第16話 16、空中偵察
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大勝利の戦が終わって一月後、周平は万の住んでいる村に家臣を派遣して万が村に来るだろう日を聞き出し、その日に合わせて万に会いに行った。
その日は暑い日だったが、周平は井戸端の木陰に腰掛けて万の来るのを待った。
ずっと離れた場所の木陰には村長と娘達が佇(たたず)んでいた。
山に続く道を近づく箱形の二頭立て馬車を見ると周平は胸が高まった。
馬車は後ろに荷物を積んだ荷車が引かれていた。
馬車は井戸端で止まり、中央の扉が開いて万が出て来た。
「久しぶりだな、周平さん。元気そうだ。」
「会えてうれしいよ、万さん。今日は相談で来たのだ。」
「そうかい。でも、少し馬車の中で待っていてくれ。馬車の内は涼しい。村人に渡す物があるから。」
「そうする。」
万は村長の方に向いて手を招いて呼び寄せた。
「村長さん、暑い日だのう。でも元気そうに見えるでよ。娘さん達も元気そうだが二人だな。どこかに行ったのかい。」
「万さんも元気そうに見えるだ。長女は隣村に嫁に行っただ。二番目はつい先だって婿をもらってな。今はわしの家の離れに住んでいる。万さんに合いたいらしく旦那に無断でここに来ただ。末娘はまだ貰い手がねえ。困ったもんだ。」
「そうかい、今に孫に囲まれるな。いいことだ。今日はいつもの毛革の他に岩塩を持って来た。山で見つけたんだ。海から取れる塩とはちょっと違う味だ。気に入ったら使ってくれや。今日はご領主様が話しがあるらしくて馬車でまっているだ。出かけるんで荷車はおいてく。村で何かに使ってくれ。」
万は後ろの荷車を外し、代りに周平の馬をつないで馬車に乗り込んだ。
「周平さん、どこか行きたい場所はあるかい。無ければ今日は川に行こうか。」
「万さんと話せればどこでもいい。」
「どこでもね。そうね。これまで行ったことがない場所に連れて行ってあげようか。」
「どこだい。領内はほとんど見ているんだが。」
「見てない景色はまだあるさ。おもしろくなりそうだ。とにかく家に向かう。話しはそれからだ。」
「それにしてもこの馬車は涼しくてさわやかだな。」
「前に話した冷房をかけてある。長時間は使えないが村に出かけるくらいはできる。」
万は馬車を早足にして吊り板のある崖に向い馬車を崖の上に運んだ。
馬車を道から外れた平らな草地に進め、板塀に囲まれた大きな小屋の前で止まった。
扉を開けてから万は扉の横に下がっていた紐を引いた。
屋根を形成していた布が巻き取られるように片流れの屋根の頂上に巻き取られた。
万は部屋の中央に置いてある籠(かご)の前に周平を導いた。
籠の中央には煙突のようなものが置かれ、籠の上部は円く縁取られた布がかかっていた。
円形の縁は籠と結合されていた。
万は籠を乗り越えて籠に入り周平に言った。
「周平さん、籠を乗り越えて中に入ってくれ。それから籠に繋がっているこの帯を腰に巻いてくれ。安全のためだ。落下傘は今回はいいだろう。」
万は煙突の下部の装置のボタンを押した。
煙突からは炎が吹き出し上部の円形の中に入って行った。
上部の布は大きく膨らみ屋根の高さを突き抜けて球形を形作った。
「周平さん、これは熱気球だ。熱い空気は上に行くだろう。だから熱い空気は軽いんだ。だから大きな熱い空気は人を持ち上げることができる。この熱気球は最近作った。籠を掴んでいてくれ。上がるよ。」
周平は驚きで口が聞けなかった。
気を強くして足を踏ん張り籠の端と籠と気球を繋ぐ金具をしっかり握っていた。
気球は上昇し。崖の上の万の住居が小さくなった。
「周平さん、どうだ。初めての景色だろう。怖いかい。」
「大丈夫だ。少し驚いたが万さんが一緒にいるなら大丈夫だとわかる。」
「それでいい。領内を上から眺めてみようか。この気球はゆっくりだが動くことが出来るんだ。」
万は気球の高度を下げて周平の城がある城下町に向かった。
やがて眼下に周平の城と周囲に広がる城下町が見えて来た。
