空の異変

第16話 前触れ

 その日暗雲がククルガの空を埋める。風が強く吹き荒れ季節外れの肌寒さを覚える。冬季の様な寒さではないが、何故か『不穏』としか言い表せなかった。

 「……」

 じっと空を睨むエレノアはフードを下ろし自分の長い耳を弄る。

 「耳弄って空とにらめっこか?」

 茶化す様にグリムレッドが聞いてくる。彼女、エレノアはそれだったら良いなと答える。

 「天候の占いでは晴れ続きとなっているのに、実際の天気は何か可笑しいと思うんだ」

 それに、と言葉を続ける。

 「どうも生物的な嫌悪感がする魔力が微量だが、ゆっくり此処に向かっている」

 「具体的には……?」

 うーんと唸り、悩むエレノア。顎に手を当てどう言い表そうか思案。だから魔法使いウォーロックとダークエルフの二つの感覚で彼女は話す。

 曰く、魔法使いウォーロックとしての感覚の話をすなら、暴力的な風属性が忍び足の様にやって来ている。

 曰く、ダークエルフとしての感覚の話をするなら、心身に刻まれた根元的恐怖の様な何かが気紛れに来る。

 ただし、と言った後に言いにくそうに、弱々しく、

 「……お前は、お前は怖くないのか?」

 「……場合による、と言ったところか。それにしてもこの曇りは妙な。んん」

 続く言葉が出てこなかった。エレノアは再び空へと目を向ける。見上げた空はさらに雲行きが悪くなる。一雨降っておかしくはない程に。

 あ、と何かを見つけたエレノア。

 「どうした……?」

 問い掛けると彼女は指を曇る空へと向ける。目を凝らし、注力をする。すると暗雲に緋色の明かりが一瞬発し、消える。

 「……グリム」

 エレノアが呼ぶ。

 彼は事細かに指令をする。

 「魔法で伝達を、ギルドマスターに俺は出たと。セザンとフルーガには待機と、ハイネンと一緒に来い」

 口早に伝え、離れ、厩へと走る。独りになった彼女はフードを被り直し魔法を詠唱する。伝令に用いる魔法だ、自身の魔力で鳥の形に即時形成。二羽を形成し終えると一羽にはギルドマスターへ『グリムレッドは厩から霊馬を駆け出した』と吹込み、もう一羽にはセザン又はフルーガへ『グリムレッドはお前達セザンとフルーガはククルガに残って守りのかなめになってくれ』と吹込み、二羽の魔力の鳥を飛ばす。

 また魔法を唱える。今度は念話の魔法を詠唱する。これは使う側、又は念話を受信した側に頭痛が起こる。頭の中に文字が浮かび、伝わる。指に魔力を込め、文字を書く。『グリムレッド 伝言 ウォーロック 厩 同行』と。言っておくが手抜きではない、本当だ。指を振ると、ハイネンの元へ飛んだだろう。受信した側は時折嘔吐ゲボォしてしまう事がある。

 「さて、ハイネンという奴は厩に向かうだろうし」

 彼女も厩に向かう事にした。息を深く吸い、足に力加え走る。

 

   *


 宿の窓辺にいたエトラ。

 くるる。梟エトラが知らせる。

 「どうしたんだい?……アレは」

 愛梟が鳴くとセザンが窓から顔を出す。鎧一式を脱ぎ、身軽になり整備してた最中の事だった。

 青白い鳥の様な物が飛んできた。向こうが近付いて来たら、魔力で作られた鳥だと分かった。左手を差し出し手の甲に乗せる。

 「確か、伝令造鳥ピーバードって言う魔法だったかな?」

 くるるるる。エトラがセザンの右肩に留まり、それは何だ。ご主人と興味津々としている。

 右手の人差し指で伝令造鳥ピーバードの頭を指の腹で軽く撫でる。すると、

 『グリムレッドはお前達セザンとフルーガはククルガに残って守りの要になってくれ』

 「………っ!?!」

 突然喋りだした事に思わず驚く。可愛がろうとしたため、気が緩んでいた。

 『グリムレッドはお前達セザンとフルーガはククルガに残って守りの要になってくれ』

 二回目の伝言だ。鬱陶しいと内心モヤるが、穏やかではないという事は理解した。

 「守りの要?何か起こっているのか?」

 窓から頭を覗かせようとする。刹那、爆発音が空から鳴った。穏やかではなく、尋常ではなかったようだった。

 「フルーガを見つけないと、エトラ」

 エトラを呼ぶと肩から窓辺に移る。移った梟に、

 「フルーガを見つけたらギルド前まで突っつかせてくれ、鍛冶の民ドワーフだよ。オーケー?」

 くるる、分かったと答えたのだろう。ぱたぱた羽ばたかせ飛んでいった。

 

