第102話魔王ガダム四天王筆頭ーー炎のゼタ


「ぐわっ! ぎゃぁぁぁ!」

「ジェスタぁー!」


 ノルンはジェスタの部屋に飛び込んだ。

 ベッドの上のジェスタは崩れた本の山の下敷きになってしまっている。


「大丈夫か?」

「うん。ありがと」


 本の中から、相変わらず肌で寝ていていたジェスタを掘り起こす。

 たしかにどこにも怪我の後は見受けられない。

こういう時、裸で寝ていられると、便利だとは思った。


 そんな中、山小屋は再び激しい揺れに見舞われた。

 

 やがて揺れが収まり、ノルンの胸へ嫌な予感が去来する。

それはジェスタの同じだったらしい。


「醸造場へ急ごう」

「ああ!」


 2人は急いで身支度を済ませ、馬竜を駆り大事なワインが貯蔵されている醸造場へ急ぐ。


(この地震は明らかにおかしいぞ。まさか……!)


「おい、ノルン! あれを!」


 ジェスタが指差す先。

 そこにはヨーツンヘイムでもっとも巨大なヅダ火山があった。

 昨日まで風光明媚に佇んでいた大山が、怒りのような赤い溶岩を噴き出していた。

無数の火山弾が容赦なくヨーツンヘイムの森林へ降り注いでいる。


「噴火だと!?」

「急ごう!!」


 ジェスタは切迫した声をあげて、再び馬竜を走らせた。


 火山弾は時間を追うごとに量を増し、ヨーツンヘイムのあらゆるところへ降り注ぎ始めていた。

 もしかすると皆で整備した畑も、醸造場も……そんな不謹慎な想定を、ノルンは頭を振ることで霧散させる。


 やがて森が開け、2人は異様な光景を目の当たりにする。


 大きく開けた農場とその近くにある醸造場へは火山弾が雨のように降り注いでいる。

しかしその全てはドーム状の巨大な障壁によって守られていた。


「姫様! ノルン殿! そちらは危険です! あちらの隙間から中へどうぞ!」


 突然姿を表した、護衛隊の1人ステップニーに先導され、ノルンとジェスタは障壁の中へ入ってゆく。


「シェザール! 東の障壁がぶっ壊れた! 補強を頼む!」

「かしこまりました!」


 アンクシャの声に、シェザールをはじめ、残りの護衛隊の面々は即座に反応をしていた。


「アンクシャ……?」

「よお、おはようさん、引き篭もり。二日酔いの調子はどうだい?」

「どうしてお前が……」

「んなもん、決まってるじゃねぇか! てめぇの美味い酒は僕が全部買い占めるんだ! 燃やされてたまるかってだよ!」


 アンクシャは掲げた杖から更に魔力を発した。

 障壁は輝きを増し、より強度を増して火山弾を跳ね除けている。


「一応醸造場も包んでるはずなんだけど、こっからじゃよくわかんねぇんだ! 悪いけど、無事かどうかは自分たちで確かめてくれや!」

「わかった。アンクシャ!」

「あん?」

「また今夜、一緒に飲もう!」

「んったく、かっこよく別れたのにまたこれかよ……まぁ、良い! この礼はタンク一本分のワインで許してやる。さぁ、さっさと行けってんだ!」


 アンクシャの声を受け、ジェスタは醸造場へ向けて走り出す。


「ありがとうアンクシャ。俺からも礼をいう」

「良いってことよ。ほら、ノルンはジェスタのところへ!」

「ああ!」


 ノルンもまたジェスタを追って走り出す。

 刹那、先行するジェスタの頭上へ一際巨大な火山弾が降り注ぐ。

 火山弾はあっさりと障壁を破り、ジェスタへ目掛けて落ちてくる。


「ーーっ!?」

「ジェスタァァァ!!」


 ノルンはありったけの魔力を足へ注いで飛んだ。

 遮二無二彼女を抱きしめ、そのまま正面へ一気に飛び込む。

 よく考えずに飛び出したため、ノルンは激しい勢いのまま、地面へ何度も叩きつけられた。


「ノルン! 大丈夫か! おい!」

「あ、ああ、なんとかな……」

「バカ、こんな無茶をして……貴方に何かあったら、私は……」


 ジェスタはノルンの腕を抱きしめ、大粒の涙を流しだす。

 そんな中、ノルンは胸が押し潰されそうさ圧倒的なプレッシャーを感じとる。


「この気配……ふふ……これは僥倖だ!」


 落ちてきた火炎弾が収縮し、人の形へ変化してゆく。

 ノルンとジェスタの前へ現れたのは、真っ赤な炎に彩られた邪悪な鬼人だった。


「こいつは……?」

「ガダム四天王筆頭……炎のゼタ!」


 ノルンの言葉に、ジェスタの表情が凍りついた。


「黒の勇者バンシィ! よもやこんなところで再会できるとは思ってもみなかったぞ! ふははは! さぁ、10年ぶりだ。貴様が収穫に値する力を手に入れたどうか見せてもらうか!」


