第103話復活の妖精剣士


(やはり私はダメだ……ダメな奴なんだ……)


 もはや指一本も動かせないほど消耗したジェスタは弱音を思う浮かべる。


 そしてせっかく手にした、幸福も無惨に破壊されようとしている。

 認めるわけには行かない。

しかしそうした運命に、脅威の根源である炎のゼタに挑める力は、手段はもう彼女には残されていない。


(やはりアンクシャの言った通り、ワイン造りなどせずに、素直に魔力を治療をしておけばよかった。でなければこんな、こんな……!)


 ジェスタは爪へ芝を食い込ませ、土を噛み締める。

 こんな地獄のような状況に変わっても、芝は柔らかく、土はいつもと変わらない匂いを感じさせた。

 きっと自然にとってこんな争いや、今彼女が抱いている後悔や悔しさなど瑣末なものなのだろう。


(なんだろう、これは……すごく落ち着く……)


 土草の感触、そして匂い。

 それらに包まれているだけで、焦燥感が消え失せ、心が落ち着きを取り戻す。


 そしてジェスタは改めて思い出す。

 自分は自然の一部。そしてその恩恵を最も力に変えられる妖精であることを。


 ジェスタは土草へ身を委ねる。心さえも預けてゆく。

そして願った。


(草木よ、大地よ……私に力を……再び戦う力を……!)


 たとえ大地の力を魔力へ変換できる妖精であっても、そう安易と奇跡が起こせるわけではない。


 草木にも、大地にも気持ちはある。

ただ一方的に要求をするのは虫が良すぎるというものだった。


しかし、今のジェスタと自然との関係は違った。


(葡萄の木よ……頼む、私へ力を貸してくれっ!)


 障壁で覆われた農園へ暖かく、優しい風が吹き抜けてゆく。


「なんだ、この気配は……?」


 炎のゼタも何かを気取り、ジェスタへ振り返った。


 風が芝生から、土から、そして手塩にかけて育てた葡萄の木から何かを運んでゆく。

それは穏やかで暖かな、しかり強大な力を感じさせる渦となってジェスタを包み込む。


「参れ……ナイジェル・ギャレットぉぉぉ!!」


 緑の輝きを帯びながらジェスタは立ち上がり吠えた。

 突き出した右手へ輝きが収束し、彼女へ剣を握らせる。


 一振りの剣があった。それはかつて闇妖精が鍛造し、妖精が力を与えた最初で最後の名剣だった。

妖精の勇者のみが所持を許される、森羅万象さえも操る霊剣であった。

名剣であり霊剣である、唯一無二の剣。

その名はーー【妖精霊剣ナイジェル・ギャレット】!


「おお……おおお!! この甘美なる力! 素晴らしい、素晴らしいぞ! 勇者の雌犬などと称したことを訂正しよう! 今一度名を、名を教えよ! 偉大なる剣士よぉ!!」


 炎のゼタは嬉々とした声を放つ。

 そんなゼタを不快に感じつジェスタは、


「私は妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスター……黒の勇者バンシィに導かれし、運命の三姫士の1人だ!」

