなたが大好きです」


 真白さんは俺の言葉に少しだけ目を見開き、いつも聞いているはずのこの言葉に目を潤ませた。正面に居た俺を抱きしめ、必死に俺の存在を確かめるように身を寄せ、頬を当ててこう口を開いた。


「私の方こそ、たか君のことが大好きよ。愛しているわ本当に……本当に私はあなたのことが――」


 その口を封じるように、俺はキスをした。

 真白さんのことを好きなのは今更で、恋人だからこそ愛している。俺よりも年上で頼りになって、でも時々可愛く年下みたいに甘えてくる真白さんを……俺はどうしようもないほどに想っている。

 触れるだけのキスだが、一体どれだけの時間をそうしていただろう。

 そろそろ帰らないと、そうお互いに苦笑して立ち上がった時、真白さんはこんなことを口にした。


「私よくたか君と遊んでいた時に口にしていた言葉があるんだけれど、それが本当に現実になりそうで嬉しいわ。何だか分かる?」

「……う~ん」


 俺のその問いかけに答えることが出来なかった。

 真白さんは俺の腕を抱き、そのまま公園の出口に向かう。そうして家まで帰る道の中で、真白さんはその答えを教えてくれるのだった。


「うん、これはもう結婚だわ――そうよく言っていたのよ♪」


 そう微笑んだ真白さんはやっぱり綺麗で、そして可愛かった。





「あれ? でも二十歳になったらってのはどういう……」

「このままだと近い内に絶対何も知らないたか君に手を出すと思ったから。だから何があってもある程度責任を取れる年齢になるまで、心が引き裂かれる気持ちだったけど己を律しようかと思った次第なのよ」

「……なるほど」

「……手を出しかけたの一度や二度じゃないのよねぇ」

「っ!?」

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