第3話「クレイジーマッドボーイ」

 彼が現れてからのフードコートは、まるで時間が止まったようだった。

 可憐で天使のような白石さんを囲むゲスな不良A、B、C。情けなく床に倒れる僕、平良一成。

 そして、いきなり現れた青い瞳の銀髪の少年。

 少年は不良達に指を差す。

「もう一度言う……。その子を離せ」

 不良達三人は呆然としている。白石さんも。

「なんだ、お前?」

 不良Aがだるそうに言う。

 少年は表情を変えることなく、また口を開く。

「……もう一度言うぞ。その子を離せ」

「るっせーぞ、こら!!さっきから、何回同じこと言ってんだ!!ボケ!!」

「さっさと失せろ!!じゃねーと、てめーもぶっ飛ばすぞ!!」

 不良Bと不良Cがそう言うと、

「……」

 少年は黙った。どうしたんだ、急に?

「オイオイ、急にビビっちゃたのか?だっさ!」

 不良Aの不快な笑いが、また響く。

 すると、少年は自分の手を見つめた。

 そして……。

「1、2、3……」

 指折り数え始めた。

 ……。

 なんだか、だんだん変な空気になってきた。

 まさか、何回同じこと言ったか数えているんじゃないよな?

「3回、同じこと言ったぞ」

 少年がそう言うと、この場に居た全員がポカンとした。

 まさかだった。彼は自分が何回、同じことを言ったか数えていたのだ。

「……もう一度言う。その子を離せ」

 4回、同じことを言った。

「ふざけてんのか、てめぇ!!コラァ!!」

 額に青筋を立てた不良Cが少年の前に詰め寄る。

 だが、少年は怯まず、不良Cと向かい合う。

 不良Cが拳を鳴らす。

「おい、てめー!今ならまだ許してやる。さっさとここから去りな」

 全くもって、その通りだ。あの不良Cから殴られたら大変だ。僕みたいな目に遭う。

 不良Aと不良Bはニヤニヤ笑っている。

 だが、少年は微動だにしない。

 何してるんだ、早く逃げろよ!

 すると、少年は耳を疑うようなことを言った。いや、正しくはまた言った。

「……もう一度言う。その子を離せ」

 ……。

 なにをいってるんだ、おまえは。

 再び、この場に居た全員がポカンとした。

 そして、少年の言葉は不良Cの怒りを爆発させるのには十分だった。

 不良Cの額の血管が浮き上がり、ビキビキと脈を打っている。これは明らかに怒っている。

「ざけてんのか、ゴラァああああ!!?」

 不良Cは拳を振り上げた。ヤバイ!思いっきり、少年をぶん殴る気だ。

「キャッ!!」

 思わず、目を背ける白石さん。

 不良A、Bは笑っている。

 だが、少年は全く微動だにしない。ただ無表情で立っている。

「オラァ!!」

 不良Cの拳が彼の顔に当たった。

 激しい激突音。バキっ!とまるで乾いた木が折れるような音がした。

「ひぃい!!」

 僕は思わず、目を閉じた。

 ……。

 しばらく、沈黙が流れた。

 あまりにも静かだったので、僕は恐る恐る目を開けた。

 それは不思議な光景だった。

 殴られたはずの少年は無表情で、平然と立っている。

 そして、彼を殴ったはずの不良Cは……。

「ぐああああああ!!いてぇ!!いてぇ!!」

 苦痛の表情で右手を押さえ、叫びながら床を転げまわっている。

 なんだ?なにが起きたんだ?

 白石さんと不良A、Bもなにが起きたのかわからないようで、大きな体を床に転がして痛みに喚く不良Cを見ている。

 殴ったのは不良C。殴られたのは、あの少年。それは間違いない。

 だけど、なんで殴った方が痛がって、殴られた方が無表情なんだ?

 不良Aが叫ぶ。

「てめぇ!なにしやがった!!」

「そいつに殴られただけだが……」

 少年は当たり前なこと聞くなよ、と言いたげな顔だった。

 だが、殴られたとは言っているが、殴られた人間の顔をしていない。どこも腫れてないし、傷もない。

 銀髪の少年は床を転がる不良Cを避けて、歩き出す。

 ……銀髪の少年?

