「償うということ」
学校のチャイムが聞こえる。
始まりのチャイムじゃなくて、どちらかと言えば終わりを知らせるチャイム。
6限終了の合図だから、時刻は3時10分をちょうど回った頃合い。
今から校門を通って、教室まで向かって、時間的にはホームルーム直後の掃除が終わったタイミングを狙いたい。
病欠を取って学校を休んでるはずの自分が、なに食わぬ顔で教室に入るのは妙な注目を招いてよくないから……。
代わりを担当してくれてる教員とニアミスするのも気まずいし。
ゆっくり歩いて、時間を調節してから中に入ろう。
おおよそ100メートルは先に構え立つ合縁中学校を背景に、進める歩を緩めて、でも確かに一歩ずつ踏み込んで。
――――(◇)――――
睡眠は取っていない。
眠くならなかったし、目を閉じるたびに薬師寺の顔が浮かんで……瞳も頭もむしろ冴えていく。
色々、考えてみた。
薬師寺の言葉を思い返して、身の保身一切抜きに薬師寺の望む形で学校に復帰させる方法。
あくまでも現実的なもので、出来る範囲で……。
薬師寺は言っていた。
怒って注意してもまたイジメられると。
仮にイジメがなくなったとして、今度はそれを見ていた他の人間が面白半分にからかいに来ると。
つまり、後のことも考えた上で不登校になるという選択を選らばざるを得なかった。
薬師寺がまた学校に通い始められる条件は、永久的に薬師寺に対するイジメをなくすこと。
もう一つはイジメに遭っていたという事実に触れられないよう周囲を牽制すること。
考え得る中で最善の選択は何か。
最も成功率が高く、長期ではなくなるべく短期で状況を動かせる方法。
――脅迫するしかないと思った。
単純に、イジメに加担した生徒の保護者を呼びつけ指導させるというやり方では不十分。
イジメ加害者全員が素直に更正するとは思えないし、そもそも学校側が深刻な問題として受け取ってくれるかも不明瞭。
何より、保護者を呼び出すまでの大事になれば否応なく周囲に伝わってしまう。
薬師寺の言うように面白半分でちょっかいを掛けに来る生徒を一定数は生み出してしまうことになる。
だから、村上達を抑え込んだ上で周りにも圧を掛けるなら俺個人で行動することが必要条件。
村上達を抑え込む方法。
脅迫出来る状況を作って、村上達を脅す。
薬師寺に関わることで自分達が明確に被害を
面倒臭い、ダルい、そこまでするならもういいわとある種の諦めを覚えさせること。
これらの条件を満たしつつ、脅迫出来る状況を作り出す。
一番効果的なものは何かと試行錯誤を試みる……までもなく、ものの数分であっさりと思い付く。
――村上達を挑発して俺を暴行させればいい。
そしてその光景を撮影し、動画にする。
昨今では子供でも思い付きそうなほど単純な作戦だけど……たぶん、これが一番上手くいく。
ネット社会と言われる今、例え未成年の中学生と言えど教員を一方的に暴行する動画が拡散されればどうなるか、嫌でも想像が付くだろう。
制服から学校と名前が特定され、自分達の内心は多いに傷付き、将来に対する不安を残すことにもなる。
場合によってはプライベートで被害を被るかもしれない。
親の職場が特定され、保護者自身が社会的制裁を受けることになるかもしれない。
姉や弟、姉弟だって無関係ではいられない。
そういうことをした人間の家族なんだから。
一つ一つを説明しよう。
その動画がネットに上がるとどうなるのか。
それでもまだイジメ続けるか?
