第18話 首取り

 生物と土人形がぶつかり衝突する。大柄な体躯と呼ぶには巨大であり、歩く巨岩と称しよう。それが飛竜ホーンブロスの頭を片手で抑え、片手で角を折ろうとする。問題となる口部を四本のぶっ太い指が塞ぐ。火球もブローボイスも一時的だが封じた。

 そんなホーンブロスに魔力の弾幕が飛ぶ。

 「ヒャッハァァァァァッ」

 謎のハイテンション化したハイネンは馬を駆り、魔導式機関銃をブッ放す。魔力の弾幕は見事に着弾、身動き出来ないホーンブロスにストレスを与える。今奴の怒りは溜まりに溜まっているだろう。飛竜ワイバーンにとって頭は主武器メインウェポンである。角を使ってくる奴はそれを強さとして一種のプライドとしている。

 ホーンブロスはそれに該当する。自分にとって自慢の角で仕留めたい、と本能がそうさせている。

 そんな中離れた所。霊体の馬が落ちてる巨大な剣の柄を咥える。咥えて思った事は『よくこんな馬鹿みたいなの作るな』だった。


   *


 「痛いか」

 「当たり前だ。ポーションじゃ何ともならん程だ」

 「私が魔法使いウォーロックで良かったな、グリム」

 フフンと鼻を鳴らすエレノア、仰向けとなるグリムレッドの傷を魔法で和らげている。一瞬で治るのでは、そう考えたのもいるだろう。彼女が使っている魔法は部分回復魔法ポイントヒーリングである。

 酷い傷を重点的、時間を掛けて癒す魔法。折れた胸骨等を今治している真っ最中。魔の法杖スタッフの頭を鎧と拳一個分のスペースを開き、その隙間には黄緑の光球が温かく輝く。

 動いても問題ないのを数値で言うなら七五パーセント。今現在の所修復率は五〇パーセントだろう。

 「もっと早く出来ないか?」

 「痛み引き起こしながらオーケーならいいかもしれない、けど今注力させてくれ。胸の骨で逝った奴らを何度も見てきた」

 「そうかい……、…?」

 何かがこっちに、見覚えが大有りな物が。それは炎の様にゆらゆら揺れて身体が構築され、やがて形がはっきりとしてくる。霊体、馬、数刻前に爆発で吹っ飛ばされた──ホディナだった。

 「おーホディナか、丁度いい。回復コイツを早くする目的が出来たよ」

 黄緑からちぇんに色変わる光球。グリムレッドの胸からゴキッと聞こえては鳴らない音が鳴り、苦痛を訴える。

 「ッ!?!お、まぇ」

 「文句を言えるなら元気がある証拠だろ、首と手首も治してやるから」

 ヒヒと笑いながら瞬時に治す。こちらはすんなりだった。

 手首と首に異常を感じなくはなった。うし、と立ち上がり大剣ビッグソードを手に取る。顎に手を当て、ホーンブロスと大剣ビッグソードを見比べるエレノア。

 「……何だよ」

 嫌な予感がグリムレッドに寒気を覚えさせる。うーんと唸る彼女エレノアは一言尋ねる。それはグリムレッドにとっては身体的にキツい内容だった。

 「で仕留めないか?」

 「ふざけんなよ、か?馬鹿みたいなアレをしろってか?俺の肩を外す気か、おい」

 「外 れ た ら 私 が 治 す よ」

 口角を高々に上げ、ハッハッハと笑うエレノア。その笑いに対して目は本気だった。“魔法で何度でも治してやる”という圧さえもあった。

 どうする、そう問いかけるエレノアにグリムレッドは口ごもる。本人は嫌で嫌でしたくはない。使う物は片手に硬鞭ウィップを、もう片手に大剣ビッグソードを。

 この二つでどうするかって、と問うだろう。簡単な事だ、強靭で歴戦の猛者なスタントマンでも理論上可能……なのかもしれない。

 まず硬鞭ウィップの先を対象に巻き付ける。この時の対象は飛行能力がある前提となる。次に持ち主が運動作用で上手く対象の真上に、そして最後は大剣ビッグソードで強襲する。剣その物の重量を利用してたたっ斬る。

 簡単だろう。口で説明すれば何とでもなる。だがそれを実行するには身体の強度が重要になってくる。そう──、グリムレッドの様な存在でなければ、ね。

 「絶対に反対だ」

 「どうしてもか〜」

 「当たり前だ」

 「……意地悪にすると、滅んでもいいと?」

 「それとこれは別だ!」

 「じゃあ、どうする」

 上がっていた口角はすんと下がり、猫みたいな瞳が問いかける。しばらく押し黙るグリムレッド、他に方法はあるだろう。その場合は土人形の拘束力は弱まり手痛い反撃を貰い、ただの土と還るだろう。それとハイネンも危ない。彼の様子は少しおかしかった。薬の類でも摂取したのか。冒険者クエスターの一部だけでも摂取するのはいる。効果が切れた時、ハイネン自身に異常をきたす事だろう。

 自問自答、それをした末に答えを出した。

 「……分かった、やる。もうやってやるよ」

 苦虫を噛み潰したかの様な答えだ。グリムレッド本人は納得ほしていないが承諾をする。あれこれ別案を提出するにも時間など足りはしないのだから。


   *


 気分が悪い──、攻撃の手を止めてしまうハイネン。さっきまでのハイテンションが泥舟の様に沈んでいくのが分かる。ポーションの効果が失い掛け、その反動が襲う。まず吐き気、喉の中頃まで迫って来ている感覚が平行感覚を狂わせにくる。次に腹部の不調、腸から発せられる緊急速報が緊急警報となり無視出来なくなってきた。

