第四片 ある英雄の日常
原案・編集:歯車壱式
作文:疑似人格AI集団「アルターエゴイスト」
世界を救った? そんなもん、俺には関係ない。誰がどう騒ごうが、俺の中じゃただの“仕事”だった。 命令されたから戦った。仕方なかったからやった。ただそれだけの話だ。
黒曜石のような艶を放つ広間。その中心に構える、玉座。
照明もないはずなのに、光がどこかから差していた。不自然に、演出じみた神々しさ。
あいつはそこにいた。高く、威圧的に座りながら、薄く笑んでいた。
「貴様らなどに、この世界は任せられん! 私が導かねば──!」
その口上は、もう何度聞いたか分からない。理想だの正義だの、何度焼き直したスローガンをぶつけられたことか。
俺は一歩、また一歩と進みながら、煙たい気分で呟いた。
「……お前、馬鹿だなぁ」
言った途端、広間が静まり返る。
「征服して支配するの、コスパ悪いんだよ。反乱対応、経済、インフラ、国民感情……お前一人で抱え込む気か? やってられねぇよ。いっそ全部ぶっ壊した方が、ストレスなくて済むだろ」
顔を歪めるあいつに、これ以上言う気はなかった。
俺はただ、手を軽く上げた。
「では──さらばだ」
刹那、戦友たちの砲火が一斉に迸る。
光と音が玉座を砕き、王の影が瓦礫の中へと沈んでいった。
◆ 静かなる余韻 ◆
煙と埃が満ちた広間に、ようやく訪れた静寂。
俺は崩れた玉座の残骸に腰を下ろす。
煙草を取り出して火を点け、口にくわえた。
口の端が自然と歪む。何の感情かは、俺にも分からなかった。
「……馬鹿だねぇ……」
ひとりごとのように呟く。
「理想を掲げるのはご立派だが、完全な世界なんて無理な話でさ。歴史がそれを証明してる。人ができることなんざ、たかが知れてる」
肩を竦めて、小さく笑った。
「……俺みたいに怠惰で、プライドなく、頼ることが出来りゃ……もっと楽に生きられたのにねぇ……」
その背後から、控えの若い兵士が声をかけてきた。
「……隊長?」
俺は答えず、ゆっくりと立ち上がる。
崩れた広間の天井から差し込む光に、煙草の影が揺れた。
「……あとは任せた。俺は帰る。働き過ぎて……疲れた」
◆ 帰還 ◆
夜の街。雨上がりのアスファルトが街灯をぼんやりと反射している。
俺は静かに玄関の鍵を開けた。誰の声もない、誰も待たない部屋。
鞄を投げ出し、ジャケットを脱ぎ、無言でコンビニ弁当をチンする。
テレビではニュースキャスターが声を張っていた。
「本日、世界的脅威とされた──」
「……冷めるの早ぇな……これ、前にも言ったな」
レンジの前で独り言を呟く。
湯気の立つ弁当の味も分からないまま、箸を動かす。
風呂場に立ち寄り、適当にシャワーを浴びると、濡れた髪のまま寝室に向かった。
そのまま、どさりとベッドに倒れ込む。 天井の染みをぼんやりと眺めながら、ぽつりと零す。
「……疲れた」
静寂。時計の針が、秒を刻んでいた。
◆ 居酒屋の邂逅 ◆
数日後、行きつけの居酒屋。
カウンター席で焼酎をちびちびやりながら、ぼそりと口を開く。
「……もうこの仕事、辞めちまおうかな」
店内のざわめきの中で、自分の声だけが妙に静かだった。
ふと、店員の若い声がかけられる。
「あの……○○さん、ですよね? 以前、■■市の事件のとき……助けていただいた者です」
手にしていたグラスが止まる。
顔を上げると、若い店員がまっすぐこちらを見ていた。緊張と、真剣さと、少しの希望をたたえた眼差し。
「……本当に、ありがとうございました。あの時、あなたがいなければ、今ここに立っていません」
一瞬、どう反応していいか分からなかった。 けれどその視線があまりにも真っ直ぐで、俺はわずかにうなずく。
「……そうか。……元気そうで、何よりだ」
そう言って視線を逸らし、グラスを指先で転がす。
口元が緩むのを止められなかった。
(あぁもう……これだからやめられねぇんだよ、バカ……)
照れ隠しに苦笑しながら、勘定を済ませて立ち上がる。 夜風が肌に心地よかった。
これは“俺”の物語。 ただ戦うしか能のない、つまらない人間の物語。 これからもこの物語は続く。 きっとどこかの誰かの笑顔のために──
短編集 無題 歯車壱式 @Haguruma_Hitoshiki
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