第19話 今後について

 「うん、うんうん」

 帰還したグリムレッド、自分の身に起こった事パスカーノに全て話した。本来ならミレニアルが調書するのだが、外の方に出張っている。

 「大変だったようだね」

 労いの言葉をグリムレッドに掛ける。この労いにちと見苦しかったと返した。

 「今まで魔物モンスターの出現=迷宮ダンジョンと紐付けていたよ、頭の何処かに。今後はこの地を防壁で囲っていく事になるか」

 顎に手を当てるパスカーノ。

 「流石に本国の奴等も建築物質ど人員をくれるんじゃないか?今頃セントラルが何処かで耳に入れてだろう」

 「……セントラルの口添えを利用して進む形になる。セントラルに貸しを作る、となるか」

 「まぁ、ありがたく使わせてもらおう。今我々にはそれが矛となる」

 「あぁ、それとだ。迷宮ダンジョンについて知らせが来た」

 その話にトラブルとグリムレッドが推測する。だがパスカーノの口元はニヤッと意味ありげに笑う。トラブルという知らせではないようだった。

 「幸運な知らせだ。何と、更に深層が発見された」

 「ほう」

 更に更にと付け加え、指を二本立てる。この意味を最初疑問符だったがニヤ付くパスカーノの顔と合わせ理解する。

 「二つも見つかったのか!!」

 「あぁ。一つは沼地、一つは平野と聞かされている。しかも平野の階層には麦が自生してると」

 「なるほど。その内亜麻とか発見されたりは?」

 「届いてる、それも。それと──」

 パスカーノは昂っていた。迷宮ダンジョンで麦が自生しているというのは大当りの大金星である。彼の土壌には豊富過ぎる栄養素が蓄えられている。その地で育った作物は豊作であり、大量の資源となる。

 地上世界で栽培されている作物も一度植えれば、収穫期には大豊作になると見込んでいる。

 迷宮ダンジョン内部に農耕が誕生する事例は数少ないが、あるにはある。

 これを逆手に取れば迷宮内拠点ダンジョンキャンプの建設構想が一気に飛躍するだろう。

 「あーそれと」

 「パスカーノ坊、一旦止まってくれ」

 グリムレッドが熱くなるパスカーノを静止させる。何故止めると抗議が上がる。

 「いや、話を聞く限り関心はしている。している、だが今後危険度も跳ね上がったと思ってな」

 「……ああ、そうか」

 滾っていた熱が冷めていく。グリムレッドはパスカーノに意見を唱える。

 「止めてすまない。だがこれは少し、いや資材確保するには材木必要になるよな」

 眉をひそめるパスカーノ。グリムレッドは続ける。

 「俺の在住場所は?」

 ピッと指を差され思案。ククルガ近辺の森。森、森、森、と連想しているとエルフというたどり付く。

 次第に今度は苦虫を噛み潰したかのように

 「そうだ、二人暮らしだった君達は」

 うん、とグリムレッドは物言わず頷く。そう、エルフという種族に関する習性と言う壁にぶち当たる。

 彼等彼女等は住まいを国外に作るという行為は、其処に自身の墓を建てるような話。歴史の一ページ一章一説には国が自分が建てた墓を荒らそうと踏み入れ、国民の七割に不幸の呪いをばら撒いたとか。

 歴史学者は呪いというのは何か比喩と推測している。かつて其処にあった国の跡の土壌は植物が育たない不毛な土地へと変えれていたと記録されている。

 そして、ダークエルフのエレノア。彼女に森の伐採話を上げ、住まいの移転を持ち出したらどうなるか。

 「嬉しさの余り失念していた。彼女、宮廷で指南したら功績だけで暮らせるくらいの魔法を使える」

 「おまけに長命だから時間さえあれば失伝した魔法も再現可能だ。そんなアイツを怒らせるのは……」

 ゾクリと二人の背中が冷たくなる。暫し沈黙が訪れる。エレノアを説得する、書くのは簡単だが言葉でするのは難しい。考え、考えた末の結論。二人顔を見合わせ頷き覚悟を決める。この際魔法でボコボコされようが、罵倒でこき下ろされようが、身を犠牲に発展の為に、と。

