第2話 国境⑵

 日本分断後、ソビエト連邦影響下に置かれる事になった日本社会民主共和国、通称=北日本は社会主義であり共産主義の国ではあるがドイツ民主共和国(通称=東ドイツ)と同等にアジアで成功した社会主義の先駆者と言われるほどそれなりに発展はしているようだった。

 その通り、政治体制はソ連型と中国型などの社会主義体制を取っているが一党独裁制では無いと当局は言っているが、公約としては多岐にわたる社会主義、共産主義、反日帝主義、反米主義、ソ連派、中国派、主体思想派などを取り入れている政党しか残っておらず、実質的にソ連と中国、北朝鮮をトッピングしたように社会主義陣営で染め上げられた権力に支配されているも同然だった。


同年同月

国境地帯 日本社会民主共和国(北日本)サイド


 北側の宮城地区と山形地区を隔てた前哨警備区域は分断して対立している日本民国(通称=南日本)の自然風景や巡回している南日本兵、時には軍用トラックやジープなどが見える時もあった。

 前哨警備区域の軍事施設である分屯基地には日本人民軍の兵士とソ連軍の兵士が常駐しており、たまに東ドイツの国家人民軍の将校や国境警備隊幹部達が研修で視察に来る程度だった。

 ヨーロッパの共産圏の中で東ドイツ国家人民軍が頻繁に来るのは同じ分断国家にして歴史的にも同じ境遇の北日本の方が活動や方向性、方針などを参考にしやすいのだろうと日本人民軍上層部は推測した。

 日本人民軍兵士である錦城勇太きんじょう・ゆうたは徴兵されてから希望任地・部隊は北海道の美唄基地を熱望していたが、当てが外れて運悪く前線である山形地区と宮城地区の境目に所在する中央国境警備隊の配属になった。地獄の山岳戦訓練を乗り越えて晴れて隊員となった今、希望から外れたとは言えど馬鹿を言い合える同期に先輩兵士、そして異国から国境へ飛ばされてきたソ連兵のお調子者具合も嫌いではなかった。

 同期の河中礼二かわなか・れいじは錦城の隣に近寄ってきた。2人はちょうど警戒勤務から交代して憩い室で軽く休憩を始める。

 憩い室とは同じ兵士同士で談笑や煙草を吸ったり、同盟国兵士と交流して親睦を深めるために造られた部屋であり上官に見つからないようにソ連兵の同級が持ってきたウォッカを飲む時もこの部屋を使っていた。飲む時期はもちろん冬で凍えそうな時の唯一の楽しみである。

 「徴兵期間の終わりが見え始めたら進路はどうする?」

錦城は河中に今後のビジョンについて質問してみた。

 「俺か?まあ、どっかの国営工場なり、人民食堂の裏方で働くなりで漠然とした状態で分かんねえ。」

河中はまだ進路を見出せていないようだった。

 「最悪、俺も俺で下手したら軍隊に残るしか選択肢が無いかもだし、そうなったら北海道とか津軽近辺希望出してみる事にするよ。出来れば普通に工場で働くなりで平凡に生きたいな。」

錦城は外の景色を見ながら話を続けた。

 山形の10月は紅葉で綺麗で敵である南日本と呼ばれている日本民国も同様だった。

 日本人民軍兵士である北日本兵達はソ連軍と同様のデザインで緑を基調とした迷彩服を着ており、ソ連から回ってきたと思われる軍用ヘルメットに革製の腰ベルトに革製サスペンダーを身につけていたり、世界的にチェストリグと呼ばれている胸当て型弾納装備を装着していたりしているのが一般的だった。ソ連軍も同じでアフガンカと呼ばれる薄い茶色の野戦服を着ていたり、緑や茶色を基調とした薄いフローラ迷彩にした被服も着ている。そして、それぞれ個人装備火器としてAK47を国産にライセンス生産した60式自動歩銃(JPAC60)を装備していた。