自分の人生台無しにしてでも。
と……まあ、これだけだとまだ威力は弱い。
担任のクセに何やってんだって、そんなことしたらお前の立場もヤバいだろって、
身の保身を考えてどうせ出来やしないと楽観視される可能性もある。
だから、決定打として自分の社会的地位を掛けよう。
クビになった俺には立場も何も無いんだぜって、目の前で辞表を突き付けて宣言通りに辞めてやろう。
それだけ本気なんだと自分の意志を見せつける。
教師としてではなく一人の人間として呪いを掛ける。
辞めた後もお前達の行動、SNS、交友関係、全部把握して監視し続けることを伝えよう。
よほど頭のネジが飛んでない限り、脅迫自体はこれで成立すると思う。
叫んだり涙を流したり、より過激な演出を加えば尚信憑性の湧くものになるだろう。
そうやって村上達を抑え込めたなら、最後は自分が消えればいい。
薬師寺にとっての不穏分子は必要ないから、裏切り者の俺もちゃんと薬師寺の前から消える。
村上達はイジメ加害者だけど、俺は俺で薬師寺を見捨てた罪がある。
直接的でなくても間接的な加害はあるから、そこはちゃんと償わないと……。
ここまで上手くいったなら、後のケアは竹先生と橘先生に任せよう。
橘先生はともかく竹先生はすぐに察してくれると思う。
何があったのか、今後含め俺の考えを全部伝えて強引にでも協力関係を結んでもらう。
周りの生徒達には門外不出の箝口令として薬師寺の件には触れないよう圧を掛けてもらって。
あからさま過ぎると逆効果だからそこは上手く立ち回ってもらって。
薬師寺が卒業するまでの3年間、学校内での監視をお願いする。
もしこの協力関係を拒まれるなら……そうだな、そのときは動画を使って竹先生も脅そう。
俺は辞めるわけだから学校の体裁を気にする必要はない。
竹先生は学校の教員だから体裁を気にする必要がある。
特に竹先生の立場を考えれば是が非でも防ぎたい不祥事だろう。
どれだけ怒られても、叱責されても、何日掛かっても、協力してくれてるまでしつこく粘り続ける。
これで、薬師寺の望む形には極力近づけると思う。
仮に。
仮にだけど、それでも効果が無かった場合は村上達には地獄に落ちてもらうことになる。
俺も落ちるけど、村上達も落ちる。
そこまでしてやめないとなると、ルール無しでの無差別の殴り合いしかない。
前科が付いてもいい、積み上げて来たもの全部ほっぽりだして薬師寺から切り離す。
約束を破ることになるし罪に罪を重ねることにもなるけど……それでも、取り返しの付かなくなる前に排除すべきだって思うから。
そのときが来たら、俺自身が頭のネジを外して何でもする。
考えを整理しながら亀が歩くような速度でノコノコ歩いていたら、あっという間に校門を通り過ぎていた。
校門を通ってすぐの中央校舎、ここを伝って西校舎へと続く渡り廊下に向けて進路を定める。
途中、ポツポツと見覚えのある顔が視界に入って……うん、やっぱり一年の大半はもう下校している。
グランドを見るに部活動もとっくに始まってるし、教室内の掃除も終わっているはずだ。
毎週恒例というべきか、金曜日の放課後は村上率いるグループが教室に残りたむろする傾向にあることを知っている。
他の曜日なら割とあっさり帰って行くのに、どういうわけか金曜日には居残りするルーティンがあるらしい。
土日と休日が続くわけだから、謎の学校ロスが発動してるのかもしれない。
村上達の性格を考えれば、掃除が終わり教室を閉めようとする教員に駄々をこねて居残ろうとするはず。
代わりの教員が誰かにもよるけど……今日の放課後は6月に行われる体力測定に向けての大事な職員会議があるから、時間的にも生徒のわがままに付き合える余裕はないと思う。
橘先生は学年主任だからきっと主導になって会議を回すだろうし、竹先生も体育教師として似た役割をこなすはず。
ともすると、他の教員できっぱりと村上達の要望を跳ね退けそうな人間に心当たりはない。案外、戸締りをまかせた上ですんなり職員室に戻っていくんじゃないかな……。
ここまでの推測が正しければすぐにでも行動に移せるけど、仮に当てが外れていても強引に動けばすむ話。
どう転んだって、大丈夫。
「……あれ、先生じゃん。休みじゃなかったっけ?」