「万さんの城下町は奇麗だな。整然としている。」
「ほとんど何も無い所から作ったんで区画は楽だった。」
「町の周囲の水田も奇麗に区画整備されて、稲の色はどこも同じだ。今年も豊作だろうな。」
「そう思う。万さんの言うように軍備を高めようとしたら金と人が入って来るようになった。兵士にやらせたら開墾も楽だった。」
「それはよかった。この前の戦の様子はこの熱気球で見させてもらった。高い位置だったからだれも気がつかなかったろう。密集隊形は防御と武器が強ければいい戦法だ。何にも増して一本道で戦ったのがよかったな。」
「そうか、万さんは見ていたのか。今日来たのはそのことなんだ。どうすればいいのか見当がつかない。相談に乗ってくれないだろうか。」
「どうやって敵国を奪うかということかい。」
「そうだ。万さんに言っていたように敵が攻めて来て撃退したが、その次がどうしていいのか分らないのだ。」
「敵国の状態は密偵だけでは分らないことがある。その国、海穂国と言ったか、その国を見に行こうか。」
「今からかい。」
「そんな時間はかからない。馬車からクルコルを持ってくればよかったな。周平さんを驚かそうと思って、持って来るのを忘れた。籠の周りの竹筒は水筒だ。喉が渇いたら飲むといい。重くはできないんだ。」
一時間ほどで熱気球は国境を越えて海穂国に入って行った。
高度を1000mに高めたので気温は下がったが時々焚かれる炎のためか、寒くはなかった。
海穂国は穂無洲国よりずっと大きく、人口も多そうだった。
町並みは山の麓にまで広がっていた。
城下町には大きな屋敷が何軒も並んでいた。
水田は少なく工場らしい建物は数える程しかなかった。
港には大きな帆船が何艘も繋がれていた。
港では活気が満ちていた。
帆船からの荷物の上げ下ろしの人足が動いていた。
山の近くの平原では大規模な軍事訓練が行われていた。
多数の鉄砲の音も聞こえた。
「負けたのが悔しくて鍛え直しているんだろう。鉄砲の数も増やしているみたいだ。ここに攻め込むには密集隊形は使えないな。広い道は縦横に走っているし水田は少なく人家は一面びっしりだ。」
「確かに、城も町の中央だな。それにしても豊かそうだな、万さん。」
「商業でもうけて金を持っている。兵士は傭兵のようだな。国の中心は傭兵が死んでも気にしないだろうな。また雇えばいいんだから。」
「いくら軍を打ち破ってもきりはないって言うことだな。どうすればいいだろう、万さん。」
「そうだな、難しいな。軍を打ち破っても城の連中はそんなに気にしないし、危なくなれば避難できる。町を燃やして壊滅させたらこの国はおそらく滅びるが以後の再建が大変だ。こちらの負担になってしまう。周平さん、城を乗っ取ってしまったら。」
「そんなことができるのかい、万さん。」
「わからない。兵と領主の結びつきが大きければ大変だが、薄ければ兵は領主を助けない。今日は帰ろうか。海岸を眺めてから帰ろう。景色が良さそうだし。」
万は気球を海岸沿いに動かしてから元の経路を辿り、断崖の上にある小屋に戻って籠を床に固定した。
気球の布はうまい具合に屋根のない小屋の中に折り重なった。
万が入口に周平を導き、扉の横の赤い綱を引くと片流れの屋根の頂点から巨大な布が屋根の傾斜に沿って降りて来て屋根となった。
「どうだった、空の散歩は。初めての景色だったろ。」
「確かに見たことも無い景色だった。初めて空を飛んだ。今日の相談はこれからどうすればいいのかの相談だった。万さんはそれを察してわしを気球に乗せたのだと思っている。海穂国の様子もわかったのでもう一度考えてみる。今日はありがとう。」
「また空を飛びたかったら言ってくれ。崖下まで送るよ。」
万は馬車を板場で降ろし、後ろに繋いであった周平の馬を外し別れをつげた。
村の井戸の近くには手勢をつれた金平が周平を待っていた。
今の穂無洲国には密偵や敗残兵が多数入って来ているのだった。
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