 この時、僕は思い出した。

 朝の出来事を。あのモヒカンファイブとかいう連中に絡まれた時、メンバーの一人、モヒカンピンクが血まみれで現れた時のことを。

 ボロボロになったモヒカンピンクは弱々しく、こう言っていた。

「銀色の髪の男……」

 まさか!?今、ここに居るあの少年がモヒカンピンクの言っていた銀色の髪の男なのか!?

 少年は徐々に不良Aと不良Bに詰め寄る。

「何度も言うが、その女の子を離せ……」

 不良Bは白石さんから手を離し、突き飛ばした。

「きゃっ!」

 床に倒れる白石さん。

 それを見て、少年の顔が険しくなった。

「おい、お前。その子に謝れ。痛がってるぞ」 

「うるせぇ、この野郎!!」

 不良Bは拳を握り、少年の顔を殴った。

 バキッ!!また乾いた木が折れるような音がした。

 今度はばっちり見た。やっぱりだ。

 殴られた少年の顔は、まるで何事もなかったかのように無表情。傷一つもない。

 一方、彼を殴った不良Bの方は……。

「うぎゃああああああ!!!」

 思わず、目を逸らしたくなるグロテスクな状態だった。

 不良Bの拳がぐちゃぐちゃになっていた。骨が砕け、槍のように尖って皮膚を突き破っている。拳からピューピュー血を飛ばしている。

 不良Bも不良Cと同じく、拳を押さえ、悲鳴を上げて床を転げ回った。

 少年は、無表情で不良BとCが痛がっているのを見つめる。

 なにが起きたか、だんだんわかってきた。

 この少年……。とてつもなく……いや、僕らの想像を超えるレベルで身体が頑丈なんだ。

 僕は床に倒れる白石さんの元に駆け付けた。

「白石さん、大丈夫!?」

「う、うん……」

 白石さんは怯え、震えている。

 不良Aも苦痛の声を上げる仲間達の姿を見て、怯えて震えている。

「な、なんなんだよ、てめぇ!なんなんだよ!?」

 少年は無表情だ。それが返って、不良Aを刺激している。

「なんなんだよって……なんなんだよ?」

 少年はわざと煽ってるのか、それとも天然なのか。なんで、こうも微妙なさじ加減で相手を刺激させるんだ?

「ふざけんなぁ!!」

 逆上した不良Aは学ランから、光るなにかを取り出した。

 嘘だろ……。いくら不良とはいえ、そんなものを持っているのか!?

 僕と白石さんの顔が青ざめる。

 不良Aの手には、バタフライナイフがあった。刃先が長い。あんなので刺されたら……。

 だが、少年はナイフを見ても、動じない。

「……ナイフをしまえ。危ないぞ」

「うるせぇ!!」

 不良Aがナイフを震えながら握っている。

 ナイフを向けられている側は動じず、逆にナイフを握っている側が震えている。

 絵面が逆だ。だが、それ故に危険だ。

 刃物を持った人間の精神が不安定だと、なにが起きるかわからない。

 少年が不良Aに向かって歩き出した。

 バカか!なんで、刃物を持った人間に向かって歩き出すんだよ!?

「……もう一度言う。危ないから、しまえ」

「うるせぇ!うるせぇ!!」

 ナイフを振り回す不良A。完全に自分を見失っている。

 ああ、もう見ていられない!ヤバイ!

 不良Aはナイフを強く握りしめた。刃は少年に向けられている。

「ぶ、ぶっ殺してやる!!」

 そして、不良Aは走り出した。

 しかし、少年は動かない。

「や、やめろぉおおーーー!!!!」

「きゃああああーーー!!!」

 僕と白石さんは叫んだ。

 鋭いナイフが少年に迫る。

 僕と白石さんは耐え切れず、耳を塞ぎ、目をつぶった。

 なにが起きているのかわからない暗闇の世界に、僕らは逃げた。

 沈黙が流れる。

 一瞬が数分にも、数十分にも感じられた。

 一体、今なにが起きているのか……。凄惨な場面が頭に浮び、吐き気がした。

 だんだんとこうして目を閉じ、耳を塞いでいる方が怖くなってきた。

 僕は耐え切れず、恐る恐る目をゆっくり開けた。

 ……。

 ……アレ?