 炎の鬼人ゼタがゆっくりと迫る。

 するとジェスタはノルンのベルトから、薪割短刀を抜いた。


「な、なにを……やめろ、ジェスタ……」

「……大丈夫だ。策はあるさ」

「ジェスタぁ……!」


 ジェスタは短刀を持ち、鋭い構えをとり、ゼタを睨みつけた。


「なんだ貴様は?」

「お初にお目にかかる、炎のゼタ。私は三姫士の1人! 妖精剣士ジェスタ・バルカ・トライスター!」

「ほう、貴様か。バンシィが連れているという雌犬の1匹というのは」

「ふっ、そちらも魔王に飼い慣らされた猟犬だとお見受けする」

「面白い返しをする雌犬だ……良かろう。準備運動として、まずは貴様の命を屠ってやろう!」

「つあぁぁぁぁ!!」


 ジェスタは華麗な身のこなしで飛び、ゼタとの距離を一気に詰めてゆく。

 魔力を失っていようと、ジェスタは大陸でも指折りの剣士。

 薪割短刀はジェスタの手にかかればショートソードのように鋭い軌跡を刻む。


「フハハ! 良い! 良い太刀筋だ、妖精の!」

「はぁぁぁっ!」


 ゼタは高笑いを上げつつ、ジェスタの斬撃を避け続ける。

 ジェスタはより速度を早めて、ゼタへ斬りかかる。


「貴様は剣だけか! どうなのだ!」

「つぁぁぁ!」

「なるほど、この雌犬の芸はこれだけか。残念だ!」


 ゼタは腕へ紅蓮の炎を集めはじめた。

 するとジェスタはその手を思い切り掴み取る。


「今だ! 私ごとやれぃ!」

「御心にままに! 暴龍風!」


 どこからともなく現れたシェザールたち護衛隊が嵐のような風をゼタへ放つ。


「さすがのお前でもこの距離からの魔法は避けられまい!」


 ジェスタはゼタをシェザール達の放った風魔法まで蹴り飛ばす。

 するとゼタはひらりと赤い外套を翻す。

たったそれだけの動作で激しい圧が発生し、風魔法をかき消してしまう。


「一対一の勝負と思ったが呆れた奴! 戦士としての誇りをなんだと思っているのだZETAAAAA!!」


 ゼタの怒りの咆哮が無数の炎の渦を呼び起こす。

 火炎竜巻ともいうべき炎が、シェザールを、護衛隊を吹き飛ばした。

舞い散った炎は周囲の葡萄の木へ引火してゆく。


「これ以上はやらせんぞぉぉぉ!!」


 ジェスタもまた怒りを露わにし、ゼタへ再度切りかかった。

 しかしゼタは相変わらず、緩い動作で斬撃を避け続けていた。


「もう良い。貴様のような卑怯者と刃を交えるつもりはぬわぁい!!」

「がっーー!」


 ゼタの気迫が激しい熱と圧力を持って、ジェスタを弾き飛ばした。

彼女は鞠のように地面を跳ねて転がる。


「準備運動はこれまでだ。さぁ、黒の勇者バンシィ! 今こそ、雌雄を決する時ぞ!」


(やるしかないのか……!)


 ノルンは立ち上がりながら、今の自分がゼタへ挑める手段を必死に模索する。

 こんなことならばエリクシルを取っておけばよかったとさえ思った。

しかしそれはたられば。

 今できることを、ここで成すしかない。たとえ、命が燃え尽きようとも、この隙に愛するジェスタさえ逃げ延びてくれればそれで……


「おい、引き篭もり! ジェスタぁ! 立てぇ! 伸びてる場合じゃねぇぞ! このままだと、ノルンが! ノルンがぁ!!」


 アンクシャは涙を撒き散らしながら、必死に叫ぶ。

 しかし気絶してしまっているのか、ジェスタは起き上がる素振りをみせない。


「ああ、そうかい! じゃあ悪いけど、僕は好きだった人の命を優先させてもらうぜ! 良いな、それで良いかジェスタぁぁぁ!!」


 アンクシャは一縷の望みをかけて、大絶叫する。

すると、それまでじっと動かずにいたジェスタがピクリと反応を示す。


 彼女は緑の輝きを身体中から発しながらゆらりと起き上がった。

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