「ぐぬぅっ!?」


 ゼタは思わず呻きながら、辛うじてジェスタの一撃を受け止めていた。

さすがにもう一撃を許すわけはなく、ゼタは外套を翻して距離を置く。

その時、すでにジェスタの背中からは緑の輝きが溢れ出てた。


「光よ! 我が翼となれぇーっ!」


 4枚の光の翼を表したジェスタは、未だ滞空状態にあったゼタへ、鋭くナイジェル・ギャレットを振り落とす。


「ZETAAAAA!」


 斬撃を受けたゼタは、地面へ真っ逆さまに落ちてゆく。

 そんなゼタ向け、ジェスタはさらにナイジェル・ギャレットを振り落とす。


「切り裂き穿て! アサルトタイフーン!」


 ナイジェル・ギャレットから鋭い竜巻が沸き起こった。

それはうねりやがて、龍のように姿を変える。


「ZETAAAAA!!!」


 風はゼタの炎をかき消し、肉体を切り刻み、押しつぶす。

 さすがのゼタも血反吐を吐き、すぐさま起き上がるのは難しいらしい。


「へへっ……調子出てきたじゃねぇか……良いぞ、ジェスタ! そのままそいつをやっちまえぇ!!」


 親友の嬉しい応援にジェスタは口元を緩ませる。


「言われずとも。さぁ、炎のゼタ! これで終いだ!」


 ゼタへ止めを刺すべく、霊剣を構えた。

しかし、頭上から複数の奇声が聞こえ、視線を上げる。


 ゼタの開けた障壁の穴から、数多の魔物が農園へぞくぞくとなだれ込んできていた。


「まずはこちらからか! シェザール、護衛隊! 撃ち漏らしは頼んだ!」

「お任せください!」


 ジェスタの空中からの指示を受け、シェザールを中心とした護衛隊は臨戦体制を取った。


「護衛隊、八卦陣! 暴龍風(ロンフーン)で一気に決めるぞ!」


 ジェスタは穴から降り注ぐ火山弾や魔物を、シェザールと護衛隊は彼女が撃ち漏らした敵を次々と駆逐してゆく。

 敵の数は無尽蔵。

しかしジェスタをはじめとした、妖精たちは敵の数などものともせず、不撓不屈の戦いを繰り広げている。


 なぜならばそこには力の根源があったから。

 彼女たちが慈しみ、育てた大切な葡萄の樹達は、繰り返し力を貸し与えている。


(ありがとう、葡萄の樹達! これからも共にあろう! ここに! 私やノルン、ヨーツンヘイムの皆と共に!)


 ジェスタは光の翼で自在に空を舞い、次々と魔物を駆逐してゆく。

そんな親友ーージェスタの様を見て、アンクシャは口元を緩めた。


「へっ! 障壁係の僕だってちったあ、戦力になるんだ! 力乃扉開(フォースゲートオープン)け!」


 アンクシャの鍵たる言葉を受け、彼女のポケットが震えた。


「いけぇ、EDF(アースディフェンスフォース)! ジェスタを援護しろぉぉぉ!」


 アンクシャのローブのポケットから、鋼で形作ったカブトムシが飛び出した。

無数のカブトムシはジェスタの周囲へ展開を始める。


「これはアンクシャの……? あいつめ……ありがたく使わせてもらうぞ! これが終わったら酒とキスをくれてやるからなぁ!!」


 ジェスタはアンクシャのカブトムシを伴って、再び敵の殲滅に乗り出す。

そんな勇ましい、ジェスタの戦いぶりに感化された人物がもう1人。


「俺もヨーツンヘイムの山林管理人だ! ジェスタにばかり頼りっきりではいかんのでな!」


 紫の全身鎧を装備したノルンは、徒手空拳ではあるものの、魔物へ立ち向かっていた。


「これで一網打尽にさせてもらおうか! ムーンライトバタフライ!!」


 ジェスタは最大魔法を放ちながら自在に空を舞い始めた。

 光の翼の燐粉を持って、邪悪のみを消し去る偉大なる魔法は、農園へ踏み込んできた魔物は愚か、炎のゼタが振り撒いた炎さえもかき消してゆく。


 ジェスタを中心とした皆の奮戦で、農園には一切の被害も出さず、魔物は駆逐されていた。

しかし安心したのも束の間、不遜な高笑いが農園へ響き渡る。


「ふふ……ふははは! 良いぞ! 実に良いぞ妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスター! ふははは!!」


 ゼタはまるで何事もなかったかのように立ち上がり、高笑いを上げている。


(やはり四天王の筆頭。一筋縄ではいかんか!)


 ジェスタはいち早く、地面へ降り立ちナイジェル・ギャレットを構える。

彼女に続いて、シェザールと護衛隊、そして鎧を装備したノルンがゼタを取り囲む。


しかし相手は四天王の筆頭。

戦は数というが、その道理が炎のゼタに通じるかどうかは正直なところわからない。


(分からずともやるしかない! なに、やる気さえあればなんでもできるんだ!)


