3-3


 僕の部屋で、テーブルを囲む四人。

 体操服を着て、ぽか~んとしている梨々花ちゃん。

 崩したスーツ姿で気楽に座っている千夏さん。

 ワンピースを纏い、尋問するかのように前のめりな麗奈。

 そして制服のまま縮こまっているだけの僕。

 四者四様。張り詰めた空気。

 一見すると家族会議のような光景だった。


「それで、あなた達はただの隣人ってことでいいの?」

「そうねぇ、まだそんなところかしら」

「普通マンションが隣同士だからって、同じ食卓を囲むなんてフレンドリーなことしないと思うけど」

「だって、悠都君の生活が心配だったから。ね?」

「いや、『ね?』と言われましても……」

「おにいは黙ってて」

「はい……」


 妹の氷柱つららのように冷たく鋭角な視線が突き刺さる。

 麗奈は、一度気になったことは突き詰めないと気が済まない性格をしている。うちの母さんとは別ベクトルで極端な面倒臭さだ。多分遺伝だろう。そんな局所的な完璧主義だから、課金が当たり前のスマホ中毒になったんじゃないだろうか。


「梨々花ちゃん、だっけ?うちのおにいとお風呂入りたがっていたけど、あれはどういうこと?」

「え~?はいっちゃダメなの~?」

「ロリコンのヘンタイ男だったらどうするのよ」

「ロリコンってなに?ゆーとさんはロリコンってゆーのなの?」

「ち、違うよ!?ホントに違うからね!?」

「だから黙ってて」

「はい……」


 また怒られた。


「そうね。おにいの趣味がロリペドだったら、今頃ボクも無事じゃなかっただろうし。それは信じるよ」


 実の兄を何だと思っていたんだ、この愚妹ぐまいは。妹に手を出すような鬼畜きちくだと認識していたのか。エロ小説の読み過ぎだ。信用ないのかよ。


「母親のあなたも、娘をこんなよく知りもしない男に任せるなんて、常識で考えておかしくない?」

「あら、痛いところを突くわね~。それを言われると困っちゃう」

「困るのはこっちだよ」


 しかも毒舌。身内の僕に対してならまだしも、年上の千夏さん相手に喧嘩腰けんかごしな口の利き方は失礼だ。大人に反抗したがる年頃だからだろうか。僕には反抗期らしき時期がなかったので、いまいちピンとこないけど。


「でも、悠都君はお婿さんにピッタリだと思っているから」

「そーだよ!りりかはね、ゆーとさんとけっこんするんだからっ!」

「はぁ?それ本気?」

「割と本気よ」

「ラブラブなんだも~ん♪」


 妹よ、侮蔑ぶべつの目でにらまないでくれ。

 結婚もラブラブも、二人が勝手に言っているだけだから。僕は千夏さん一筋なんだから。


「これのどこがいいの?」

「どこって……とっても可愛いじゃない」

「かわいいだんなさんなんだよ~♪」


 あ、千夏さんもそういう認識なのね。

 僕のこと男として「格好いい」とか「頼れる」とかじゃないって、何となく察してはいたけど、いざ現実を突きつけられると切ない。


「つまり小動物的なポジションね」


 オイオイ、兄をペット扱いかよ。

 もう少し手心を加えて表現してほしい。


「だとしても、考えが甘くない?」


 麗奈の黒い瞳が、千夏さんを射貫いぬく。

 責めたての言葉が低くうなる。


「いくら人畜無害そうな顔しても、うちのおにいは性別男だよ?それなのに簡単に気を許して、生活を共にして……。若い男をたぶらかす、尻軽バツイチ女にしか見えないから」


 その言葉に、場の空気が瞬時に凍り付いた。

 礼儀や作法を土足で踏み荒らす、失礼の斜め上を飛ぶセリフだった。


「麗奈、お前……!」

「黙ってて」

「黙っていられるか!」


 さすがの僕でも、今のは我慢出来なかった。

 好きな相手をバカにされたら、身内相手でも……いや身内だからこそ許せない。


「何熱くなっているの?常識外れなのはホントのことでしょ?」

「だからって……!」


 麗奈に掴みかかったはいいが、まともに反論出来ない。

 言われた通り、今の生活が常識外れなのは本当だ。お茶の濁しようがない。ただ部屋が隣同士という関係だったのが、ひょんなことから生活を共にするようになる。それも一人親家庭と一人暮らしの男子学生とで。世間から異常な関係と見られてもおかしくない。

 でも千夏さんのことを悪く言うのは間違っている。あの時は本当に困っていて僕を頼ってきたんだ。いつも梨々花ちゃんのことを思って必死で、どうしようもなく困った末の苦肉の策だったんだ。決して尻軽なんかじゃない。


「いいのよ、悠都君。妹さんの言いたいこと、あたしも分かるよ」


 なのに千夏さんは、烈火のごといきどおる僕を制止する。

 自分のプライドを傷つけられたはずなのに、悪評を認めたんだ。


「そりゃあ二十歳前に梨々花を産んだ上にシンママやっているからね、白い目で見られるのは慣れっこよ。実際周りに頼れる人がいなかったから、こうして悠都君と仲良くなったんだから」

「千夏さん……」


 娘の好きな相手を婿にするために、近所の男子高校生に目を付けて、過激なスキンシップをトライさせる。千夏さんは確かに常識外れなところがある。

 でもそれは頼れる相手がいない中、孤軍奮闘でシングルマザーをやってきたからなんだ。

 僕達の当たり前という尺度では測れない、過酷な生活をしてきたからなんだ。

 頭ごなしに否定なんて出来ない。

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