「無理やり気付かされて」
「でさ、この後薬師寺の家に行くんだよ。もう何日も休み続けてるだろ、今日だって連絡入ってなかったし……色々と、聞かないといけないこともあって」
「……ふーん、先生も大変だな」
中巻と二人、横に並んで雑談をしながら黒板消しで黒板を消す作業。
合縁中学校の生徒は放課後、出席番号に基づいて分けられた班毎に教室やトイレなど各所における清掃が義務付けられている。
どの班がどこを掃除するのかはその日毎の当番制によって決められていて、当番から外れる班はその日の掃除は無し。
今日、当番として中巻達の班は教室掃除を担当していて、その手伝いをしているのが担任の自分。
橘先生曰く、担任の先生は毎日の教室掃除を手伝うことも業務の一環なんだとか。
そんなこんなで偶然居合わせた中巻と、適当に雑談を挟みつつも適当に手を動かしてるのが現状なわけで……。
「まあ大変ってことはないよ。先生だし、仕事だし」
話し相手が生徒である手前、思ってもないことを口にして見栄を張ってしまう。
強がりたいわけじゃないけど、案外、大人って誰しもがそんなものかもしれない。
「え、大変じゃないの?」
黒板を消す手を止めて、世話しなく振り返る中巻。
なんだろ、中身のない雑談だって思ってたけど、妙に食いつくな……。
「ん……まあ、出来ることやるだけだし」
「………へぇ、先生は意外に落ち着ついてるんだ。こういうとき、慌てるタイプだと思ってた」
「慌てるって、先生が慌てても仕方ないからな。そりゃ早く良くなって欲しいとは思うけど……」
「良くなる?」
「容態がな。お腹痛って言っても具体的にどんな状況かきちんと把握出来てないから、それも含めてこの後聞きに行くんだよ。薬師寺、出てくれたらいいけど」
先日、橘先生と話をしてその放課後、薬師寺の家に向かうも部屋の明かりは消えていて何の反応も返ってこなかった。
たぶん、薬師寺のおばあちゃんは外出していて……腹痛で休んでる薬師寺は中に居たと思うけど、出て来てはくれなかった。
理由が何かはわからない。
たまたま寝ていて気が付かなかったのか、それとも意図して居留守を使ったのか。
不在だったと橘先生に報告したところ、しばらくの間会議などの参加は不要なのでちゃんと話が出来るまで薬師寺さんのお宅に通い続けて下さいと指示された。
だから、この後も薬師寺の家に行って……出てくれないなら明日も明後日も……。
「先生さ、なに言ってんの?」
ん。
「なにって、薬師寺のことだよ。体調が悪くて休んでるって言わなかったっけ? その体調不良が腹痛らしくて」
「いやいやそうじゃなくて。先生さ、本気でそれ言ってんの?」
中巻が、不思議そうに言葉を被せてくる。
口調とは裏腹に顔は引いていて、理解出来ないものを見るような瞳で。
いったい、なにを……。
「本気もなにも腹痛で休むって薬師寺の保護者が……。まあ、ちょっと曖昧な部分があるからそこを確かめるためにも」
「薬師寺はイジメられてる。イジメられて学校休んでんの。知らないってことはないでしょ」
――――(★)――――
イジメ……。
イジメって、あのイジメ?
薬師寺が? 誰に? どうして?
中巻が言ってるのは冗談か?
暇潰しの冷やかしとか?
いつしか伊藤のことをからかっていたときみたいに、俺もからかわれてるとか……。
仮にそうだとして、今言われるのは流石に。
「先生さ……表情がガチッぽいからあれだけど、それはないんじゃない?」
「……どういう」
「先生も見てたじゃん。川柳の時間とか、薬師寺が南原と村上に絡まれてるとこ」
川柳の時間……ゴールデンウィーク前の学級活動のことか?
確か、授業中に薬師寺が呼び出し受けてて……それを俺が止めて、南原に小声で死ねって言われたやつ。
あれが、いじめ?