 ジェスタは沸き起こった弱気を、いつも自分へ言い聞かせている言葉で払拭する。

そんなジェスタを、頭上から突然降り注いで来た黄金の輝きが照らし出す。


 魔物の感覚とは全く正反対な、暖かく、清らかな輝き。

輝きの根源にいたのは魔眼を内包する大盾と、時さえも切り裂く聖剣を携えた、ジェスタにとって非常に馴染み深い少女。


「あれはロトなのか……?」


 ノルンは黄金の輝きを放ちながら舞い降りてくるロトを見てそう呟いていた。


「ロトか……君は?」


 ジェスタは降り立った黄金に輝くロトへ問いかける。

するとロトは静かに首を横へ振る。


「いいえ、今の私は盾の戦士ロトではありません。私は勇者を引き継ぎしもの、黒を超え、白を超えた黄金の勇者フェニクス!」

「フェニクス……」

「ジェスタさんが元気を取り戻して、とても嬉しいです。さぁ、共に戦いましょう。そのためにやって参りました!」

「そうか! 助かる」

「我も忘れない! ンガァァァ!」


 最後に龍人闘士デルタが舞い降り、ここに全員が揃った。


 しかし明らかな劣勢であっても、ゼタは喜びに満ちた高笑いを上げる。


「ふはは! あはは! 待ち望んでいたぞ、この時! この瞬間を! さぁ、俺を取り囲む全ての好敵手たちよ! 回復してやろう! そして、互いの命を燃やし尽くし激しくぶつかり合おうではないか!!」


ーーこれが、後の世に語り継がれることとなる【ヨーツンヘイムの戦い】である。


 魔族初の地底侵攻作戦を阻止し、全ての四天王を倒した歴史的瞬間だった。

 しかし、この戦いは終わりの始まりでしかなかった。


「EDF(アースディフェンスフォース)全力発進! 雑魚を殲滅しろォォォ!!」


 鉱人術士アンクシャ。


「愛の力を源に……邪悪な空間を断つ! 雷(らい)ッ! 斬空龍牙剣! ンガァァァ!!」


 龍人闘士デルタ。


「相手は炎……フレイムフィンガーは使えない……なら! 行って! 飛翔竜牙(ドラグーンファング)!!」


 盾の戦士ロトを改め、黄金の勇者フェネクス。


「ノルン、行くぞ!」

「了解だ、ジェスタ!」


 心も身体も通じ合わせた妖精剣士と元勇者は炎のゼタへ向かって突き進む。


「「おおっ!!」」

「ぐぬぅ!?」


 元黒の勇者、そして今はヨーツンヘイム山林管理人のノルン。

そして彼に愛された史上最強の妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスター。


命を守る戦士たちと邪悪な魔王ガダム軍との最終決戦の火蓋が切って落とされたのである!



……

……

……


「やっぱりまたこの結末に……ごめんなさい、ファメタス、今回もちゃんとできなくて……次こそは……! 次こそはかならず……!」


 農園での戦いをずっと見ていた彼女は、決意を新たに、次の旅へ向かってゆく。



 ジェスタ編 おわり




*本作はここで終了とします。半端になり申し訳ございません。

閲覧数低迷が原因です。満足のゆく物語にできず申し訳ございませんでした。

本来はこの後、アンクシャ、デルタ、ロトとジェスタ編のような話を展開し、再び色々と抱えているリゼルに戻り、全員で大団円の予定でした。

ただこれをするとなると相当な期間と労力がかかります。

果たして、今の本作の今の状況でそこまで力をかけるべきか。

悩んだ挙句、新作の方へ目を向けるという決断に至りました。


懲りずに本作終了と同時に新作掲載しております。



【タイトル】

『追放された成長スキル持ちのおっさん、三姉妹冒険者と再会し、超一流冒険者トレーナーになってゆく。勇者さん、俺の言うこと素直に聞いてりゃよかったのに……』



宜しければそちらをご覧ください。


これまで本作を支えてくださり、誠にありがとうございました。

もし気持ちがまた本作に傾いて、再開することがありましたらよろしくお願い致します。


重ねて、半端な形になってしまい、大変申し訳ございません。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

勇者がパーティ―をクビになったので、山に囲まれた田舎でスローライフを始めたら(かつて助けた村娘と共に)、最初は地元民となんやかんやとあったけど……今は、勇者だった頃よりもはるかに幸せなのですが? シトラス=ライス @STR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