ななーに ヘンプ
許せよ。
海藻の中に紛れるネコザメの卵を持ち帰って、食べる。
人は人の模倣に抜かされ、わたしは海の中で生きていた。なんでも食べないと生きていけない。
ゴリゴリと貝を削る。ネコザメは静かに。
花がね、咲いていたんです。
それはいけないことですよね。でももうそう規定したものは消えてしまったから、別に縛られない。
海底の雪崩から身を守ろうと少し上に上がってきて、そこを捕まえようと企む。
海岸には捕食者の消えたメガマウスがゆるゆると泳ぎ、また沈んでいく。彼らは楽になったのではなく、破壊により生き延びただけなの。
それに乗って、空飛ぶ鯨鮫、
浅い海ではウニが虎視眈々と海藻を根絶やしにせんとじわりじわりと増えつつある。
それを砕いて食べて、捕食者は減り続け、わたしたちは粘り続け、竜巻は大気を裂いて宇宙空間を覗かせる。
津波は百メートルを優に超えて大陸の数々を崩して回った。
どうして生きていられるのだろう。
巨大な海の生き物は本当に減ってしまった。
まだ大陸にへばりつくわたしたちはやるべきことをやるだけ。食べ物を育てて、子供を育てて、競争はただ死なぬように協力する以外ない。
迫られていた。燃料を得るために駆けずり回るのと、海の中で狩猟採取を再びやるかを。
もうかなり前から、肉体にそうした機能がある。
子供の頃に選ばないといけない。人間を地上でやるのか、海でやるのか。
わたしたちはこの星から出ていくことが出来ない。何度も何度も何度も調査して、調査して、戦って、考えて、研究して、犠牲にして、それでもそれは叶わなかった。
だから、滅びゆく形に適応出来るよう、この地に根付いたやり方で体を変える。
――海の中で喚く魂を救ってください。掬って貰えればと思っています。
お祈りに使うヘンプが足りないって巫女役の少年たちが花火を散らして、浅い海を漂う。
捕食者がいないからって油断し過ぎだ。
しばらくして、老人が棒を持って叱りに現れる。
海は危ないんだ、気を付けなさい。と。
少年たちは散り散りになって、その後で体長三十メートル以上もある鯨鮫が着水してゆったりと海底へ降りていく。
色々なものが大きく変わってしまった。
かつての魚類も、記録とは大きく違って、体長もほとんど当てにならない。秋刀魚をこの前見かけて、わたしたちは海藻の中に隠れなければならなかった。
臆病で、短命で、おいしい魚。そう聞いていたのに、獰猛で、短命で、恐ろしい魚。体長は優に一メートルを超えている。
狩ることが出来ればおいしいのは知っているけれど、物凄い速さで突っ込んでくるものだから、わたしたちの腕なんか簡単にもっていかれる。
そんな場所で、静かに、何とか生き延びている。
泳ぐのに特化することは出来なかったから、海底を歩き、沈み、砂地に隠れる生き物や、コモリザメを驚かさないよう、注意して暮らしている。
――ほら、ヘンプだよ!
陸上の人たちとの繋がりは残っていて、一月に何度か船か小型の潜水艦がやって来る。
今回は潜水艦だ。
パック詰めされたヘンプや様々な医療品がわたしたちが暮らす集落に届けられる。
同様にパック詰めされた魚や資源を渡して、にこやかに済まされるたまの仕事。
上方には大きな影があり、船で来ているのが分かる。
――ありがとう。でも、どうして、ここまでするんだろう。
ちょっとした疑問も、独り言のつもりだったけど予想以上にボリュームを大きくしていて、聞こえてしまった。
――義務だから、上のヤツラは仕方なく来てんだ。ま、アタシは違うけどな。
受け渡しは機械がやってくれる。ちょっとした会話も、こうしてしっかりと答えてくれる人と、そうでない人がいる。
――ま、頑張ろうさ。
からからと笑いながら、潜水艦は上方へ引き返していく。
地上での生活はどんなだろうか。
苛烈な熱波と、闇夜に紛れる大型猫と、区切られた多くの町や複雑な仕事。そして、イニシエーション。
――戦えるよう、常に血を持て。
わたしたちも通過する儀礼では、電磁銃とメルトボール、電磁機の使い方を教わる。軽く電気が体を走って、ちりちりとする嫌な感覚がする珊瑚の森を抜けた。
そこには、過去に作られた大型魚類のまぼろしが眠っている。その雄大さ、力強さ、そして美しく捕食する骨格と歯がわたしに噛み付く。
――まぼろしだからって、油断はするな。
数名のチームを組んで、思い思いの武器でまぼろしを撃退する訓練。
やられるたびに、珊瑚の森を戻ってはじめから。
そんなことを思い出した。
――そろそろ、雪崩が来る。
――また、移動しないといけないね。
お祈りの準備の最中、老人とその孫がひそひそと話している。
わたしたちは安定している場所を探しているものの、まだそこに至っていない。今いる場所も、仮だからすぐに立ち去れるよう準備してある。
――ほらほら、お祈りなんだから、黙ってはたかれててって。
――ててってー。ほら、それ、それ。
ヘンプは最初に取り出されたひとつだけを
それをなぜするのか、もうみんな覚えてはいないけれど、子供たちは楽しそうで、遠巻きに姿を見せては遠ざかるイルカは常に何かを知らせに来る。
――大地と、その零れた者よ、知をここへ。
――目を閉じて、流れと音の、全ては底へ。
果たして、誰が考えたのだろう。
わたしたちは、雪崩に追われ、徐々に底へ進んでいた。
――もう、地上とも繋がれなくなるかもしれないな。
一人、そんなことを思う。
祈りは続き、磁場は不愉快な感覚をずっと放っている。
――この先、メンダコ注意――
彼らは賢いから、
わたしたちを狙っている。
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