 そしてやる気が湧かなくなり無気力に苛まれる。

 「まい……たな……」

 鞍の上にふらふら揺れる軍人。数少ない気力で手綱を握り、振り落とされない様に手繰をを掴む。

 ホーンブロスに視線を移す、抑え込んでいる土人形が突如と離す。離すや否や膝打ち、からの右のジャブ、ジャブ、ジャブ。そして〆の必殺左アッパーカットが炸裂する。

 一転攻勢に切り替わる土人形の姿にハイネンは驚愕する。

 さてアッパーカットを食らったホーンブロス、背中を地面には付かずに吹っ飛ばされたじろぎ、持ち堪えるというしぶとさを見せる。

 「グロッキー状態だな」

 そんな言葉を掛けてくるのは傷を負っていたグリムレッド。いつの間にか霊馬ホディナの背に跨り現れる。

 「……えぇ、ちょっと、キツいです」

 絶え絶えに喋る。

 「ちょっとじゃないだろう。下がって休んでろ」

 「應援に、来たのに……」

 「気にすんな、お陰で俺も冷静に戻れた。エレノアッ!」

 大声で名前を叫び呼ぶ。

 「段取り通りにやるぞー!」

 オリチャーは、との質問がエレノアからやって来る。それへの返答は、

 「無し!!」

 だった。彼女はキュッと下唇を噛み段取り通りに徹するのだった。

 さてとと口にし、グリムレッドは右手に手綱を携え、左には鞭を携える。

 エレノアの操る土人形が攻勢に入る。

 ハイネンの知ってる土人形は動きがトロいと頭に記録されている。機動師団設立前、新米時代の実技訓練の時に相手をした事がある。集団戦法の心得の実習、その時の土人形はトロくてトロくて裏返った亀を棒の先でつついている感覚だった。子の全速でもかなうぐらいの遅さと覚えている。

 だが今目の前の土人形はトロさを感じさせず、機敏とまでは行かないが明らかに滑らかで早い。

 角で突こうとするとそれを受け止め握り拳と言う土の鎚をお見舞いする。

 指物ホーンブロスは痛い痛いと鳴き声叫ぶ。

 「すご…」

 ハイネンがそう言葉を洩らす。グリムレッドはそろそろかと言い、ホディナの手綱を引く。ブルルとは鳴かないが、霊馬の脚に力が溜まる。

 「グオオオオ」

 大鳴きを上げるホーンブロスは大空に逃れようと翼を広げる。バサッと身体が浮き上がるが、土人形は逃すまいと飛竜ワイバーンの両脚を掴む。飛び立つのに失敗、土人形は地についていれば土が補給され急激に重くる。

 尻尾で粉砕しようとするがもう一体の土人形がそれを阻止、完全に抑え込まれる。

 絶好のチャンスと捉えるとグリムレッドはホディナを走らせる。向かう先は飛竜ワイバーンホーンブロスに走る走る。

 霊馬が疾走、その最中に跨がっていた鞍に立つ。握った右手を挙げる。何かの合図だろう。

 それを見たエレノアは操る二体の土人形の術を突然解く。術者が操るのを辞めると形を保てなくなり崩れてゆく。

 バサバサと翼を鳴らし、逃走経路が空にあるとホーンブロスは退散しようと──されなかった。

 ビュン

 空を切る音がしたと思ったら、角の先に硬鞭ウィップが絡まる。何も知らないホーンブロスは首を上に上げた、あぁ上げた。

 奴の眼に飛び込んだのは、鉄の大塊を右手に携える赤い、赤い、赤い甲冑を見にまとった物の怪が。赤い物の怪が硬鞭ウィップを使って宙を舞う。

 兜のスリットから覗かれる眼力は捕食する者。その捕食者が迫り、対応などさせず、鈍い音を最後に視界が反転。

 意識事切れる最後は降り立つ赤い物の怪と眼が合った。

 「────ふぅーー」

 一息付く。彼が着地した所は血の池が生まれた。飛竜ワイバーンの血池、なんとも生臭いスポットだろうか。

 「……わ、わぁ。曲芸かなぁ……ん?」

 エレノアが首を失くした胴体に近付く。

 断面部を指で触り、ウンウンと頷く。なかなかともハイネンの耳が拾う。

 (何してるんだ?)

 そんな疑問を浮かべていたら、

 「グリム、コレは牝の個体だろう。繁殖期に入る前に仕留めて正解だぞ」

 「一体だけだがな、腹にこさえては?」

 「ないだろ、未経験だ。魔力を流して調べたが発情期が推定あと一年と言った所か」

 「じゃあ、正解か。焚き上げてくれ」

 分かった、それだけ答えた彼女は魔法で火を着ける。

 「体調は今も悪化か?」

 「いえ、なんか急に右肩上がりに回復してきました」

 「そうか、じゃあククルガに戻るのはゆっくりだ。燃え終わるまで待っててくれ」


   *


 ククルガ近辺。

 空の曇天は黒から白へと変わり、夕日の陽が差してくる。

 近辺には飛竜ワイバーンの亡骸が三つ燃やされていた。炎を囲う様に集まる人々、その中の誰かが帰還してくるグリムレッド達を見つける。

 彼は集まる人々を掻き分けてギルドへと進む。そこで待っていたのはギルドマスターのミレニアルと辺境伯卿パスカーノだった。ギルドの門をくぐって来た時パスカーノは一瞬不安気があった。がグリムレッドの帰還に安堵の色へと変わる。

 「帰ってきたぞ、二人とも」

 クックッと喉を鳴らし軽く手を振る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る