その5:星の盾と三冠 運命の凍狂(後編)
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本作品は、全て架空ですので、実在の人物、場所、団体等と一切の関係がありません。まったくこれっぽっちも関係ないです。気のせいです。
某ゲームが大流行しているので、その大波に乗るべくして書いたパロディーですので、誤字や不出来な文章には優しい心で見逃して頂けると助かります。
関係各所からお怒りがあったらすぐに削除する予定なので許しておくんなまし。
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凍狂フィールドに立ったカタストロフィックブラッドはいつも通りに目を閉じる。もう何度も繰り返している行動だ。気持ちを落ち着けると同時に、思うように走れていなかった頃を思い出すようにしている。そして、今がどれだけ恵まれているかと噛みしめる。
「足の不安はない。爪は気にしても始まらない。スタートは焦らない。周囲も気にしない」
小声で自分に言い聞かせる様に確認作業。
いつもなら心の中でしているのだが、今日ばかりは違った。トレーナーにアドバイスを貰って初めて誰かを意識していると理解出来たからだ。それほどまでに舞日桜冠は衝撃的なレースだったんだと知った。勝利インタビューも影響しているのだが、そこまで意識が回っていないのが彼女らしい。
「自分が出来ることを、自分らしく最善を尽くす。過去に引っ張られない。それが自身の成功体験でも」
過去の自分と今の自分は違うからこそ、一番気を付けないといけないと彼女は教わっていた。スタートダッシュが出来なくても良いとは言われたが、最善を尽くさずに出遅れることは駄目だと言う事なのだ。
「えーっと、なんだっけ……そうだ!」
トレーナーが教えてくれた標語のようなスタートの心構え。
「確か……『慌てず、急いで、丁寧に』だったよね」
スタートダッシュやゲート練習が無くなってすぐに言われた言葉だったと思い出す。そして、ひたすらイメージトレーニングをやらされた。ゲートに入らずにゲートが開くのを見ながらスタートを想像する。ガシャンガシャンガシャンと朝から晩までやっていた。
それが半日に縮まった頃、数mの紙の上を破らずに進めと言われた。
最初は全く意味が分からなくて彼女は紙の上を走って破ってしまった。踏み込めば簡単に破れてしまう。意味が分からないまま、ゲートが開く音に合わせてやれと言われた時には、なるほど紙を破らない程素早く動いてスタートを切る練習なんだなと思い取り組んでみたが失敗ばかり。
『こんなの無理だよー』と泣き言を言ったら、予想しなかった言葉が返って来た。『CBはどうして走っているんだ? それじゃあ、破れるに決まっているだろ?』と。
よくよく聞いて、最初の言葉を思い出すと進めとは言われたが、走れとは言われていなかったことに気が付いた。スタートは上手く切れればいいのであって、必ずしも走っていなければならないというルールはない。
『指に爪に負担の掛かるようなスピードを出す必要性はないよ。只、慌てずに急いで丁寧に出てしまえば問題はないんだ。そうすることでCBは自分の思い描く加速と加速するタイミングを得ることが出来る筈だ』と悪戯が成功したとばかりに笑いながら話してくれた。
「苦手意識の改善と負荷のコントロールが目的だった」
深呼吸と共に考える。
今日のレースで失敗するとすれば何か?
