「二週間の経過観察その2」




 お口直しというわけじゃないけど、暁みたいな特殊な生徒の次は是非とも華やかな生徒を観察したい。



 華やかで、素行が良く、規範となるような……。


 そうイメージして真っ先に浮かぶ生徒は彼女しかいない。



 教卓から一番近い席に座り、いそいそと何かノートに書き込んでる姿が可愛いらしい、相良さがらもも。


             

 このクラスの担任になってまだ一月も経っていないけど、それなりに色々な生徒を見てきた。


 大人しい生徒、ヤンチャな生徒、おチャラけてる生徒、一人一人に個性があってその上で彼女を評価するなら……



 とても、良い生徒。



 クリッとした瞳にリスのような愛くるしい容姿。


 勤勉かつ真面目。


 困っている周りの生徒を助けてあげるなど思いやりに溢れるボランティア精神。



 まさしく、絵に描いたような優等生と言える。



 伊藤に関するアドバイスだったり、学級活動の際に指揮を採ってもらったり、相良には入学式以来何回かお世話にもなっていて……心証という見方で評価するなら一年の生徒の中では断とつ。


 一部とはいえネジの外れた生徒がいるなか、正しさの模範となるような相良はこのクラスの良心といって相違はない。



 ここまで出来た子、ちょっとやそっと探して見つかったりしないぞ……。



 おそらく、全校生徒のなかで最も聡い。



 自分はそういうタイプじゃないって思ってたけど、お気に入りの生徒を贔屓してしまう教員の心理がわかった気がする。

 



 たぶん、俺が同級生なら相良みたいな生徒に恋しちゃうんだろうな……なんて。




「なに?」



「うおっ」




 熱くなってしまっていたところ、話題の当人から声を掛けられ反射的に変な反応が出てしまう。



 一応、お互い近くに座ってるわけだからおかしくはないか……。


 


「なんか、見てきてたから」

 


「あー……いや、ノートに何書いてるのかなって」 



「これ? これは計画ノート」




 咄嗟にゴマかしを入れてしまうも気にした様子はなく、ペンでノートを指しながら可愛いらしく首を傾げる相良。



 距離が近い分、中身が見えないこともないけど……。




「もしかして、勉強の計画?」



「うん……そう。中学では勉強、一番になりたいから」




 ほう、一番か。



 大きなテストはまだ一回も行われていないから、相良含め一年生の学力は未知数といえば未知数だけど……。


 学業に向けるこの姿勢、昔の自分と少し似てる気がしてどこか嬉しい。




「そっか、頑張ってるんだな」



「……別に。それで、先生は最近なにしてるの?」



「なにって?」



「用事もないのに休み時間よく来てるでしょ。なんかじろじろ見てくるし、さっきも暁のこと見てた」



「……気になる?」



「別に。なんとなく聞いてみただけ」




 別にとか、なんとなくとか、学生特有の言い回しが多いのは中学生を感じて少し和む。



 でもまぁ……そっか、バレてたか。



 やっぱり近い距離にいると視線だったり僅かな挙動で気付かれたりするのかな。


 やましいことをしてるわけでもないし、相良ぐらいになら全然話してもいいんだけど。




「鋭いな、相良……。先生はさ、みんなを観察してるんだ」



「観察?」



「うん、観察。ほら、先生とみんなって出会ってまだ一ヶ月も経ってないだろ? 合間の時間を使って少しでもみんなのこと知れたらなって……それで、みんなのことを見てました」



