第29話 ダイスの神の苦戦


 そして始まる第三ターン。

 刹那の手には汗。

 幾ら育枝の前では格好を付けたとは言え、この状況下で全く緊張しないわけがない。

 失敗すればその時点で負けが確定するのだから。


 四つのダイスが宙を舞いフィールドに落ちて行く。


「悪いがここから先俺もギアを上げていく」


 僅かな感覚を頼りにグラサイの重心を変化させ、狙うべき出目を選出していく。


「悪いが、お前では俺の運命から逃れる事はできん」


 その言葉が刹那と育枝の確信へと導く。

 今からアギルが魔法を使うと。

 育枝の綺麗な瞳がアギルの行動全てを捉える。


 刹那のダイスが一つ不自然な動きを始めた。

 これが魔法。

 本当に厄介極まりない。

 だが――。


 ダイスの神相手に二度も三度も同じ手が簡単に通じると思わない方がいい。


 ――瞬間。

 三つのダイスが運動エネルギーを失い止まり、刹那のダイスだけが遅れて止まる。


「……どうなってる?」


 結果に驚くアギル。


「おっ、ラッキー。お前もしかして微調整間違ったの?」


 わざとらしく、挑発をする刹那にアギルと唯が顔を見合わせ驚いている。

 出目固定ではなく、回転を利用した出目操作なら対処方法はある。

 それがこれ。


「確率論において絶対は存在しない。魔法においてもそうだ。お前達の使う魔法が史実通りだとするならば、魔力量を調整したのち上手く対象に魔力を送り込み命令する事で効果を発揮している。ならもしお前が少しでも魔法効果対象の形状や荷重を間違えればそれは上手く発動しない。違うか?」


 あたかもアギルの方に問題があるかのような発言。

 イカサマを使ったと言う事実ではなく、他の問題点や可能性を提示させることで相手の認識をすり替えたり遠ざけていく技――ミスディレクション。

 魔法みたく派手さはないが、イカサマありの勝負においてはかなり強力な武器となる。


「……そんなはずない。お前さてはイカサマしたのか? もしそうならこの世界のルールに基づきお前の負けだが?」


 疑問が頭から離れないアギルの言葉を聞き流して。


「人聞き悪い事言うなよ、お前。俺達が魔法を使えないと一回でもお前に宣言したか? 魔力を感知できないから魔法を使えない。それは野暮ってもんだ。だろ、育枝?」


「そうだね」


 ブラフを織り交ぜる事で、あたかもそれが本当のように演技する刹那と育枝。

 どんな勝負においても自分が不利になったらすぐにイカサマと言う者がいるが、要はそれを証明出来なければただの根拠がない相手の我儘でしかない。


「んで、どうだった?」


「ソーリーワンモアチャンスプリーズ」


 ノリは良いが、こちらの結果はいまいちだったらしい。

 なぜに英語と疑問に思うが、流石は異世界。

 相手の反応を見る限り上手く言葉の意味が通じていないらしい。

 とは言っても刹那も育枝も英語が得意なわけではないので、片言で簡単な英語しか話せないことから正直英語だけでの会話は難しい。


「オッケー」


 二人が会話をしているうちにどうやらアギルと唯は出目をステータスに振り分け終わったらしい。


「ユーズアマジックフォーガール。ダブルアタックガール」


 その言葉に頷く刹那。

 つまり唯がこちらのアバターを見たから魔法を使ってくる可能性があるから気を付けろ、と育枝は言いたかったのだ。

 それと攻撃相手の選択。

 魔法が見極められないなら、倒せる相手からという、育枝のメッセージ。


 出目から最善手を即座に導き出し、ステータスを振り分けていく。


「なに? あの暗号文は……」


 英語の翻訳が出来ない唯が表情を曇らせる。

 ステータス振り分け終わった刹那は不敵に微笑みながら唯に語りかける。


「俺達の世界に魔法はないと誰が言った? 魔力を媒体にしない魔法だって異世界にはある。なぜそのことにまだ気づかない? 俺のダイスの出目が百。そんなに警戒するなよ。ゲームはまだ始まったばかりだぜ?」


 その言葉は目に見えない刃となりアギルと唯の喉元に突き付けられる。

 反論することは不可能。

 もしするなら刹那が言う魔法をイカサマだとしっかり証明しなければならない。

 だけど脳裏に魔法かもと疑念を抱いた時点で思考把握は終えたようなもの。

 後はイカサマと言う概念から視線を逸らし続ければ刹那のイカサマは魔法として成り立つ。


 頬を引きつらせるアギルと唯を無視して、戦闘ターンへとゲームが進行していく。


 育枝の出目は六十九と良くも悪くもない数字だった。

 唯のアバターの攻撃を躱し、攻撃力の一割のダメージを華麗に決める。

 スキルカウンターUP【小】の効果だ。

 唯のHPゲージが二減る。


「甘いわ」


 だが唯の魔法が発動し、カウンターで受けたダメージ分育枝のHPゲージを減らす結果となる。

 負けじとすぐに育枝のアバターが攻撃し唯のHPゲージを五減らした。

 続いてアギルの攻撃ターンがやってくる。

 狙いは刹那のアバターではなく育枝のアバター。


「なるほど、そうきたか……」


 舌打ちをして、育枝祈る。

 ここでHPが全損しないことを。


「敢えて一人を狙い脱落させる。その後二人で一人を狙うか……」


 合理的な手段だと納得する刹那。

 育枝のHPゲージがさらに十四減る。

 その後、刹那に攻撃の順番が回ってくる。


「いい手段だ。だけどなそんなに焦るなって。さっきも言ったがゲームはまだ始まったばかりだからよ。それと今の育枝の攻撃でわかったがお前の防御力は十九か?」


「それが?」


「あの時と言いお前は短長すぎる」


「なにが言いたいの?」


「お前は『ダイスゲーム』の本質をわかっていない。お前の出目は八十四とかなり良かった。そこでお前はスキルにポイントを振り分けずに己の魔法をスキルの代わりに発動する事で優勢だと思い込んだ。それは間違いだ。この世界において俺は学び気付いた。スキルの代わりが魔法じゃない、魔法の代わりがスキルだと言う事に」


「……何がいいたいの?」


「まだわからないか? 育枝に勝つ確率八十五パーセントを取れなかった時点でお前の負けだと言う事が、つまり――」


 その言葉に反応して雄たけびをあげる、刹那のアバター。


「ウォォォォォォォ!!!」


 狙いは唯のアバター。

 一度対戦し手の内が少しでもバレている方から狙う。

 攻撃力七十の一撃が唯の防御力十九を貫通し五十一のダメージを与えた。


 不敵に微笑み、


「――チェックメイトってことだよ」


 と宣言する刹那の微笑みは相手からしたら恐ろしく感じる物だった。

 狙いは同じだった。

 相手のどちらかを一方を先に倒し、自分達が有利な展開を作る。

 だけど刹那達の方が一歩早かった。

 その光景に城内街中問わずして大歓声が聞こえてくる。

 異世界人がアギルの従者を先に倒し優勢になった。

 その事実に多くの者が喜びを得る。


「「「「「オォォォォォォ!!!」」」」」


 空中の文字が一つは『勝利者刹那&敗北者唯』と一つは『第四ターン』と表示され、それぞれのプレイヤーへと戦闘結果ゲーム進行の告知を行う。

 脱落し強制的にゲームから退場となった唯。

 これで刹那と育枝の望む形になった。

 だけど――。

 二人の表情はすぐに曇り始めた。

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