渡り廊下を抜けて西校舎一階、階段を目前にして坊主頭の一年男子を先頭に、三人グループから声を掛けられる。
この坊主頭は……中巻か。
隣にいるのは吉田と乙部。
「うわっ、先生なんでいんの!? サボりっすか?」
「………おぉ」
やっぱり目立つかな、乙部と吉田も以外そうにしてる。
このまま素通りして教室に向かってもいいけど……少し、気が変わった。
この三人ならお願い出来そうだし。
「そういう中巻達は部活サボり?」
「サボりじゃないって、さっきまで掃除させられてたの。今から部活だし」
「……そっか。悪いけどさ、ちょっとだけ時間」
「あれ……雄大お前、野球部もう走ってんぞ? 大丈夫か?」
「ええっ!? ぃ……わあっ、やべえぇ!! ちょ、ちょおっ……ヤバいってもう……。ごめん、もう行くわ先生!」
グランドを眺め慌てふためく中巻。
相当時間が推してるらしい。
普段なら止めることなく行かせる場面だけど、ここは一言。
「なあ中巻、薬師寺また来るようになるからさ、そんときは声掛けてやってくれな」
「……へ。え、薬師寺? あ、あぁ……来れんの?」
「来る。具体的にいつ来るか未定だけど、絶対また来るから。休み時間とか一人で暇そうにしてたら、たまにでいいから様子見に行ってあげて欲しい。アニメとか漫画の話なら割と食い付いてくれると思うから、吉田と乙部も頼むよ………あと、相良も」
ちょうど階段を下る最中、足を止めて見下ろすように様子を伺う相良がいる。
いることに気付いていたから、相良にも聞こえる声で話した。
「……っ」
少し気まずそうに顔を逸らして階段を下る。
そう言えば、相良が一番言ってくれてたよな。
ちゃんとしてないって。
結局ちゃんと出来ないまま崩れていって、それっきり相良との関係も気まずくなった。
何もしない俺を見て軽蔑しての対応なんだろうけど、そんな相良だからお願いしたい。
「そんな感じでさ、しばらく休んでた薬師寺がいきなり復帰したら色々詮索して騒ぐ生徒とかも出てくるだろ? 何となくでいいからそういうの止めようってクラスの雰囲気作り、頼んでもいいかな? そこの中巻達と協力してさ」
顔は見ない。名前も呼ばない。
だけど、確かに相良へと伝える。
中巻達は『オレらも!?』ってずいぶんなリアクションを取ってるけど、相良は相良で一切何の反応も見せず通り抜けて……。
一言。
「さよなら」
拒絶……ではないと思う。
たぶん、相良なりに答えてくれたんだよな?
答えてくれたことにして、見送るべき場面だけどもう一つ。
「村上達、教室いる?」
「うん。いるよ」
目は合わないけど、立ち止まった相良が返事をくれる。
ただの確認に過ぎなくとも答えてくれたことが嬉しい。
やっぱり相良に距離を置かれてショックだった部分はあるから……、それなりに効いたし。
「村上達って……え? 村上達となんかあるんすか? 揉める感じ? え、喧嘩っすか?」
「いや喧嘩って……。しないから」
まあするんだけど。
話したいことは話せたし、深入りされる前に切り上げよう。
「もう行くよ。中巻達は部活頑張って、相良は気を付けて帰って。じゃあ」
「あ……あの」
うん?
吉田……?
「あの……薬師寺、本当に来ますか?」
吉田が、真剣な目で問うてくる。
さっきまで中巻と乙部の隣で大して興味もなさそうだったのに……。
違うか。
見た目が少しヌボッとしていてそういうふうに見えるだけで、吉田なりに真剣ではあるのか。
勝手に外見や雰囲気で決め付けようとしてしまうのは、単に俺が吉田のことを知らないから。
吉田と薬師寺の関係性はわからないけど、少なくとも今の吉田は本気に視える。
だったら、こっちも本気で返そう。
「来れるようにするから、助けてあげて欲しい」
「………あ、ああ……はい」
相良も中巻も乙部も吉田も。
みんな、普通に良い生徒なんだなよな……。
きっと他にも良い生徒はたくさんいて、それを知らないのは知ろうとして来なかったから。
何も見て来なかったんだなって改めて思うよ。
もう少しだけちゃんと見ておけば良かったとも思う。
何もかもが今さらで後戻りなんて出来ないけど。
せめて、今目の前にある光景だけは自分の中に刻み付けよう。
教訓に、忘れないために。
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