 またもや予想外の光景に、僕は目を大きく開いた。

 あの少年が居なくなっていた。

 そして、不良Aはガタガタと震えて、床にへたり込んでいる。

 奴の手にナイフはない。

 なにが起こったんだ?あの少年はどこへ行ったんだ?

 未だに不良BとCは床を転がっている。

 いつの間にか、フードコートの周りには多くの野次馬たちが居た。さっきまで見て見ぬフリをしていたのに。

 なんだ、これ?まるで状況がよくわからない。

 だが、このまま、この場に居るのはマズイと思った。

 僕は耳を塞ぎ、目を閉じている白石さんの手を掴んだ。

「い、行こう、白石さん!!」

「え!?」

 なにがなんだかわからない様子で目を開く白石さん。

 僕は彼女の手を握って、その場から走り出した。

 人混みをかき分け、僕と白石さんはショッピングモール内を走った。

 この時の僕は無我夢中だった。更に眼鏡を拾うのを忘れていたので、床に点々と赤い血の跡があったことに気づかなかった。



 外は、すっかり夕陽に染まっていた。

 ショッピングモールから出ても、僕と白石さんは走った。

 そして、国道沿いのコンビニの前で足を止めた。

 こんなに走ったのは、何年ぶりだろう?呼吸が乱れ、体中から汗が出てきた。

「平良君、大丈夫?」

 心配する白石さん。僕は息を切らしつつ、

「う、うん、だ、だいじょ、ぶ……」

 と、途切れ途切れに言った。

 白石さんは少しだけ汗を流していたが、まったく息を切らしていなかった。ずっと僕と一緒に走っていたはずなのに……。

 そういえば、白石さん。小学生の頃、マラソン大会でいつも上位だったな……。

「あ」

 この時、あることに気づいた。フードコートを走り出してから、ずっと僕は白石さんの手を握りっぱなしだった。

 思わず顔が真っ赤になり、慌てて白石さんから手を離した。

「あっ!ああっ!!ご、ごめん!!つ、つい!!こ、これは別にやましい気持ちとか……いや!そういうんじゃなくて……」

 僕はアタフタと弁解していたが、白石さんの視線は僕の方を向いていなかった。

 白石さんは目を大きく開いていた。

「あれ?どうしたの?」

 僕は白石さんの視線の先に目を向けた。

 ……!?

 思わず、目を疑った。

 あの銀髪の少年がコンビニの前に立ってた。

 僕は驚きすぎて、なんで?どうして?何故ここに?という数々の疑問で脳内が渋滞した。

 白石さんも混乱している様子だった。

 すると、少年の方も僕達に気づいた。

「ん。お前らはさっきの……」

 僕と白石さんは愕然と少年の姿を見ていた。

 彼の右手には、真っ赤な布が巻かれている。いや、元々は白い布だったのかもしれない。だが、その布は血が滲んで真っ赤になっていた。

 右手を怪我したのか?しかし、少年は特に気にしていなかった。

「え!?」

 僕は少年の左手を見て、戦慄した。

 少年の左手には、不良Aが握っていたはずのバタフライナイフがあった。

 ナイフには血がべったり付いており、血が乾いて固まり、黒くなり始めていた。

 なんで!なんで、少年があのナイフを持っている!?

 ……。

 まさかと思った。でも、少年の右手が血塗れになっているから、そうとしか思えなかった。

 あの時……不良Aが少年をナイフで刺そうとした時、彼は右手でナイフを止めたんだ。ナイフを自分の右手に突き刺させて。

 僕には信じられなかった。あえて、自分の右手を犠牲にしてナイフを防ぐなんて……。

 なんなんだ、この銀髪の少年は……。一体、何者なんだ……。

 春の風が吹いた。冷たい風だった。僕の身体が震え出す。

 少年は赤黒くなったナイフを見つめると、急に視点をコンビニの方に向けた。

 コンビニの前には、燃えるゴミ、燃えないゴミ、ペットボトル、缶と表記されたゴミ箱が並んで置かれている。

 少年は銀色の髪を風になびかせ、口を開く。

「なぁ?ナイフって、燃えないゴミ箱に捨てていいのか?」


 この少年は、狂ってる……。

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