蒼の女王と紅蓮の女王

 アリシアの認識力を以てしても、この人物の”認識偽装”もしくは”認識阻害”の能力を破り、本来の素顔を見る事ができない。

 分かるのは相手が女性である事と今の自分でも勝てるかどうか分からない相手と言う事だけだ。




「何者?」


「そう、固くなるな。今日はただの挨拶に来ただけだよ。蒼の女王」


「蒼の女王?」


「お前にぴったりだろう?安直ではあるが……お前もシンプルで明快な方が好みだろう?わたしの事は精々、紅蓮の女王とでも呼ぶが良い」


(なんなの……こいつ)





 アリシアは妙な違和感があった。

 どうも敵だとは思うのだが……敵にしては敵意らしきモノなくどこか飄々として掴みどころもない。

 漂う雰囲気やWNはまさに悪魔に近いが……それとも異質に思えた。

 だが、具体的に何が違うのか?と問われても答えられる気がしない。

 つまりはアリシア自身がこの存在に関して、何も分からないのだ。




「では、紅蓮の女王。一応、聴くけど……さっきの0次元を介した歴史干渉にはあなたが関わってるの?」


「関わっているどころか……それをやったのはわたしだ」





 それを聴いた瞬間にアリシアは”来の蒼陽”を抜刀、肉迫して紅蓮の女王の首筋に向かって振った。

 だが、紅蓮の女王は右手から取り出した紅蓮の刀でそれをいなし、弾く。

 アリシアは大きく距離を取った。





「……見えているの?」


「それよりは精確だ。今のお前ではわたしは倒せんよ。まぁ、わたしもお前を倒せないがな」




 これほどの存在はアリシアですら知らなかった。

 膨大なアリシアの知識の中でもこれほどの存在を今まで知らなかった。

 アカシックレコードの情報集積能力を以てすれば、何らかの痕跡を残るはずなのだ。

 確かにアカシックレコードの閲覧に対してサタン等が”妨害”を仕掛ける事はできるが、逆に”妨害”したと言う痕跡は必ず残り、そこから手掛かりを得る事も可能なのだ。

 だが、この紅蓮の女王は今までその存在を完全に隠匿していた。

 そこからして、かなり”神魂魄術”に長けており、アカシックレコードを欺瞞するほどの隠蔽能力がある事が伺える。

 だが、どんな相手であるか分からないが、確かに今のアリシアでは倒せないのは事実だった。

 なので、作戦を変える。できる限り情報を引き出す。




「あなたの目的はなんなの?わたしを消すって事はサタンの手先?」




 だと思ったが、それを聴いた紅蓮の女王は不機嫌な態度を取った。




「あのような欠陥品共と一緒にするな。わたしがお前を消そうとしたのは”鍵”を消し、”太極”を破壊する為だ。この意味は分かるな?」





 その意味は分かる。

 アリシアは仮にも創造神だ。

 太極とは、宇宙の根源……宇宙の運営を司り、宇宙そのものを司り、宇宙の順理を司る存在……つまりはアリシアの事だ。

 また、太極とは時と場合によってはアーリア12神の事を指す。


 太極には、”陰”と”陽”があり、前者がアステリス、後者がアスタルホンを指す。

 現在、その役目はアステリスの直系であるアリシアが”陰”をアスタルホンの直系である正樹が”陽”を司っている。

 過去に創造神サタンがアステリスとアスタルホンを取り込んだのは彼らの”権能”を得ると同時にこの太極を得る事で世界を自分が望む理想の世界に造り変える為でもあった。


 そして、太極に至る為には”鍵”が必要であり、それには3種類の鍵が存在する。

 1つは”正当な鍵”と呼ばれる鍵であり、”過越”の術を得る事だ。

 これにより太極に至る為の条件である”永遠の命”と”王の様な祭祀”の権利を得る。

 別の言い方をすれば、”完全な生命体”と”神の代行者”の資格を得る事である。


 そして、残る2つの鍵は”不正の鍵”と呼ばれている。

 この鍵はサタンが太極に至る為に産み出した鍵だ。

 その別命は”触媒”と呼ばれる人間であり……特に不法を行った者ほど”鍵”になる素養がある。

 条件としては”英雄因子”を保有する事や異能、超能力、進化した人類と謳われる存在等が該当する。

 この場合、ロア・ムーイが”不正の鍵”と言える。

 ”触媒”としての能力により、力を増大化させ、太極の座から現代座に座する者から権利を簒奪すると言う手段の方法だ。


 そして、残る鍵はそれ以外の方法だ。

 例えば、”次元を超える”装置の類により魂を高次元に送る方法やアカシックレコードに介入して”過越”の術を盗用したり、模倣する事がこれに該当する。

 この方法は人間などが使う場合が多く、太極の亜種でもあるアカシックレコードに介入する事で疑似的に太極に至る方法だ。

 ただし、人間がそこに至れば、アカシックレコードの情報を僅かでも知り、太極の意味を理解し、人間の悪魔としての本性が覚醒し、まるで太極であるアリシアやアーリア12神を「人類の敵」のように悔い改めない思考からなる悪魔的な思考でそのように独善に判断しアリシア等に反逆する事になるので禁忌とされる手段だ。

 過去にそこまで至った地球文明がいたらしく、太極に魅了され、世界の秩序を乱そうとしたので神代・シンが地球諸共滅ぼしたと報告されている。




「世界をゼロにするつもり?」


「そうだ。全ては大いなる終焉の為に……」


「大いなる終焉?あなたはゼロにした世界を再構築する事を考えていない?」


「そうだ。わたしを含めて全ての者に等しく終焉を迎えさせる。それがの悲願だからな」


?」


(他にも仲間がいる?)




