第3話 工作員

 朝鮮半島でもよくある事件で知られている工作員類の出来事は分断されたこの日本列島でも同じように起きている。まあ、出来事と言うより事件と言った方が正しいのかもしれないが。

 防衛庁特命調査局に協力している脱北者の証言によると日本民国(南日本)に工作員が初めて潜入した事が発覚したのは朝鮮戦争真っ只中の1951年で朝鮮半島での混乱に乗じて南日本軍と米軍が板挟みになる可能性を考慮しての対処法を模索している隙を突いて忍び込んでいたと言う。

 戦後、アメリカが進駐してから徐々に治安も回復して繁栄と発展を重ねていくうちに日本民国は平和で国民の誰しもが戦争はもうないと安心をしていた。あれから30年近く経って日常では家族と団欒して、そして友達とわんぱくに遊び、市街や都市部に行けば必ず嫌でもすれ違う男女で手を繋ぐカップルの姿、子連れ親子の姿、犬や猫ののんびりした様子を見るのが当たり前になった今、国民も政府も油断して爪が甘かったのか70年代後半ぐらいから国内において北日本の工作員が至る所で諜報活動を行っている可能性まで濃厚に浮上してきていたのである。

 その中でよくあるのは人気のない海沿いにおいて必ず日本民国国内に住む人を拉致したり、南日本軍関連施設や米軍基地、インフラなどの周辺を調査したり、国内情勢の情報収集するなどの活動だった。

 そして南日本という通称が定着した日本民国も実は北に諜報員や原川信野のような準軍事組織の要員を潜り込ませて国境近辺に展開する日本人民軍と街中で治安維持を担当する警察の動きや国内情勢を調べたりしている。もちろん故郷である南日本国内でも諜報・防諜の任務を遂行していた。

 原川信野のような準軍事組織の場合は完全隠密行動での活動だが、防衛庁特命調査局調査班は特に自分の国である日本民国内で活動する要員は建築関係者やアルバイトのフリーター、草刈りなどの雑務しかしない学校の用務員、精肉店や精米店経営、ペーパーカンパニーの社員として活動しており身分は明かすことはない。

 

日本民国 福島県 某所

 

 日本社会民主共和国(北日本)国家偵察局の工作員である梶山圭吾かじやま・けいごは協力関係にある現地の暴力団の密航船経由で南へ潜入していて、ある特命任務を請け負っていた。

 梶山の受けた任務は脱北した元軍人や警察官、そして政治家や国営企業役員、研究者などの連れ戻し又は処刑をする事だった。

 装備は裏ルートで手に入れたワルサーPPKと呼ばわる映画「007」シリーズで主人公が使っていたお馴染みの拳銃で消音器が取り付けられる仕様で他は木製ハンドルのサバイバルナイフだった。それらの武器はホルスターと共にバッグに入れて隠し持つ。

 ベトナム戦争末期頃、日本民国において同じ北日本の工作員が逮捕されていく事件が次々と起きていたが、初めて逮捕されたのは米軍がベトナムで苦戦して同盟関係にある韓国も出兵でそれどころでない時期で日本民国の国民をはじめ政府間でも戦慄が走っていた。

 初代で逮捕された工作員の証言によると米軍がベトナム戦争に参加を表明した後、どさくさに紛れて身寄りのない人間を拉致、反政府団体との接触を図ろうとしていたと言う。逮捕された後は保護という名目で刑務所の独房で生活しつつ南での生活に慣れる訓練もさせられるという噂もあった。刑務所の独房に入れるのは普通の刑務所の房に入れると囚人として紛れた北からの工作員や刺客が命を狙いに来る可能性も否定できないという理由からだという。

 その頃、日本民国はベトナム戦争への直接関与はなかったものの一部、アメリカ軍の一員として志願して参戦した南日本兵、そして高時給手当に釣られた元兵士の庶民に参加させていた。かと言ってそこまで日本民国陸軍の警備は手薄になることはなかったが問題は海軍だった。