「『クシナダエンプレスを気にするな』か……そっか、届かないかもって思っちゃっているんだ私。だから、あの頃を思い出したんだね。トレーナーって、やっぱり凄い」
届かなかった1ハロン。
ダービーでの勝利が彼女自身が思っていた以上に過信に繋がっていた現実。
差がついていたのはスタートではないのかという仮想からの焦り。
「うん。ようやく全部分かった。ガッと出ようとしてた。駄目だね、そんな事じゃ。スッと出なくちゃ、そうスッとだよ」
カタストロフィックブラッドは、上体を起こしたまま静かに歩を進めた。まるで紙の上を破かないように慎重に。舞を踊るように、氷上を滑るように、静かな動作をスタートの時間まで繰り返した。
ゲート前に集まった選手たちは独特の雰囲気を放っていた。カタストロフィックブラッドにとってアドバンス2戦目であるが、EXⅠで経験したモノと差がないと感じていたからである。
『勝ちたい』
フィールド外の思惑がどうあれ、此処に立つ選手の根底にあるのは1つだからと信じていたいのだ。だから、彼女は“まだ”走れている。
「あぁ……いつもより視線が厳しい」
カタストロフィックブラッドが呟くのとゲートが開くのが同時だった。
ガシャン
出遅れた訳じゃない。今までにないスムーズなスタートだった。それは当人の感想であり、他者から見れば一歩が遅く見えていた。我武者羅に出る者、トップスピードに達するのが速い者など、歴戦の猛者達は猛ダッシュを魅せた。
「うん。良い感じ、空気が美味しいねー」
カタストロフィックブラッドは、全体から置いて行かれたような感じで追走する形となった。毎度の毎度のことながら、スタンドからの歓声はよく響く。
「固い?」
一部の関係者しか分からないフィールドの特性を感じ取っていた。凍狂の名に恥じぬ、極寒の罠が立ち塞がっていたことを。春――上半期におけるフィールドの特性と秋――下半期におけるフィールドの特性は異なっているのだが、それを開催レースによるフィールドの芝の劣化やレース展開、選手の成長、果ては天候によるものだと認識している。
“明らかに時計が速い”
という事実に関わらず、誰もが凍狂だからで済ませている。
「慎重に出て良かった……でも、いつも通りだと舞日桜冠より酷い事になりそう」
徐々にスピードを無理なく上げていくことで、足の裏に感じる反発を最低限にしていく。それは、カタストロフィックブラッドらしくないというか、彼女の持ち味である爆発的な瞬発力を浪費していくことになる。
「自分の武器は理解して走る。でも、切り札を間違えない」
言い聞かせるように、じわりじわりと押し上げていく。
スタンドから見れば、向こう正面でもがいているようにしか見えないが、すぐに集団の異変のほうに目が向くことになる。
全体がズルリと下がった。当然、その流れに逆らうカタストロフィックブラッドがスルリと順位を上げる。
(くっ!!)
(なんだ、この違和感は!!)
(足が!?)
(やられた!?)
スタートから調子良くスピードに乗っていた選手たちにすれば、不意にくる反動は最終コーナーを回った時に感じるモノに類似していることに気が付かない。そんな時間じゃ、距離じゃないから。スピードは自身の力。高揚した心は慎重さを奪う。
一流だからこそ嵌る罠。
凍ったような地面に狂ったように出る速度。
強要されたスピードとは思わない。
一流の自負がそれを気付かせない。
何故なら、いつもと同じ風景だから、軽快さでいえばいつも以上だったのかもしれないが、それでも気が付けない。集団がレコードペースで走っているなど思いもしない。気が付けたのは、レースが半分しかすぎていないのにくる反動から。
だが、中には鈍感な者や気付いたが故の暴挙に出る者が居た。
全体としてスローダウンした集団から加速して飛び出す者達だ。逃げを勝利の手段としているからこそ退けないのだと。
“潰れる”
それが真っ先に脳裏によぎる集団。
客観的に見ても変わらないかもしれない。でも、それは逃げを貫いた者達だけだった場合の話である。だが、消耗しているのは逃げた者達だけなのかという疑問に辿り着く答え。
“もしかしたら”
そう、凍狂の罠に嵌っているからこそ生まれる疑心。
第3コーナーを回りきるまでは自重出来た。最善のレースを出来なければ次善を目指す。それが出来るからこその一流であり、アドバンスを戦い抜いてきた証でもある。
その自負を打ち砕く者が舞い降りる。
スタートから一度もスピードを落とすことなく加速をコントロールしてきたカタストロフィックブラッドである。気が付けば集団を喰らい尽くす位置にまで進取してきていたのである。
「駄目だよ? 減速したら再加速の時に反動が凄いから」
そんな事を言われているとも知らず、集団は混乱と恐怖に包まれていた。
「どうして、あの子が迫っているのよ!?」
「馬鹿な! こんなに静かに脚を使うのか!?」
「やっぱり来たか! オレは信じてたぜ、アンタが早仕掛けしてくるってな!!」
中には反応して、逃げを狩りに飛び出す者が出たが大半は精神力で動揺を抑えるのと同時に次善の策を取り続けることに専念した。動揺はしたが、カタストロフィックブラッドの常識外の行動は織り込み済みだったと言う事だろう。ダービーを、菊華賞を見ていて警戒しないのは無能のすることだと言う事なのだろう。
“無理を通すつもりだろう”
そんな心理が働いたのも仕方がないとも言える。
自分達ですらなし崩し的に脚を痛めつけられてきていたのに、それを抜いて行こうとすればどれだけの無理を通すつもりなのかと。信じたい事を信じるのを誰が責められようか。感情は別にして、取った策は間違いではないのだから。
氷上を走る者と氷上を進む者に違いはあるのか?
