第63話 不器用な初デート −後−
さて、あれから数十分後。ショッピングモールのフードコートにて。
桜子ちゃんは俺が買ったいちご抹茶クレープを頬張りながら、ふてくされていた。俺は彼女と向き合う席に座って、チョコバナナクレープを食べている。
彼女が沈んだ声色で、ぽつりと呟いた。
「もうお嫁に行けません」
「じゃ、俺が責任取ろうか?」
「ふざけたこと言わないでくださいっ」
ふざけていたつもりはなかったが、彼女にキッと睨みつけられた。ちなみにあまり迫力はない。むしろ、あざとい上目遣いにも見えて可愛い。今そんなこと言ったら怒られそうだけど。
俺は「ごめんって」と謝るも、彼女の機嫌が直る気配はなかった。これが噂に聞くシュラバというやつだろうか。
彼女がご機嫌斜めになってしまったのは、俺らがショッピングモールに到着して最初に向かったランジェリーショップでのことだ。
店への道中、恥ずかしがり屋の桜子ちゃんは、たびたび「やっぱ帰りましょ?」と言ったり、足に力を入れて無言の抵抗をしたりとしていた。このときから、きっと気分は良くなかったのだろう。
店内では俺は、ただ付き添う形で口出しなどはせずに、彼女にパンツを選ばせていた。そのままひとりで選んで買うだけだったら、彼女はこんなにいじけずに済んだかもしれない。
が、店員さんがフィッティングとやらを勧めてきたのが運の尽き。なんやかんやで、彼女のバストサイズが俺に知れてしまったのである。
俺がそれについてとやかく言うつもりはないが、桜子ちゃん本人は、胸の大きさにあまり自信がなかったらしい。具体的な数値を俺に知られたことで、ものすごく落ち込んでいた。
泣きそうな彼女をどうにか慰めて、何色がいいかと問われた俺が「白」と答えたあと、彼女は素早く白色の下着を選んでいった。普通に生活するのに必要そうな分を、上の下着も含めて購入することはできたが、彼女は買い物を終えても沈んだままだった。
初デートをどんよりした雰囲気で終わらせるのは嫌だと、俺は彼女をフードコートに連れていった。なにか美味しいものを食べれば元気になってくれるのではないかという安易な考えによってのことだ。しかしクレープを食べても、彼女の機嫌はあまりよろしくないままである。
「桜子ちゃん。クリーム口の端についてる」
「どこですか」
「ここ」
俺は彼女の口元に手を伸ばし、ついていたクリームを拭った。
ぽっと頬を赤くした彼女は、間髪入れずに「それ、絶対舐めたりしないでくださいね」と言ってきた。俺はおとなしく指についたクリームをティッシュで拭き取る。彼女がおもむろに俺に話しかけてきた。
「……あのぅ、先輩? こんな、お金使って大丈夫なんですか?」
「大丈夫だから使ってるんだよ」
「他人にこんなにお金使うなんて、どうかしてます」
「デートだし、他人って言っても彼女じゃん」
「不躾かとは思いますが……あの、どこからお金湧いてるんですか?」
「お年玉とお小遣いとアプリの広告費かな」
「お年玉って実在したんですね。ところで広告費って?」
「フツーにテキトーにプログラミングしてアプリ作るだけだよ。放置ゲーとか、簡単なアクションゲームとか。姉貴がWEBデザイン系の仕事してるから、俺も興味持ってさ、それで始めた感じ。わりと楽しいよ」
「……へえ」
桜子ちゃんは引きつった顔で頷いたあと、黙々とクレープを食べきった。俺も食べ終えて、ふたりでクレープの包み紙をごみ箱に捨てる。フードコートから出て歩いていると、彼女がふいに口を開いた。
「先輩、別れましょっか」
「はっ?」
俺が驚きの声を上げると、繋いでいた手がするりとほどかれた。彼女のぬくもりが離れていく。
今日付き合いはじめたばかりなのに、彼女は何を言っているのだろう。言われた瞬間にはそう思ったが、思い返せばそもそも彼女はこの交際に乗り気ではなかった。デートをしてみて、俺のデリカシーのなさや甲斐性のなさに幻滅したのかもしれない。
彼女が俺を嫌うなら、無理に付き合わせるのはよくないだろう。そばにあるゲーセンの音をうるさく感じながら、俺は別れを切り出した理由を尋ねた。
「えっと、なんで別れたいのか、教えてもらえるかな」
「住む世界が違うなぁって思ったんです」
「住む世界が、違う?」
「花咲先輩は、かっこいいし頭良いしスクールカーストも上位。一方私は平々凡々な容姿に先輩と比べたら残念な脳味噌で、スクールカーストは底辺。おまけに経済状況の差も著しく、とても対等なお付き合いができる人間ではないと判断しました」
彼女がつらつらと述べ、最後ににこりと笑う。完全な諦めの笑みだった。
「さようなら、花咲先輩」
「いや、ちょっと待ってよ」
「まだ何か?」
なにが『まだ何か?』だ。このまま君が立ち去れば俺は、誰が着るでもない女物の下着を家に持ち帰る羽目になるじゃないか。そんな小言が口をつきそうになる。
たぶん俺らの関係は、うまくは進まない。彼女が言うように、俺と彼女とでは、いろんなことが違うのだ。
それでも彼女を放っておけない。誰かがそばにいないと、誰かが何かしないと。彼女は、きっとまた自殺してしまう。だから俺はどうにかして、彼女を繋ぎ止めていないといけない。
最後に会った日の笑顔と、約束と、後悔を。俺は今も忘れられずにいる。
「桜子ちゃんは、俺のこと嫌いになった? それなら仕方ないけど、そうじゃないなら、俺は別れたくない」
「……嫌いじゃないです、けど」
「なら、別れないようにしよう。桜子ちゃんは本気で別れたいかもだけど、俺は別れたくないから。もうちょっとだけ付き合って。ね?」
彼女はしばらく黙ったあと、泣きそうな顔でこくりと頷いた。そっと俺に歩み寄って袖口をつまんで、「別れようって言ってごめんなさい」と言う。
生まれた環境が、歩んできた道のりが。俺と彼女とでは、あまりにも違う。
なんとなく、近いようでいて遠い。うまく心が通わない。俺も彼女を好ましく思っていて、彼女も俺のことが好きだと言うのに、奇妙なずれがふたりの間にはあった。
彼女を家まで送って、手を振って別れる。一回目の時の最後の彼女よりも控えめに、桜子ちゃんは笑った。
一日で怒濤の展開だったが、五月十八日の木曜日、紫月 桜子を、俺は「桜子ちゃん」と呼ぶようになった。桜子ちゃんは、俺の彼女になった。
ふたりでショッピングモールに行って買い物をして、クレープを食べた。彼女のノーパンライフは、今日でおしまいになったはず。
うまくできている自信なんてない。彼女が今回は自殺しないという確証は、ない。それでもどうにか前向きに考えて、日々彼女を笑わせることを考えた。俺は恋人として彼女の隣にいた。
このときは、こうして彼女の隣にいられたんだ。
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