 海軍は一部後方支援で参加していたから警備に穴が空き、そこから多数の工作員が忍び込んだとも言われていた。

 定期的に隠れ家にある録音機付きラジオから暗号や隠語で濁したメッセージが流れてくるから、そこから遂行すべき任務が伝えられる。もし、暗殺や拉致が目的なら必ず現地の協力者が標的の写真を送ってくれるから人違いしてしまわない限り任務は難しくはない。しかし、最近では立て続けに仲間が捕まっているから油断は禁物である。

 ほとんど捕まるのは北日本独特の日本語や日本人民軍風の言葉遣いで不審に思った南日本軍関係者やその手の情勢に詳しい住民に通報されて捕まるのが多かった。

 「バカどもめ。何のために南侵訓練を何年もかけてしたんだよ。下手打ちやがって。」

梶山は隠れ家に置かれていた報告書に目を通しながらつぶやいた。

 ワルサーPPKの弾倉マガジンに9×17ミリ弾を込めて装填して残りはショルダーバックに隠す。茶色のミリタリージャケットにジーンズを履いて、本格的に暗殺や拉致を遂行する際は黒いキャップ帽を被るようにした。

 いくら巧妙に偽造された免許証など身分証明書を持っているとはいえパトロール巡回中の警察官に職務質問されたら厄介なのは変わらないし、何よりも偽造したのをバレたら尚更まずい。極力、警察から職務質問されないように交番や警察署付近を迂闊に近づくのは辞めておこうと決めて標的がさんでいると思われる場所へ向かった。

 今回の標的は秘密警察とも言われる国家治安維持局に所属していた元大佐で3年前に脱北をした男性だった。3年前に非合法の脱出請負人を伝って見事な南への逃亡を果たしたのだが、北日本当局は当たり前ながら彼を裏切り者扱いして拉致、もしくは暗殺の対象となり拉致された場合は強制的に連れ戻されて公開処刑されるのは確定だった。

 標的の名前は嶋村昌幸しまむら・まさゆきで脱北して2年間は日米両国の南側に保護をされてから3年経った今は脱北者支援、自己啓発セミナーを開いて日本社会民主共和国の体制批判や権力構造について批判をしていて完全にかつての祖国の当局から粛清対象になってしまっていたのである。しかし、彼はその事に全く気づいていなかった。

「あれから3年、逃亡した事に関することは話題にならなくなったし、ほとぼりが冷めたと高を括っているに違いないな。」

梶山は独り言を言いながらワルサーPPKに消音器を銃口に取り付けて構えて違和感ないか確かめる。

 バスに乗ってそのまま標的が住んでいると思われる市街と田舎の間にある地域へ向かい、途中で降りてから歩き続けた。

 10月なのもあって枯葉が落ちてきており、山岳部では紅葉が目立つようになり自然風景としては祖国である北日本と変わらない美しさも感じる。しかし場所は敵地も同然だし、ここを無血占領できたらどれだけ良いかも考えたがどうやら、そうは行かないみたいである。装備したワルサーPPKで最悪、射殺する可能性すらあるからだった。

 既に浸透した工作員から連絡員へ中継した情報によれば標的の嶋村は配偶者に先立たれて、今は独身だった。てことは身寄りがいないから万が一、死んだとしても気づかれるまでに時間がかかるし、よほど証拠でも残さない限り南で捕まる心配も無さそうだった。

 教えられた通りの場所まで行くと意外と田舎な場所で隠居生活するに最適そうな場所と感じた。

 「街中でどこの誰が刺客か分からないよりはマシかもな。どの道命日になるまで時間の問題だがな。」

梶山はそうつぶやいてバッグを確認して、嶋村宅と思われる住居を調べた。

 周囲に誰も人がいないか確かめてから嶋村宅を周って確かめて、残りは遠くから帰宅するのを隠れて張り込んで待つのみ。ちょうど見晴らしが良い場所にガスボンベがあり、できれば狙撃銃が欲しい。直接手を下すより事故に見せかけて消した方が早いという判断だった。

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同じ空の下の分断 世にも奇妙な世紀末ぐらし @pinkktty

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