「気付かないフリ」

  

  


 ゴールデンウィークが明けて、数日が経つ。



 現実に戻されるには十分な時間で、長期休暇を引きずるダラけた精神のうみもようやく出し尽くせたと言える今日この頃。



 同じくロスにもだえていたであろう生徒諸君の様子にも一変の兆しが見られ、少しずつ見慣れた風景に戻りつつあるなと感じる一限目、数学の時間。




「あれ……薬師寺は、今日も休み?」




 誰かに聞いたわけじゃなく、勝手に言葉が出る。



 授業開始の礼が終わり、教卓から教室全体を見渡して妙な違和感に気づく。




 確か昨日も……一昨日も………、何日目だ?




 朝、職員室に行った時点で休みの連絡が入ってなかったから来てると思ったけど……今日も休みか。



 それとなく視線をさまよわせてみると、偶然か教卓前に席を構える相良と目が合った。



 ちょうどいい、事情を知らないか……。




「……ッ」




 露骨に、目を逸らされてしまう。



 なんで……。



 ゴールデンウィークが明けてから、相良とは会話らしい会話を一度も出来ていない気がする。


 特に理由はないんだけど……休暇を挟んだ影響か少し距離が出来た感じ?


 

 わからないけど。




 いいや、授業を始めよう。





――――(■)――――





「薬師寺さん今日も休んでますね~。なにか事情でもあるんですか~?」 




 職員室、向かいの席に座る愛沢先生がパソコンを弄りながら前触れなく話を振ってくる。




「今日はまだ連絡来てませんけど、昨日の時点では腹痛とだけ伺ってます。薬師寺のこと、気になりますか?」



「逆に聞きますけど気にならないんですか? 薬師寺さんここ何日か休んでますよね……。私担任じゃないですけど、授業で出席点ける度に今日も来てないなって思い続けてますよ」




 作業の手を止めて、こちらへと視線を投げ掛けてくる愛沢先生。



 心無しか、避難の色が混じってるような……。




「気にならないわけじゃないですよ。ただ……連絡は取れてますし、そんな焦る程のことじゃ」



「今日は連絡取れてないじゃないですか」



「この後取るんですよ、僕の方から入れる予定です。愛沢先生、気にしてくれるのはありがたいですけど……一応、僕のクラスの生徒なんで」



「な、なんですかその言い方っ……。いっちょまえに教師みたいな……」




 教師なんだよこれでも。



 相変わらず、愛沢先生は俺のこと下に見てる気がする。


 今のだって先輩風を吹かしたみたいなものの言い方……ちょっとだけ、煩わしく感じてしまう。



 そう感じちゃうのは愛沢先生が自分よりも年下で、周りから期待されてる将来有望な教員だからかもしれないけど。




「あっ、どこ行く気ですか! 逃げないで下さいっ!」



「トイレですよ……。逃げるってなんですか」




 ホントはトイレに行くつもりなんかないけど、何となく嫌な流れを感じたので席を経つ。



 このままだとしつこく絡まれそうだし。




「待って……待って下さい! 今の話は前振りで本題は別にあるんですっ。いと、伊藤さん……伊藤さんの件はどうなりましたかっ!? ちゃんと注意はしてくれましたかっ」




 一応、スマホは持っていこう。


 個室に籠って10分くらいは時間を潰したい。




「ささ、さっき……さっき廊下で伊藤さんとスレ違ったとき、いきなり胸を揉まれました……っ。ホントに、ホントに注意してくれてるんですよね!? 飲み会の時にも言いましたけどあの子のイタズラはラインを越えてますっ! もう何回も何回も変な絡まれ方しててっ……お願いですからしっかり指導して下さい! 出来たら私の前でっ! お願いですっ、お願いです春宮先生!!」 




 背後から愛沢先生の絶叫が聞こえる。


 伊藤がどうとか言ってるけど……。




 何なんだろうね、この人は。








 ただ、正直言って薬師寺のことを聞かれてヒヤッとした……。



 どうしてだろう、数日休んでるだけなのに何か落ち着かないこの気持ち。




 別に、おかしいことじゃないよな……。



 体調を崩すなんて良くあることだと思うし、一応この後はこっちから連絡を取って……というか、出来ることなんてそれ以外ないし。



 とりあえず今日は来てないわけで、それはそれで仕方ない。




 様子を見て、明日以降……。


 明日以降、どうしよう。

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