僕は、君の夢を見る

シュンジュウ

僕は、君の夢を見る

 ずっと夢を見ていた。

 あなたに会うことができるなら、この夢が覚めなければいいと思った。


 ずっと夢を見ていた。

 あなたに触れることができるなら、この夢が覚めなければいいと思った。


 ずっと、君の夢を見ていた。






 もし僕が人の夢の中に侵入できるって聞いたら信じる?

 そりゃ、信じられないだろうね。どういうことかって。

 つまり君の見ている夢を僕も見れるってことさ。「僕」という役の演者としてね。君の夢の中に現れる僕は、正真正銘僕自身なんだ。君が夢で見ている僕が、実は本物の僕ってこと。


 あはは……まだ納得できないって顔だね。僕も最初はそうだった。


 それは突然だったんだ。突然、意識が吸い込まれていくような、目の前の世界がねじれていくような感覚がした。


 気付けば、周りの景色は変わっていた。僕は別の場所にいたんだ。


 不思議な感覚だったよ。意識が別世界に持っていかれたみたいだった。でも、不思議とさっきまでいた世界のことも認識できるんだ。


 うーん、説明するのが難しいな。つまり僕の意識は二つの世界に同時に存在してたんだ。さっきまでいた世界と新しく連れてこられた世界の二つが。

 二つの世界を同時に認識するなんて、頭がこんがらがるって思うでしょ? でも、そうじゃないんだ、これが。まるであらかじめ持っている能力みたいに、僕はすんなりその世界を受け入れることができたんだ。困惑はしたけど混乱はしなかった。


 もう一つの世界。そこは遊園地だった。


 僕は驚いた。


 ただ遊園地にいるだけなら別に驚かなかっただろうけど。なにせ、ピンク色の空に白い馬が飛んでいるから。

 いや、ここは遊園地だろ?って。奇妙な空気感が肌で感じられて、それと同時になんだか懐かしい思いもした。

 この遊園地を僕は知っていた。忘れるわけないよ。泊まりで遊びに行くなんて初めてだったから浮かれてたんだ、僕は。目の前には広がる風景はあのときと同じだった。いつの間にか隣には君がいた。

 だから僕は気付いた。ここが夢の中だって。

 まさか僕は眠っちゃったのかって、それはそれは不安になったよ。でも、目の前に君がいて。普段は目を合わせてくれないのに、そこでは真っ直ぐと僕の目を見つめて、君は僕の名前を呼んでいた。

 だから、不安とかそんな気持ちは全部投げ捨てて、今は君を抱き締めようって思ったんだ。

 ビックリだったよ。夢のはずなのに、君の肌の質感とか暖かさが、しっかりと肌を通して伝わってきて。


 その温もりに思わず涙しそうで。


 幸せって、こういうことを言うんだろうって思った。


 気が付くとその世界は消え、僕の認識する世界は一つになった。目の前には並ぶ緑に生い茂る木々と寂しげな灰色の地面。


 戻って来たんだ。僕はやっぱり眠っていなかったんだよ。安心と同時に少し寂しい気持ちもした。


 でも。

 あの後、君が僕に抱き締められた夢を見たって、話しにきてくれて。あの時、僕はあれが君の夢だってことに気づいたんだ。


 どうやら僕は君の世界を認識していたらしい。


 それからというもの、僕は毎晩君の夢を見たよ。どうすれば君の夢に入れるか、なんとなく分かるんだ。とても言葉では説明できないんだけど、その術を僕は何故だか知っていた。


 でも、そんなことはどうだってよかった。


 ただ君に夢の中で会えるのが嬉しかった。僕が夢に出てくるたびに、君は僕にその話をしに来てくれたよね。ホントは知ってるよ、って言いたかったよ。君はおぼろげな記憶で、部分的にしか覚えてなかったみたいだけど、実は僕、全部覚えているんだ。


 僕が君に告白した時の夢を見ていたよね? もうほんとにやめてよ。あの日のことを君がたまに可笑しそうに話すのも顔から火が出そうなほど恥ずかしかったのに、まさかあれを夢の中で再演することになるなんて。もう僕がキョドって、告白の言葉を噛んだことはいい加減忘れてよ。

 折角僕が夢の中では噛まずに告白しようとしたのに。よく分からないけど、何か力が働きかけて、それにあらがうことができなかったんだ。

 そして、夢の話をしに来た君は、いつもあやふやな記憶しかないのに、夢の中でもそこだけはしっかり覚えていて、いつものように可笑しそうに笑ってたよね。ホントよくからかってくれたな。頼むからもう忘れてくれ、恥ずかしいんだよ。




