書いているときの面白さと、読んでいるときの面白さ。
久々に書いたら、また書きたくなったのである。特に、いままさに感じている疑問を。倒置法。ワァオ。
タイトル通りなのだが、これが結構わからないんである。
私の場合、書き始めるまでが長くかかることがあるものの、書き始めると楽しくなって手が止まらなくなるんである。で、書いているときは、その文章も、展開も、面白いと思って書いてるわけで、書きながら読んでオモシレーって思っている。
が。しかし。これがまずい。
書き上げたらどこかに提出する前に読み直すわけだが、このときの面白くなさったらないんである。書いているときは爆笑ものだった展開が読み直すと真顔を通り越して腕組みした手の人差し指でトントン、靴の爪先トントンとなります。唇の端っこに咥えたタバコのフィルタを噛み締め、手も使わずに吸い込み、鼻からフーンです。
これ、なんでなんですかね?
何度も読み直してるからとか、自分で展開を知っているからとか、そういうことじゃない気がする。単純に面白くない。客観視しているから面白くないのだとすると他人が読んでも面白くないので由々しき事態だ。困る。直したい。
正すには、まあ面白いものを書くしかない。
分からぬ。何を読んだってフーンです。自分の文章は特にそう。展開が面白くないし想像できる絵面が面白くないし、なんでこんな物を書いてしまったのかと思う。もちろん、それは大概の文人がそういう過程を経ているらしいのだが、ここ、いらなくないかと思わざるをえない。
そして思うのが、書いて面白いのと読んで面白いのは違うのでは、という疑問だ。
自分で書いたものは大抵、読んでも面白くない。一年か二年くらい寝かして読むと面白かったりするのだが、それは面白いの方向が少し違う気がします。では書いているのが好きだから書いていて面白いのかと問われると、それだけは絶対にないと言い切れます。断言です。だって書くのはドチャクソ面倒くさいですもの。
物にも寄りますが一時間で実文字数が千文字くらいで、実際には倍くらい打ったり削ったり色々やって、ああもう面倒くせえ以外の感想がでてこない。でも書いているときだけは凄い面白いものを書いている気になっている。ライターズハイという概念があれば、きっとそれである。で。
自分で書いたものはなんで面白くないのか。
これがまた分からない。ひょっとすると面白いものを書いているから面白いのではなくて書くのが面白いだけででも面倒くせえしなあである。最近、昔は小文字を使っていた『なぁ』的なものを『なあ』的に書くのが私の中で流行っていたりする。辞書的には大文字が正しいらしい。どうでもいい。
面白くないなと思っている物を公開する恐怖は(自意識過剰な私のなかで)相当なものがあり、書いて公開したそばから後悔する始末です。もう根性で消していない状態。ほぼ修行。カクヨムで小説を大公開している方々はいったいどのようにして折り合いをつけているのだろうか。みんな、めちゃ面白いぜうぉー面白いから読めよーって感じなのだろうか。分からぬ。
自分で書いたものを面白いと思うための技術があるなら、ぜひ教えてもらいたい。
あ。面白くないと思うものを公開すんなと言う意見はクソくらってお尻ぺんぺんされてしまえと思います。なにしろ、私のように書いているときだけは面白いと思っていたりするのだから。
なんか、もうちょっと、自分の作品を愛せる方法がないか、知りたい。分からん。分からんし、教えてもらって実践できるのかも、また分からん。
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