   *


 走ったのは久々だった。厩に着いた時にはエレノアは息を上げていた。ここ数年はスタミナが落ちたと自負出来るなと鼻で笑う。

 厩に霊馬ホディナは居なかった。既にグリムレッドが跨り、疾走した後だった。それと、嫌な視線を向けられていた。

 「おぉ……魔馬か」

 ギリ、ギリと歯茎を鳴らし鼻息を吹かし威嚇してくる。何だお前、とガン飛ばしのオマケも付けて。

 「怒るな、怒るな。私はお前に用はない。用があるのはハイネンという人間ヒトだよ……まだ着いていないようだが」

 フー、と息を吐く。厩に居る馬達が怯えているのが感じ取れる。この魔馬リバリーが居るだけで何をされるか分からないと本能が下したのだろう。騒げば襲われる、暴れれば襲われる、そんな雰囲気が漂う性か頬痩ける奴もいる。

 飼葉を取らなかったのか、怖くて取れなかったのだろう。可哀想に、主人以外は全て敵に見えるのだろう。

 (まだか、早くしてくれ)

 一抹の不安の種である魔馬リバリーがいつ爆発するか不明な状態に、エレノアはただハイネンが現れるのを祈った。

 と、外側から声が──。

 「うっ……、着い、だ──っ!?」

 口元を抑えやっとこさの状態でハイネンが現れた。鳥の仮面ペストマスクを頭の上にずらして被り、逆流してくる内容物を抑える。

 エレノアはコイツだなと確信半分と申し訳ない罪悪感半分が内心沸いた。だが今一刻を争う時な為そうも謝っている暇などない。嘔吐ゲボォしてしまいそうなハイネンの首根っこを掴むと確認を取る。

 「お前か?グリムが言うハイネンという人間ヒトは」

「あい、そうでございます」

 「念話の魔法を使ったが、酔ってしまったか?」

 「いえ、体質で酒の酔いが長引いて残る質なんです。念話で収まりかけてたのが再発して……」

 「おーぅ」

 これは想定外だった。誰が予想出来た、誰が。二日酔いが長引く体質とは恐れ入った。思わず彼女は数日酔いか内側でツッコんだ。

 だが、こんな状態でも馬に乗せる。えぇ、乗せますよ。なんせ緊急事態なので、

 「ほら、立て、馬、乗れ」

 「待って……、ポーションを。ポーション“E”を飲ませて……」

 ポーチから硝子の小瓶を取り出す。中身は透けて外から丸見え、ポーションというには何ともエキセントリックな黄色をしていた。瓶の蓋の封をキュポンと音を出しながら外す。強烈で甘ったるい匂いに、エレノアは一歩後退る。長年生きてきた中で既存のポーションよりインパクトが強かった。

 シュワシュワと泡が弾ける音がするポーションEを、彼ハイネンは一気に飲み干す。

 「ぷはぁ……。……、……ふ」

 「ふ?」

 「ふふふふふふふふふ……」

 肩がプルプル震わせると思ったら、ケラケラと笑い出す。そこからゲラゲラと、ギャハハと、ヒャッハハハと奇怪な笑い声へと変貌を遂げていった。最高潮な泥酔気分ハイという状態だろうか、酒の力とは全く異なる、別ベクトルの狂喜と彼女は受け取った。

 「あ"ぁ"ぁ"、スイッチ入っ"た"ぁ"。い"ぎま"じょ"う"が"ぁ"ぁ"」

 「……おう、案内するから」

 真顔で答えるしかなかった。この豹変ぶりは気分の起伏変動ではないのは明白。……ただ、グリムレッドに早く会いたい、そんな子供の様な要望を叶える願望器があるなら今すぐ向かいたい。この妙なテンションのハイネンから一刻でも離れたい。それだけ、だ。


   *


 ククルガから出てどれくらいか時間が経った。雲の中で起こる緋色の灯りの現象、体内の一分間で二か三回は起こるようにった。

 ホディナに跨るグリムレッド、被る兜の下は脂汗が出てきた。上空の雲の中で戦闘があったの事実、ならそれは魔物モンスターか否かとなり。もし前者なら凶暴となって荒れ狂う事になる。

 しかし、空を見上げ呟く。

 「そろそろ、雲の中にいるのが落ちては──」

 言い掛けた刹那、巨大な巨大な緋色の明かりと爆発音がつんざいた。

 「何だ!?……っ!」

 雲の海から落ちていく。炎に包まれたモノは落下減速する術を持っていなかった。そのまま一直線に落下する。

 グリムレッドは直感に従った。落下したのは“不味い”と告げる。

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