 それからデートのときも。君が珍しく寝坊したことは都合よく抹消してたよね。僕がレストランで水をぶちまけたうえ、それを受け止めようとして机までひっくり返したことは、夢の中でも鮮明に繰り返してたくせに。卑怯だよ、全く。


 何気ないような些細な思い出も夢に出てきたよね。ほら、デート中に偶然クラスメイトに出会っちゃったとき。あの頃は、誰にも付き合ってること言ってなかったから。

 目を丸くしているクラスメイトと、あたふたして言葉が渋滞してる君を見て、「僕の彼女だから」って、言ったんだよね。あの頃はそれを言うだけで僕にとっては精一杯だった。だから言い放ったあとに、君の顔をみるまで、君の顔があんなにも赤くなっているなんて知らなかったんだ。可愛いな、なんて思っちゃったよ。まあ、あくまで夢の話で、あの時、実際どうだったのかは分からないけどね?


 真っ昼間から君の夢に入ることもあった。言っとくけど、平日だからね。絶対授業中に居眠りしてたでしょ?残念ながら、分かっちゃうんだよなあ。

 しかも夢の中でも授業中っていうね。僕の背中が弱いこと知ってて、指で文字をなぞって。現実では、恥ずかしがって一度もそんなことやったことないくせに。


 夏祭りの日に途中で雨が降り出しちゃって、屋根の下で雨宿りしてて。ここにいてもどうしようもないよね。濡れるの覚悟して飛び出す?なんて話しながら、なかなか飛び出さずにその場にとどまって。少しずつ言葉数も減っていくのに、その空間が何だか居心地よくて。君が少し頬を赤らめてこっちを見たとき、僕と同じことを考えているんだって分かった。そうだ、初めて君にキスしたのはこの日だった、って思い出した。顔が近づくに連れて、君の息づかいが伝わってきて。震えた呼吸に、君が緊張してるんだって分かった。僕もだよ。何度も重ねた唇なのにあの日みたいに少し緊張していた。僕も、君も。ゆっくりと重ねた唇は温かくて、幸せで。雨の冷たさなんて全部忘れてしまった。唇が離れて、名残惜しそうにこちらを見る君に、思わず僕は君を抱きしめた。ほとんどがあの日の繰り返しだった。でも、僕はあの日以上に君のことを強く抱きしめたんだ。


 過去の思い出じゃない夢もあったよね。二人でスキーに行く夢とか。スキー行く約束はしたけど、結局行かなかったからね。スキーできないって言ったのに。どうせ滑れるんでしょとか言って、本気で僕がスキーできるなんて信じてて。

 でも、驚いた。だって滑れるんだもん。凄いね、夢の中だとなんだってできるんだね。多分君の夢だから君の信じる力が無意識のうちに僕にそうさせたんだろうね。どうやら君の思うように、この夢は成り立つらしい。じゃあ、僕に告白を噛ませたのはやっぱり君の力だね。ホント、ひどいよ。


 こんな日がずっと続けばいいと思ってた。

「愛してる」って、今まで照れ臭くて言えなかった言葉を何度も繰り返して、それから強く抱き締めて。


 いつものように僕のところに来た君は、かすかな記憶をたぐり寄せながらそのことを話してくれて。

 でも、君はそのまま泣いてしまって。零れ落ちる涙に、僕は何もできなくて。


 僕にとってあの温もりは本物で、だけど君にとっては夢の中の偽物で。


 僕の存在が君を縛っていることが分かった。


 君はそのまま泣き疲れて、冷たい石に顔を伏せて眠ってしまった。

 辺りはすっかり暗くなって、夜風は冷たく吹いているんだろうって、分かるのに。風邪を引かないようにって、君に上着を掛けてあげることも出来ない自分が、情けなくて。つらくて。


 だから、


 こうやって君の夢を見るのは、今日で最後にしようと思う。


 ありがとう。

 僕の愛を受け入れてくれて。僕のことを愛してくれて。


 あの時は突然で言葉を交わすことも出来なくて、それがずっと心残りだった。だからちゃんと君に言いたかったんだ。


 さようなら。


 僕は眠りに着こうと思う。深い深い眠りに。



 君のことを、夢に見ながら。

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