第15話 安らぎと
飲み明かしの翌日。ギルドボードには
ギルドスタッフに詰め寄る、なんて事は起きなかった。理由とすれば頭痛、要は二日酔いによって詰め寄るなんて出来なかった。しこたま飲んでしまった奴らは宿から出てこれはしないようだった。
とは言え、何も無いというのは人的資源が外に流出となる。ククルガの外から来た
微々たる報酬又は無報酬の依頼を受けようとはしない。する者は余程の慈善家か暇を消耗したい奴だろう。
「……」
頬杖を付きカウンターの方を眺める。グリムレッド、それとミレニアル。そしてパスカーノの三名が話合っている。地図が広げられ三者は風向きやら、群れやら何かを話していた。時折ミレニアルが苦虫を噛み潰したような表情を、パスカーノは親指を噛み、グリムレッドは兜の
エレノアには分からなかった。だが、何か不味い物がこのククルガにやって来るのだろうとそう思った。
「何か話合っているようだが」
セザンが近付いて来る。身に纏っていた灰色の甲冑は脱ぎ軽装姿となっている。
不思議とエレノアには、セザンがどうも嫌いに思えた。表には出していない、がどうして嫌っているのかさえ自分でも分からない。本当にそれが不思議で不思議で不思議でしかない。不思議でしかなかった。
「何やらククルガに向かって来るのかもしれない」
「それは、不味いのでは?」
「だからだろう。だが向かって来る正体は教えてくれないだろうね」
「どうして」
「適当にはぐらかすだろうと思ってる。長い付き合いの性でそう思っている」
そうなのかと感心するセザン。だったら、と話を切り出す。
「恋ばな聞いてくれないだろうか」
「まぁ、時間潰しには」
「そ、そうか。そうかそうか」
何やら満面の笑顔を溢れ出る。彼女の背景には花でも満開している様に見えた、気がするエレノア。
「で、お前さんの恋ばなとやらは何が始まりなんだ」
それは──、恋ばなの開始である。
「私がクランを立ち上げる以前だった。まだ妹と二人だけでいた時だよ、ある時
「……彼?」
「あぁ、ゼファーというギルド職員。彼、戦闘慣れだったよ」
「……」
その当時、彼女は隊商護衛の最中。盗賊や野良の獣達とは出会わなかった。だが、嫌な気配がしていた。ずっと自分達を凝視してくる、そんな嫌な気配が続いた。
トラブルが起きたのは空模様が雨となった時。あの時なら隊商は一度足を止めるべきだっただろうと語る。その当時、馬車の荷台には異邦の地から取り寄せた珍品を積んでいた。隊商はそれを早く届けたいが為に振る中前進した。
「あの後、は大変だったよ。なにせトロールが現れてね」
ぎょっとし目がかっ開く。聞いていたエレノアは聞き間違いかと思った。トロール、それはもう存在されていない巨大な
一時代には天使達の難攻不落とされた拠点を八〇両で攻略。拠点に居た天使達を落とした数は一両辺り約二〇と記録されている。トロールの
最後に投入され活躍したのはあの大戦となる。そしてセザンの話から聞くトロールとは大戦から生き残った個体が野生化したトロール。標準的大きさは六メートル、大型は九メートルと聞く。
エレノアは興味が湧いてきた。ただの恋ばなでトロールを聞くとは思ってもいなかったからそれでどうなったと食い付く。
「突然だったよ。何せ、雷がなった瞬間と同時に岩がね、落ちてきたの。私の後ろに居た
「ふぅーん、で。トロールからどうやって生き延びたの?」
「生き延びた理由か。足止めを買って出た私は殺られていくのを目の当たりにして戦意が失われていったよ。『私は死ぬんだ』と」
当時の彼女がトロールに劣っていた。それ故に、それ故に彼女は逃げた。彼女曰く、トロールは頬が痩けていたとか。あばら骨が浮いていたとか。なら、