「ちょっかい出してたのは覚えてるけど……あれはイジメなの? 見た感じイジリに近いような」
頭が回らない。
なんか、勝手に言葉が出て……中巻を否定しようって。
「授業中に呼び出しするイジリなんかないって。そもそも薬師寺ってかなり大人しめなタイプじゃん、村上達に声掛けられてる時点でおかしいし」
「そこは……一応クラスメイトだし、声を掛けるくらいは。まあ授業中とかは良くないけど」
「他にも先生の見てないところで色んなことされてた。ビンタゲームとか言って南原がおもいっきり薬師寺の顔ビンタしたり、帰り道たくさんの鞄背負わされたり」
ビンタゲーム。
え、ビンタゲームって、なにそれ……。
「手加減はしてたけど、村上が薬師寺にケツパンしたり、水掛けて下着透けさせようとしたり」
待って欲しい。
そんな、いきなりあれこれ言われても。
「南原と村上だけじゃなくて松山と安原が加わることもあった。まあ、あいつらは冷やかすだけで直接加担してたわけじゃないっぽいけど」
だから待ってって。
情報量が多すぎて混乱してしまう……少しでいいから、時間を。
「今のはオレが見てた一部でしかないから、見てないところでもなにかされてると思う。オレだって何回か止めようとしたけどさ、南原とか村上って正直恐いし、オレが言っても全然聞いてくれないし」
「……中巻」
「だからさ、この後薬師寺の家に行くって聞いて、やっと先生が解決するために動くんだって思った」
「先生さ、やっぱり知らないってことはないよ。川柳のときもそうだし、他に一回も見たことなかった? 薬師寺が村上達に絡まれてるとこ」
「……ゃ」
「薬師寺から直接相談されなかった? ゴールデンウィーク前の月曜日、オレ達放課後に絡んだじゃん。あの教室でオレら以外に薬師寺だけが残ってたの気付かなかった? 薬師寺見てさ、あーこの後相談するんだって思ったから早めに切り上げたんだけど」
なにを、言って……。
言葉が出てこない。
色んな光景がフラッシュバックして……。
「先生さ、なんで
――――(∇)――――
なんてねっ、ドッキリでしたああああ!!
今のは全部ウソ!
あははははっ、先生凄い顔してるって!!
中巻が、最後に一言そう言ってくれたならどれだけ楽だっただろう。
どれだけ、ホッと出来ただろう。
今でもさっきの会話を思い出して何かの間違いなんじゃないか、冗談なんじゃないかって疑いたくなる。
でも……あれは、冗談で言ったわけじゃないと思う。
最後の中巻の顔、俺を見て明らかに軽蔑してたから。
冗談であの顔は出来ない。
「8階だったな」
放課後、都内にある住宅街の一角。
高く
今いるのはそのマンションの1階ロビーで、ここは薬師寺の家。
橘先生の指示通り昨日に続けて今日も来たけど……ついさっきあんなやり取りをして、どの面下げて薬師寺と会えばいいのかわからない。
中巻の話は本当なのか、いじめられてるのか、ちゃんと薬師寺本人に確認を取る必要があるのに……どう聞けばいいのかわからない。
なんで惚けてんのって、そう言われた。
今の俺は惚けて見えるらしい。
こんな惚けた顔で薬師寺と会って、話は聞けるのかな……。
そもそも会ってくれないんじゃないか、昨日みたいに。
ダメだ、今の状態じゃうまく振る舞える気がしない……仮に会えたとしても空回りするに決まってる。
色々考えないといけないこともあるし、一度帰って気持ちを整理したい。
出直してまた明日……。
「あれ……春宮先生、ですか?」
ロビーで立ち尽くす俺の後ろを、年配女性だと思われる声に名前を呼び掛けられる。
「え……あの、えっと」
知らない土地の、知らない場所で、知らない人から声を掛けられる。
咄嗟のことで緊張というよりも警戒をしてしまう。
「やっぱり春宮先生でしょ、電話のときと声そっくり……。薬師寺です、まーちゃんのおばあちゃんです」
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