 「玉砕覚悟で行くか、パスカーノ坊」

 「それしかあるまい」


   *


 「ああ……良いぞ、移転」

 ギルドの酒場。

 エレノア本人からのお達しはこれだ。予想していた反応の一八〇度の回答に、グリムレッドとパスカーノの二名は呆気に取られ固まる。

 「どうしたんだ?二人呆けて」

 「……いや、住まいの移動に反対するのかと思って」

 グリムレッドがそう言うとエレノアは、

 「流石に反対を唱えるのはしない」

 「じゃあ、何でオーケーしたんだ」

 「ん」

 エレノアがグリムレッドに指差し、

 「お前がそうしたいなら、そう従うそれだけだ」

 「……ありがとう」

 「それと……辺境伯の耳を拝借したい」

 ちょいちょいとパスカーノを指名する。顔を近付け、ヒソヒソと耳元に話す。グリムレッドも聞こうと近付くがお前はダメだと離される。

 内容はグリムレッド本人は分からない。時折チラ、チラとパスカーノが視線を移してくる。うんうんと頷いたり、渋い顔をしたり、首をゆっくり横に振ったりした。グリムレッドは只々二人から距離を取り、見守る形となった。

 「おーい」

 声が掛けられる。

 「おーい、グリム」

 声を掛けたのはミレニアルだった。外の作業が終わったのだろう、手を振りながら近寄り立ち並ぶ。

 「外の用事は済んだのか?」

 「ああ。まぁ、被害確認と譲許見聞の諸々だがな。それと三人は帰ったぞ」

 「そうか」

 「お前さんの連れと辺境伯卿は何をコソコソ話してるんだ?」

 「知らん。聞き耳立てようと混ざろうとしたら弾かれた」

 「そっか」

 「ギルドマスター!!」

 ギルド職員が駆け寄って来た。どうしたとミレニアルが聞く。曰く手の者ハンズが話をしたいとの。それ聞いた時の表情は嫌だと言いたそうだった。実際奴らは秘密主義であり、関わりを持ちたくはないというのが本心ではあんるが行くしかなかった。

 「悪い」

 「謝るな。行った行った」

 ギルドマスターは走ってきた職員を引き連れ、手の者ハンズの所に向かって行く。

 グリムレッドはまた一人だけとなった。

 パスカーノ、エレノアの方を見ればひそひそ話の密談は加熱していき外部からの問い掛けは入ってこない領域にまで上昇している。

 もはやそれ、ひそひそ話ではなくなっているが入り込む余地は残されていなかった。

 「厩に行こ」


   *


 厩にやって来た赤い騎士に気付くホディナ。

 よぉと軽く挨拶を終えるとガランとした房に目をやるのだった。

 ふと喋れないホディナにこんな質問を投げ掛ける。

 「あの魔馬はどうだった?」

 魔馬。そう聞かれてもホディナには分からなかった。頭を傾げ、ソレは何かと鼻を近付ける。赤い騎士は分からないかぁと撫でながら気の抜けた口調になる。撫でてる内、こんな呟きを洩らす。

 「……俺、生きてて良いのかな?」

 ホディナは黙って聞く。

 兜の下にはどんな面をして聞いてきたのかん分からない。赤い騎士は告白を続ける。

 「内心、どこか楽になれるという節が、あったよ。自分だけ、取り残されているのが数一〇〇年経過しても堪えるんだ」

 弱音を吐く。片や死者でもあるホディナ相手にだけだろう吐露。

 彼の一族は、彼だけを残しこの世から消えた。おおやけには自然災害による事故と処理が行われた。丁度その時、彼は『帝国』にいた。幸運か不幸か何方と言うべきか、それは本人にしか分からない。

 「お前が吹っ飛ばされた時、頭の中に嫌な物で一杯だった。……免罪符にしようともしたのか、俺は」

 苦しそうな笑いが出る。

 ふんつ、と突然ホディナが鼻息を吹き掛ける。頭を下げ、飼葉を咥えペッ、と赤い騎士に飛ばす。

 嫌な事が合ったら何か食えとでも言うのか

 「……食って、寝て、忘れろ、ってか?」

 コクン。

 「……」

 ジー。

 「……ハァー。お前に相談するには俺が馬鹿だよ。勝手にナイーブになって、勝手に昔話を始めてよ」

 ハハッ。グリムレッドが短く笑う。ホディナのおかげか気が晴れた。

 「今後とも、移動役とか頼んでも良いか?」

 そう問い掛けながら霊馬の頭を軽く撫でるのだった。

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