その後の彼女は道ではない道を走った。追跡するトロールから逃れるために。痩せこけたトロールはこの世の者とは思えない、餓えた鬼のようだった。餓えを凌ぐ、その為だけに彼女を追っかけた。
だが追い付いた。若きセザンが振り向いた時、それは死を悟った。唯一の肉親を独りにしてしまった事を悔やもうとした時だ──馬の鳴き声と共にトロールがぶっ飛んだ。
「その時私を助けてくれたのが、ふふっ」
「ゼファー、という奴か」
「そうだ。彼はどう吹っ飛ばしたのか分からない。だが流石はトロール、痩せこけても頑丈だった。ゼファーは両手に
ゼファーの圧勝だった。足の首に突き刺してから腹を攻め、乾物みたいな臓物を引きずり出して滅多刺しにした。
「……その後泣いちゃった。感極まってしまったのもあるけど、もし来てくれなかったらって思うと怖くて」
「お前は、そのゼファーを追っているのか?」
いいや、と答える。だがもう一度会ったらといい掛けるがそこから会話が止まる。セザンの顔が赤くなる。
「好きなんだな、ゼファーという男が」
ふっと鼻を鳴らしエレノアが笑い、こう言った。
「もし会えた時、隣に誰か居たりして」
そんな意地悪な事を言った瞬間だ、セザンから「は」と疑問符の声が出る。しかも低く、納得いかないと言わん張りの。思わず長く生きたエレノアも腰が引ける。
カウンターに居たグリムレッド達を目を向ける。
「……あ、いや。違っ、そうじゃなくて。彼が幸せでいるなら何て言うか、その、えっと」
「いや……こちらが悪かった。少し踏み込み過ぎた」
「そ、そのようだね。私外に行って空気吸ってくるよ」
作り笑いを浮かべるセザン。さっきのは軽くトラウマを植え付けたと思った。何だったんだとグリムレッドが心配する様子でやって来る。
席を立ち上がる、ゆらりゆらりと体を左右に揺らしながらエレノアが近付くとズルズキンと突如罵られた。
ズルズキン。エルフ語で馬鹿とか阿保と罵る。罵られたグリムレッドは「え」と疑問符が大量に噴出。エレノアもギルドから出る。
*
フルーガが関心と興味が合わさった声を上げる。ハイネンが所有している魔導式機関銃を手に取って隅々まで見る。
「なぁ、これ
「駄目です。駄目ったら駄目です」
断りを入れる。だがそこを何とかとフルーガが粘る。どうしても魔導式機関銃の中身を知り、物にしたいと思っている。しかし、それはハイネンの首が跳ぶと言っても良いだろう。
魔導式機関銃、魔導式銃は帝国が開発した武器。未だ実用段階まで至ってはいない。火薬を使う銃の開発は着々と進んでいる。今の所どこまで進んでいるのかは不明。また軍備もどこまで進歩したのかも同様。
そんなハイネンの対応にケチだなぁと愚痴る。再現してぼろ儲けしようとも考えたが、一つ疑問が浮かぶ。
「そういや帝国で何か開発している兵器あったよな。もう一つの魔導式」
「あー、それは別の方が運用していますね。今口から言えるのは、試作機止まりで終わる。ですかね?」
「試作機止まり?どんなのだ?」
「……此処までしか言えません。あとそろそろ返してくれません。怒りますよ?」
「えー」
手放そうとする様子はなかった。もっと調べさせろと愚痴る。返して、と優しく諭してたが段々語気が強くなってゆく。
返してください、から返して、返せ、返せって。そして最後は返せ
*
遥か上空。『雲』が大型の
積乱雲の城。火球は城壁に防がれ、潜むモノの空気砲が一方的に群れに当てる。
潜むモノの正体は自分達では敵わない存在である、と。
潜むモノ──、ある地では風の化身。ある地では生きた鋼。
潜むモノ──、それは
『雲』の要塞には勝てないと判断した大型の
ただ恐怖心から離れようと、必死に、必死に、必死に、逃れるために。
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