03 今、なすべきこと

「お父様っ……お母様っ……!」

黒い煙が立ち込める中を彷徨いながら、私はその名を呼び続けた。

あちこちで炎が燃え、家具を、絵を、人を――私が生きてきた証全てを、溶かしてゆく。

どうして?どうしてこんなことに?

問いかけ、そして己を責め立てる。

私は、何もできなかった。

突如現れた、獅子の如き怪物。それは屋敷を燃やし、命を奪った。

数多の命を犠牲にして、私はその脅威から逃がされた。

しかし今、その犠牲すらも無意味と化そうとしている。

煙を吸いすぎたのか、傷を負ったせいか。身体が思うように動かない。力なく倒れ込み、それでも前へ進もうとあがく。

だけど、もはや手遅れ。視界が歪み、ぼやけてゆく。そして光を失い、深い深い、闇の中へと落ちてゆく。

そんな時――


『汝、力を求めるか?』


暗闇の中で、声が聞こえた。男性とも女性ともつかない、威厳を帯びた声。

今わの際の幻聴にしては、あまりにもはっきりとしている。

前を向き、その主を見る。それは、黒いもやでできた剣で――


「私、は……」


声を絞り出し、手を伸ばす。私の答えは――



「――っ、はっ!?」

上体を跳ね上げて、私は目を開いた。あがる息を抑えつつ、周囲を見渡す。

そこは、見知らぬ部屋だった。

レンガで覆われた壁に、無造作に敷かれた藁。眼前に広がる鉄格子に、前で繋がれた両手。

どう考えても異常な光景に、汗が一筋、流れて落ちる。


「あの……」

後ろでしたか細い声に、私は振り向いた。

そこには、少女がいた。衣服はあちこち汚れ、髪はつやを失っている。

「よかった、目が覚めたんですね」そう笑いかける彼女だけれど、その裏に抱く哀しみは隠しきれていなかった。

私は問う。「ここは一体」と。

彼女は答える。「人売りの隠れ家です」と。

それを聞いて、ようやく状況が呑み込めた。

帰り道、突如現れた二人組の男性に組み伏せられ――私は意識を失った。

そしてここへと連れてこられてしまったのだ。『商品』として。


「そう……ですか」

返し、目を閉じる。脳裏によぎるのは、幼き頃の記憶。


何とか一命をとりとめたものの、住む場所も何もかも失い、私はただ彷徨うばかりの日々を送っていた。

時に残飯をあさり、雨水を口にして飢えをしのいだこともある。

そんな日常を繰り返しているうち、私は捕らえられた。

ちょうど、今のように。


没落した良家の一人娘――そんな私が彼らにとって、どれだけ貴重な『商品』であるかは想像がつく。

私はこれから起こる出来事を思い浮かべ、涙を流した。

どのような辱めを受けたとしても、それはどうでもいい。

しかしお父様、お母様、屋敷の者たち――皆が命を捨ててまで私を逃がした結末がこれであるのなら、あまりにもその魂が浮かばれないではないか。


結論だけ言えば、その未来が訪れることはなかった。

その数日後、組織はある人物に検挙され、構成員が皆捕まったためだ。

そして私はその人物――バイセンという名の男性に保護され、今に至る。

結局私自身は、何もしていない。ただ、周囲に助けられるばかり。

己の無力さに悔しくなり、腹を立てた。

そう思い、拳を握りしめていると――


「ひっ!」

少女が怯えた声を上げた。その原因は、近づく足音。

私は鉄格子の外へと目をやり、見据える。

すると、一人の男性がやってきた。いかにも荒くれ、と言う風貌の彼は、彼女へ向けて言い放つ。

「時間だぜ」、と。

それを聞いて、私は察した。きっとこの少女は私が来るまでの間、凌辱を受ける日々を送っていたのだろう。

思う。彼女は、ありえたかもしれない私の姿だ、と。

そして、同時にある結論に達した。

今私がなすべきこと。それはただ一つ。


「お待ちなさい」

「ああ?」

口をはさむ私を、邪魔をするなと言わんばかりに睨む男。

その威圧に屈することなく、私は続けた。


「彼女に手出しすることは許しません。……代わりに、私を使いなさい」

「へぇ、自分から言い出すとはねぇ。なら、お望み通り」

にやにやと下卑た笑いを浮かべ、鍵を開けて私を連れ出す男。

その様子に驚き、私を見つめる少女。

私は微笑んで、それに応えた。


今度は――私が誰かを助ける番だ。



「ヒヒヒ……」

「ゲヘヘ……」

不気味な笑いを上げてうろつく複数人の男たち。

私は四肢を拘束され、台に張り付けられていた。


「さぁて、どうしてやろうかなぁ、っと!」

そう言いながら、一人の男が乱暴に服を掴み、引き裂く。

あらわになる下着に、湧く男たち。


「ほーう、いい体してるじゃねぇか」

「ああ……だが胸がないのが惜しいなぁ」

「なぁに、それはそれで楽しめるってもんよ」

口々に人の身体を評価する、呆れた男たち。そんな彼らを、きっと睨む。

そんな時だった。

ドアが開き、誰かが入ってきた。


「……っ!?」

その姿に、私は驚く。


「きひひ、皆、楽しんでるぅー?」


少女の声で笑うそれが、怪物の姿をしていたためだ。

一言で表すなら、『吸血鬼』。その怪物は、私へと歩み寄ると――


「この娘が新しいおもちゃ?」

「ぐへへ、そうですボス。なんとこいつ、自分から言い出したんですぜ」

「ふーん」

話を聞きながら、彼女は私の顎を撫で、見つめる。

私は負けじと、睨み返す。

そんな私を見て、彼女は。

「……へぇ、そんな顔しちゃうんだ。余裕だねー」

わずかな怒気を孕んだ声で、そう言った。


「んじゃ、わからせてあげないとね?」

そして立ち去りつつ振り向き、指を鳴らした。

それに反応し、私の前へと集い始める男たち。


「みんな、あとは好きにしちゃっていいよ」

降りた許しに、沸き起こる歓喜の声。

男たちが皆、待ってましたと言わんばかりに服へ手をかけ始めた――その時。


「たたた、大変ですっ!」


そんな雰囲気に似つかわしくないほどに慌てた声を上げながら、一人の男が部屋へと駆けこんできた。


「なーにぃ?こっちは今からお楽しみなんだけどぉ」

不満を隠そうともしない問いかけに、男は続ける。

「侵入者です!」と。


そして、そのわずか数秒後。


「おおぅらぁっ!」

「ぎゃん!」


叫びが聞こえたかと思うと、男が蹴り飛ばされた。埃が舞い、その場の皆が煙たそうに眼を覆う。


「そこまでっすよ……って、ハイヴァンド!?」

怪物の姿に戸惑いつつも、そう言い放つのは青年。それは、私のよく知る人だった。

そう、彼の名は――


「助けに来ましたよ、センパーイ!」


ジン・レクスウオード。私の信じた、『騎士』――!

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