 開けた場所や整備された道においてソ連で量産されている小型軍用車両UAZ《ワズ》469が走行しており侵入者又は逃亡者を発見次第、後部に搭載された分隊支援火器であるRPD軽機関銃で威嚇もしくはその場で射殺する役目をしていた。

 朝6時と夕方17時になると日本社会民主共和国プロパガンダ放送が響き渡る。

 錦城ら北日本兵達はフェンスの点検に向かい、ワイヤーカッターで切断されたり、掻い潜るための道を作られていないかを確認をした。

「確実に隅々まで見るようにしておけ。南のスパイが潜入してきたりする場合があるからな。こないだ別の哨所で南のスパイを捕まえたという報告も出ている。そして偶然の確率とはいえ、そうそうないが米帝のスパイまで潜り込んでくるという話まで出ている。油断はするなよ。」

中堅の兵士が錦城を含む若い兵士に注意を促した。

 中堅の兵士の名前は熊田雅文くまだ・まさふみで階級は下士でつい最近、兵長から下士へ昇進している。射撃が得意で尚且つ、細かい兆候にも気づく洞察力も優れており現場では分隊の指揮官を任されていた。

「あ、それとフェンスが無いエリアもあちらこちらにあるが下手に足を踏み入れるなよ。地雷を埋設しているからな。俺らも南の軍も。」

熊田下士は途中でフェンスが途切れた場所を指を指しながら忠告をする。

 「じ、実際に爆裂して死んだ人はいるのでしょうか?」

河中は緊張気味になって熊田下士に聞いてみた。

熊田下士は一瞬だけ振り向いた。

 「お前らが入ってくる前にいたさ。南に逃亡しようとしたアンポンタンがな。男だったし兵役についてるからないだろうと思うが、こう言った環境条件に慣れていないのと、何より都会のぬるま湯にいたからまさか地雷が埋められているなんて知らないだろうしな。」

熊田下士は南の方を向きながら話した。

 「町の部隊にいる連中はここの現場の事知らないのですか?」

錦城も気になったことを問いかけた。

 「同胞とはいえベラベラ教えてたら逃亡したくなった際、寝首かかれて対策されるだろう。同じ人間、同じ国家に仕える者とはいえ安易に下手に信用するわけにはいかないもんさ。」

熊田下士は冷静に答えた。

 確かに北日本側といえどフェンスが無い場所が所々にあるが実際、それは罠で通り抜けようとしたら地雷を踏んで御陀仏になるという仕掛けだった。地雷が爆発するたびに工兵部隊が出動して埋設方法を変えたり、地雷の位置をランダムに変えたりしているのである。爆発死するのは大半は北から脱出しようとする逃亡者で死後の姿はとてつもなくここでは説明できないほどグロテスクだった。たまに鹿や猪が爆裂して粉砕される事もある。

「もし、俺らが裏切って南へ逃げたらどうなるとか上層部の人達は考えているのですかね?」

河中は他に気になっていた事を聞いた。

 「当たり前さ。謀反起こさないようにするために国家偵察局と言う諜報部の連中がどこからか俺らを監視しているのさ。ただ今まで隠れてソ連のウォッカに東ドイツのビールを飲んでいてもバレていないつもりでいるだろ?それも実は見られているが、任務に支障がなく問題起こさなければ良しと言うことで連中も俺らに関して大目に見てる。いわゆるガス抜きということになるな。あと敵から渡ってくる物ではない事が幸いしてるからな。」

熊田下士は実は国境警備隊全員、監視されている事も告げた。

 基本的に国家偵察局の要員もたまに熊田下士や他のソ連軍士官、下士官と酒を飲んでおりそれらは完全に暗黙のルールになっていた。ただ、南からのスパイや特殊部隊が潜入してきて、すんなりと入れてしまい原因が確実に酒で酔い潰れていた事だと発覚したら厳罰は免れられないしスパイや特殊部隊を捕獲するかその場で排除するなどの汚名返上でもしない限り、ほぼ命はないも同然である。その点、国境警備隊はメリハリがしっかりした人間でないと務まる仕事ではないのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る