「へぇ…」



「おかしい?」



「ん……おかしいとかじゃないけど、なんか以外。あんまりちゃんとしてない感じだったから」




 ちゃんとしてないという言葉に引っ掛かりを覚える。


 そう見えてたのなら普通にショックなんだけど……。




「それで、みんなのこと見てわかったの?」



「まあ、だいたいわ。見てるだけだから表面上のものしかわからないけど、個性とか特徴はそれなりに」



「ふーん」




 あまり興味がない、そんな顔をしながらそっと教室を見回す相良が可愛いらしい。



 こんな話されたら少しは気になるよな。



 せっかくだし、相良から観たクラスメイトの評判を聞いてみるのも悪くはないか。


 忖度のない平等な評判を聞かせてくれそうだし、なにより生徒目線で見た他の生徒に対する意見が知りたい。




 相良同様、そっと教室を見回してみる。



 誰にしようか……と、特徴的な頭に目が止まる。




 あの坊主頭は中巻、隣にいるのが吉田と乙部。


 3人とも体育会系の部活動に入っていて、気でも合うのかよく見掛ける組み合わせだ。


 特に悪さをするわけでもないし、わざわざ評判を聞くほどではなさそう。




 どうせ聞くなら……こう、もっと尖った類いの生徒がいい。


 情報を知って、少しでも上手くコントロール出来るようになりたい。



 そういった意味でいい生徒を探すなら、中巻達の近くで壁紙とにらめっこしてる伊藤辺りが手頃か。


 尖り具合ならクラス内でも上位に入ること間違いなし、おまけに相良と同じ小学校出身とも聞く。



 価値ある情報が得られるなら今後にも大きく活きてくる。


 是非とも、コントロール下に置きたい生徒。


 


「相良さ、いきなりだけど伊藤ってどんな人?」



「えっ……? あぁ……伊藤さんは、ああいう人です」 




 ああいう人……。



 相良の伊藤へ向ける視線に釣られるようにして、伊藤のことを見てしまう。


 


 

「うんっ…ちんっ…まんっ……♪ うんっ…ちんっ…まんっ……♪」



「やめとけ、中巻」 



「あっ、んだようんちんまんって。なんかの隠語?」



「『こ』を付けてみろ、『こ』を。うんっ…、ちんっ…、まんっ……♪ うんっ…、ちんっ…、まんっ……♪」



「だからやめとけって」



「思いっ切り下ネタじゃんか……。しょうもねぇな中巻お前」





 若いねぇ……。



 ただ伊藤がというよりも、中巻達三人組が楽しそうにじゃれあってるだけだけど。


 

 相良が見てる光景と全く同じものを見てるはずで、言葉の意図がいまいち理解出来ない。

 

 



「なぁ、伊藤からかってやろうぜ…。あいつ調子乗り過ぎだし軽くシメといた方がいいって」



「え…?」


 

「ちょっ」



「大丈夫大丈夫。いいから見とけって」




 おっ……。

 



「伊藤――っ、こっち見ろっ!」



「……あん?」



「いくぞ? うんっ……ちん、まんっ……♪」



「………」



「うんっ…、ちんっ…、まんっ……♪ うんっ…? ちんっ…? まんっ…?」



「どういう意味?」



「さぁな……。『こ』を付けたらわかるかもな」 



「こ……?」




「うんっ……こ。ちんっ……こ。まんっ………こ」




「くっ……くく、おい中巻」



「ぶふっ、ヤバすぎな」



「あぁ、そういう……」





 しょうもないなぁ……。



 中学生だから問題視はされないんだろうけど、女子相手にこれは……流石に止めた方がいいか。


 


「待って。どうせあんが勝つから」




 相良の、不思議な声。


 どこか自信に満ちていて、先回りするかのように静止される。



 杏……?





「面白いことやってるねぇ」


 

「あ? なに笑ってんの?」



「こういう絡みされたくなかったら男子のことあんまからかうなよ。お前、調子乗り過ぎだから。男子の間で評判だぜ?」




 乙部、中巻ペアが圧を掛けて。





「げり」



「………」



「おしっこ」



「………は?」



「おっぱいっ!」



「おおっ……。こいつなに?」



「伊藤、お前さぁ」



「マジ?」




「げり・おしっこ・おっぱい♪ げり・おしっこ・おっぱい♪」


 


「お前……女子でそれはダメだろ」



「んだよ、こっち来んなよ」



「……ちょ」



「げり・おしっこ・おっぱい♪ げり・おしっこ・おっぱい♪ げりっ? おしっこ!? おっぱあああああいっ!!」  



「わ、わああああああああっ」

 