 これは予想外だった。

 紅蓮の女王だけでも驚愕する存在だと言うのに他にも同種の仲間がいるようだ。

 アリシアから見ても、紅蓮の女王は少なくとも創造神サタンを超える力があると思われる。

 それでも厄介だが……それ以外にも同等かそれ以上の力を持つ仲間がいるとなればかなり厄介だ。




「そんな事を許すとでも?」


「誰かの許可がいるのか?とは言え……お前には阻む権利くらいはあるか……」




 紅蓮の女王は少しだけ間をおいてから口を開けた。





「わたしを止めたいなら、7つの世界を超えて来い」




 7つの世界。

 その意味は、0次元に干渉しかつアリシアのいた原本世界の歴史を改竄するほどの影響を持った7つの世界の因果力。

 この0次元の干渉を使った歴史改変は強固に守られている分、術の維持や精密性はかなり高度なモノを要求する。

 0次元に干渉する力は勿論の事、それを増幅する7つの世界の因果力の存在が大きい。

 つまり、この2つが成立する事で初めて歴史改変が行われる。

 それはだが、本来7つ世界を使ったところでそれだけの因果力を産み出せるはずがない。

 恐らく、その7つの世界は本来の正史とは食い違った歴史を歩んでいる可能性があり……問題の解決には歴史を元に戻す必要があると言う事だ。

 だが、それ以外にも方法がある……それは至極簡単だ。

 ここで術者を殺せば良いだけだ。

 アリシアは相手の”間”を見切り、意識の虚空を突き、黒いが混ざった紅蓮の炎”ヘル インフェルノ”と言う地獄の業火の神術を発射した。

 ”ヘル・インフェルノ”はアリシアとアリシアの一番弟子であるカシム以外には使い手がいない必殺技だ。

 あらゆる魔術や防御系の能力を行使したとしてもそれらを無視して貫通可能であり、命中すれば、絶対に防げない攻撃の1つだ。

 地獄の理を完全に理解した者にしか体得できないまさに”神地獄術”とでも言うべき必殺技だ。

 だが……紅蓮の女王はアリシアのノーモーション”ヘル・インフェルノ”を”ヘル インフェルノ”の壁で防いだ。




「……それすら使えるんですね」


「言っただろう。お前ではわたしは殺せないとな」




 ”ヘル・インフェルノ”の防御無視には1つだけ例外がある。

 それは同じ地獄の業火なら防げると言う特性だ。

 ”ヘル インフェルノ”にアドバンテージがあるとすれば、担い手が少ない事だ。

 故に”ヘル・インフェルノ”を放たれれば、誰も防御できない。

 この炎の前ではあらゆる理は意味を為さない。

 万物を滅ぼす理があろうと空間を断絶しようと全ては灰塵と化す。

 故にアリシアとカシムはこの術を持つ事で悪魔や偽神に対して大きなアドバンテージを得ていたと言える。




「全く、おっかない女だな。いきなり地獄の業火とは……だがまぁ……時間を稼げたか……」


「時間?」


「借りていくぞ。お前の片割れを……」




 その瞬間……アリシアは戦慄した。

 ”魂の空間収納”からあるモノが……ある存在が消えた。

 それを自分が見間違えるはずがない……それは自分の半身とも言える重要な存在だ。





「お、お前!」




 これにはアリシアも激昂した。

 ”魂の空間収納”から模倣剣”メタモール”と言う”来の蒼陽”の能力と外見をコピーした神剣を取り出し、2刀流で紅蓮の女王に迫る。




(まさか……アストを奪うなんて……)




 これには戦慄した。

 気づけば良かった。アストとの通信が何故か、悪かったのは恐らく、その時点が何かしらの干渉をして盗もうとしていた前兆だったのだ。

 ”魂の空間収納”はセキュリティー性が高い。

 普通の”空間収納”ならかなり技術を磨けば、中身を盗む事もできなくもない。

 だが、”魂の空間収納”から盗むのはアリシアでも極めて難しい。

 できるとしても、かなり力を使う。

 だと言うのに、目の前の女は何の力もロス無しにそれをやってのけた。

 ハッキリ言えば、セキュリティー性に慢心してその考えに至るのが遅れたのだ。

 その点に関しては恐ろしいまでの実力差があると痛感したが、アストを奪われて冷静さを欠いたアリシアはそれどころではなく本気のアリシアが現れるように2刀流で斬りかかる。




「なに、借りるだけだ。悪いようにはしない。わたしにとってもアストは大切な者だからな」


「気安く!呼ぶな!」




 アリシアにとってアストは半身であり、相棒であり、大切な者であり、家族とは違う意味で一番好きで恋人以上の存在だ。

 それを他人に気安く「大切な者」とか言われるのはかなり癪に障った。

 ある意味、恋人を奪われた彼女が狂戦士化して恋人を奪い返そうとする様、そのものだった。




「悪いな。お前との挨拶はここまでだ。物足りぬならこいつの相手でもしていろ」




 紅蓮の女王は背後のワームホールを開き、立ち去ろうとする。

 アリシアは肉迫しようとするが、その前に巨大な何かが召喚され、アリシアの行く手を阻む。

 その黒く、表皮が木のようなモノで出来たドラゴンらしき存在は多くの蔓を無数に発射してアリシアを牽制する。

 アリシアはバックステップを高速で踏みながら後退する。




「これは……」


「リファーナム……後は任せる」


「GUUUUU!!!」




 リファーナムと呼ばれるそれは主の命令に従うように嘶く。

 

 

 

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