只の言葉遊びだと言われればそれまでだろう。
だが、その言葉遊びを実践したとすれば、その答えは見えてくる。罠を仕掛けた者達すら、想定外だっただろう。ダービーの、菊華賞の、ともすれば力任せのスパートを見せたカタストロフィックブラッドが、滑るように加速してくるなどと誰が想像出来ただろうか。
「余計な力は要らない。最終コーナーも外に振られても気にしないようにー」
逃げた者達が精根尽き果てて迎えた最終コーナーに殺到する選手達。我慢を重ねたことで内埒争いは激化する中で、最初に飛び出したのは、やはりクシナダエンプレスだった。
「盾は貰った!!」
とても疲弊しているとは思えない速度を維持し続けるクシナダエンプレスだったが、凍狂の坂は甘くはなかった。失速はしていない。だが、伸びない。
「くっ!! ふざけんなぁー!! まだまだ終わっちゃいないぞぉぉぉ!!」
足掻くクシナダエンプレスを切り裂いたのは、彼女が仰ぎ見る三冠の脚だった。
「今度は敗けないよ。全身全霊で私の全てを出し切る」
嵐の前の静けさが去り、暴虐の嵐が吹き荒れる。
凍った大地など粉砕するとばかりに凍狂の坂を駆け上がる。
カタストロフィックブラッドに追いすがる者達も負けてはいない。届かない距離ではない。事実、手を伸ばせば届く場所に彼女の背中はあった。だが、たったそれだけの距離が何故か縮まらない。
ライバル達は分かってはいなかった。
彼女とて疲弊していない訳ではない。惑わされた者とそうではない者の差はあれど、最後の凍狂の坂は甘いものでないのだ。直線に入り全てを置き去りにしたカタストロフィックブラッドが伸びきらない事こそが証明している。
追いすがる者が競り合い気力だけで耐えているのであれば、では、追いすがられる者は何をもって寄せ付けていないのか。振り返れば、カタストロフィックブラッドは息を入れることなく加速し続けて来た。スタートが遅かったとはいえ、そんな無茶が最後まで代償無しに通せるのか?
答えは否である。
「やっぱり最後の坂はキツイなぁ」
すぐ後ろにある多くの気配を感じながら呟く声に焦りはない。
「もっと走りたかったな。でも、無茶をしない事と諦めることは同じじゃないよ、ねっ!」
踏み出す一歩毎にピシリと響く嫌な音。それでも彼女は前へと前へと踏み出していく。末脚なんてもうありはしない。今日はそういう走りをしたのだから。
「三冠を背負っているから。そんな私を追いかけてくる人がいるなら、私は最速最強でありたいと思っちゃった」
パリーンだったか、ガシャーンだったか、そんな音がカタストロフィックブラッドには聞こえた。
誰にも聞こえない。
聞こえる筈のない音が彼女には聞こえた。
ひび割れていた硝子の靴が、磨き上げた絆の靴が割れてしまう音を。
『やっちゃった』
真っ先に心に浮かんだ言葉だ。
皮肉にも凍狂で花開いた魅了の脚は、同じく凍狂で散ることになった。
だが、積み重ねた努力は彼女の願いを聞き届ける。
追いすがるライバル達を背にゴール板を駆け抜けた。
“R1:59.3”
1着の順位とともに表示されたのは、凍狂芝2,000mのコースレコードだった。
そして、2代目三冠制覇者以降続いていた天王賞(秋)の1番人気18連敗で止め、2,000mとなり初めての天王賞(秋)を制したのであった。
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次回最終話
6/18 7:00予定
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