「うぇっ」



「中巻ぃ!?」




 なんと、おっぱいの掛け声と同時に伊藤からの胸部アタックを受け尻餅をつく中巻。




「お、おま、お前っ……バ、バカじゃねえのっ!? じょ、女子がこんな……うわ、うわあああああっ」



「おい……や、やめろって!」



「ちょおっ、付けんなよっ」



「やばいやばいやばいっ、伊藤エキスマジやばい。伊藤お前マジふざけんなよ!!」



「あっはははははははっ。ざんね~ん! おっぱい菌はそんな簡単に取れませ~ん!」



「クソクソクソクソクソッ。顔洗いに行ってくる!」


 




「ね、あんな奴らじゃ杏に勝てないでしょ?」 




 少し自慢気に、勝ち誇った様子の相良。



 なるほど……。


 ホントになるほどって感じだけど、内容自体は中学生のものに見えない。



 

「伊藤って……下ネタとか強いんだな。女子は男子のああいうノリ苦手かと思うけど」



「強いとか弱いじゃないよ、あの子にとって面白ければ何でもいいの。絡もうと絡まれようと、どんなことされようと、面白かったらそれでいい子だから」




 逆に、面白くないなら相手にされないけど……と、最後に一つ付け足される。



 伊藤から絡まれた経験がある身として、言いたいことはわからなくないけど……。



 そうか、全方面に適応出来る愉快犯タイプか。


 ある意味で一番厄介かもしれない。




「5年生のときね」



「……ん?」



「5年生のとき……伊藤さん、今と同じで担任の先生によくちょっかい掛けてたの。60歳ぐらいの、おじいちゃんの先生」




 どこか遠くを見つめるような目をして、前触れもなく語り始める相良。



 小学生時代の話……かな?


 流れとしては、少しいきなりに感じる。




「いきなり抱きついておんぶの体勢になったり、甘えたり、好きでもないのに好きとか言ったり。そうやって、先生をからかって遊んでたの」


 


「そしたらね、先生勘違いしちゃって伊藤さんに告白したの。なんか……付き合うとか、そういうちゃんとした告白」




 えっ!?




「でもさ、伊藤さんはからかって面白がるためにちょっかいを出してただけだから、付き合うとかそういうつもりはなくて……。それで、先生すごく怒っちゃったの。伊藤さんのこと怒鳴り付けて、ふざけるなとか色々言っちゃって……」


 

「それで、どうなったの?」



「そのことが広まって、問題になって、先生は……担任の先生じゃなくなったの」




 外されたってことか。


 そうなるだろうな……今の時代だとその処分すら甘い部類に入るかもしれない。




 いや、さ……。


 だけどいきなり聞かされる話としては内容が重い、告白の下りとか普通にびっくりしたし。




 結局、相良はなにを伝えたいんだろう?




「先生も先生でおかしいと思うけど……やっぱり、伊藤さんはもっとおかしい」




 伏し目がちに歯をくいしばって心底嫌悪してるような、相良には似つかわしくない表情でまとめに入る。




「伊藤さんは……杏はね、そういう子なの。あんなことがあってもなにも変わらない。自分さえ楽しければそれでいいし、相手のことは考えない。きっと、これからもそう……。だから、先生は騙されちゃダメだよ」



「騙される……?」



「伊藤さんはすごく可愛いの。スタイル良いし、男子に人気あるし、距離感も近い。春宮先生、よく伊藤さんにからかわれてるでしょ? あれは全部伊藤さん自身が楽しむためにやってるだけで、そこに好意はないから惑わされないで」




 勘違いはするなと、要は釘を刺してくれたらしい。



 そうはならないだろって否定するには入学式の一件がチラついて耳が痛い。


 実際に、それで勘違いしてしまった人もいる。



 ひょっとすると俺自身がまだ気づいてないだけで、伊藤が持つ特有の毒みたいなものがあるのかもしれない。



 いいか、相良からの忠告なら真摯に受け取っておくことにする。





「ところで相良はさ、伊藤の友達なの? 伊藤のことたまに下の名前で呼んでるけど」




 ついでに、流れで気になっていた質問を投げてみる。


 しんみりした空気が続くのも、それはそれで気まずいから。




「べ、別にっ……それは」 



「さっきだって伊藤の行動を初めから予測してたみたいだけど」



「あれは……中巻達が、伊藤さんのことチラチラ見てるの気づいてたから。そのうちちょっかい掛けて何か起きるなって予想出来ただけ」



「でもその予想が出来るぐらいには伊藤のこと知ってるんだ? 小学生のときの話も詳しかったし」



「う……も、もうっ、トイレ行ってきますっ!」





 逃げられてしまった……。



 若干怒ってるようにも見えたけど、もしかして地雷踏んだ?



 相良の様子から察するに、伊藤に対する拘りのようなものを感じたけど……まぁ、それはまた別の話か。


 相良や伊藤にだって小学生時代があって、そこに過去がある。一つや二つぐらいの因縁があってもおかしくはない。




 ちょうどいい、休み時間も終わるしここいらで引き上げよう。


 次の授業の先生とニアミスするのも出来れば避けたいし。




 利用していたパイプ椅子を元の場所に戻して、教室を出ようとするまさにその瞬間――。



 教室の隅で南原達がたむろしてる光景が目に入る。

 

 南原と松山と村上と中本と………、薬師寺?




 意外な組み合わせだな……。



 薬師寺を除いた四人なら一緒に行動しているところを時折見かける機械はあったけど、そこに薬師寺が入っているパターンは初めて見た。



 南原と松山の女子二組、村上と中本の男子二組、この4人で構成されてるグループはやんちゃという意味でクラスの中で一番目立つ。


 表立って悪さをしてるわけじゃないけど、他の生徒達と比べて明らかに柄が悪く、彼ら彼女らを警戒している生徒は多いと思う。




 そんなグループの中に、なぜ薬師寺がいるのか。

 


 薬師寺は……大人しくて、静かだ。


 大勢の人前で話をするタイプに見えない……。


 自分自身から主張するタイプにも見えなくて……。



 不思議な子ってイメージがあったけど、そんな子がどういう経緯であのグループに入ったんだろう?



 歪に、見えなくもないけど。





「ね~薬師寺さんさぁ、普段何て呼ばれてるの?」



「え……? あ……ぇ……えとっ……あの」



「ちょおおおっ、めっちゃキョドってんじゃん! そんなウチら恐い?」



「やっ……ゃ」



「威圧しすぎなお前ら。めちゃくちゃびびってんだろ薬師寺w」



「なに、こいつこういう系?」



「………うっ」



「はああああっ!? 薬師寺さんのせいでウチらイジめてるみたいになってんじゃん! 呼ばれ方聞いてるだけなんだけどぉ!?」



「あだ名とかでいいからさ、教えてよ」



「それぐらい早く言えって。なにキョドってんの?」



「ん……うん。……あだ名? あだ名は……舞舞まいまい……とか、言われたことある」



「………」



「……え、舞舞?」



「舞舞……」



「ぷっ」



「くっ」



「ぎゃははははははははははっ」



「あははははははははっ! 舞舞っ、舞舞だって! ちょー可愛いあだ名じゃん!」



「にひひひひひひっ! なあっ、パンダの名前みてぇ!」



「ちょっ、みんな笑いすぎだから……ぶふっ」



「うっ……ぅ」






 南原達が、盛り上がっていて騒がしい。



 なにがそこまで楽しいのか全然わからないけど……まぁ、薬師寺みたいな大人しい生徒はほったらかしにしておくと孤立してしまう可能性があるから、あれぐらい騒がしい生徒が周りにいた方が薬師寺にとってもためにはなるのかも。



 時間が経てば経つほど人間関係が構築されていって、自身の立ち位置や周囲から見られた自分の個性なんかも勝手に定められていく。


 そういった一つ一つが一度固まってしまうと変えることは中々難しいけど、中学生活が始まったばかりのこの4月で、何も固まっていないこの時期に、変われる機械があるならそれはそれでいいことだと思う。



 変わるつもりがないならそのままで。


 変わることを望むなら一つのバネに。




 いずれにしろ頑張れ薬師寺……!



 心の中でささやかなエールを送りながら、教室を後にする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る