第2話「銀色のアイツがやってきた」
いきなりモヒカン達に囲まれ、いきなり血まみれのモヒカンが出てきたりと、いきなり朝からありえないことが起きたせいか、急いで学校に向かっても入学式はもう終わっていた。
僕は入学して早々やらかした。
教頭から説教を受けた後、僕は自分の教室に行き、席に座った。
朝からいろいろありすぎて、脳内が渋滞している。
だが、何故か『銀色の髪の男』のことが気になって、ぼーっと考えていた。一体、何者なんだろ?その銀色の髪の男がモヒカンピンクを血塗れにしたのか?
「平良!平良一成!」
野太く大きな声で自分の名前が呼ばれると、僕は現実に戻った。
「え!あ、は、はい!!」
僕は思わず席から立ち上がって、大きく返事をした。
教室の黒板の前。角刈りで筋肉質なジャージ姿の男が立っている。どうやら、この人が担任のようだ。
黒板には「
「立ち上がらんでもいい!名前を呼ばれたら、すぐに返事をしろ!」
イライラした表情で角刈りを指で掻いている。
怖そうな担任だなぁ……と思いながら、僕は椅子に座った。
椅子に座ってから、改めて周囲を見渡した。
……。
ガムをクチャクチャと噛んでいる耳と鼻にピアスをした男子生徒。足を机の上に置いているサングラスをかけたリーゼントの男子生徒。人相の悪いスキンヘッドの男子生徒。何故か、木刀を構えている目つきの鋭い女子生徒……など。教室にはたくさんのガラの悪い生徒……いや、不良の皆さんが席に座っていた。
ぼーっとしていた気づかなかったが、僕の席は一番の後ろのド真ん中。自分で言うのもなんだが、眼鏡以外なんの特徴もない僕が、なんか逆に一番目立ってしまっている。
まるで今の僕の状況は、ライオンの群れの中に入れられたキャットフードじゃないか……。
僕は思わず、頭を抱えた。
ん?
ふと、自分の右手側に目をやる。隣の席には誰も座っていない。
入学式早々、いきなりバックレたのか?
更に、左手側の窓際に方に目を向ける。
窓際の一番後ろの席。赤いパーカーを着た金髪の少女が、机に頬杖をついて退屈そうに座っている。
少女は金色の髪の毛を後ろに束ね、パイナップルみたいな髪型になっている。パイナップルヘアーって言うのか?
こちらからは横顔しか見えないが、その横顔だけでも美人さんなのがわかる。
すると、彼女は僕の視線に気づいたのか、こちらに顔を向けた。
僕と彼女の目が合う。グリーンの瞳で色白。すごく可愛かった。
僕の顔は真っ赤になった。
か、かわいい。まるでファンタジー映画のお姫様みたいだ!
こんな不良だらけの中に、こんな美少女が居るなんて!なんていうか、食虫植物か毒キノコしか生えていない場所に、一輪だけ綺麗なチューリップが咲いているようだ。
じっと目を合わせていると、彼女の唇が動いた。
「なにジロジロ見てんだ、殺すぞ」
一瞬で背筋が瞬間凍結した。
ドスの効いた声で彼女はそう言うと、顔を逸らした。
殺すぞ……。
間違いなく、さっき、そう言った……。
僕はまた頭を抱えた。
教室の中はガラの悪い連中ばかり。担任は角刈りで厳しそうなオッサン。こんな人達に囲まれて、高校生活を過ごさなければならないのか……。
これから先が不安で仕方がなかった。
だが、あの金髪の少女から「殺すぞ」と言われた時、恐怖はしたが、正直ちょっと興奮もした。
今日は入学式と今後の学校生活についての説明だけだったので、午前中に終わった。
逃げるように僕は教室から去り、学校から出て行った。この校舎、窓ガラスは割れていないが壁が落書きだらけだ。
そして、街の商店街らしき場所に着いた。ここでは普通の人々が街を歩いている。
はー。僕は息を吐き、汗を拭った。魔界から出てこれたような気分だ。
心に余裕が生まれ、周囲を見渡してみる。
やっぱり、今日は天気が良い。桜の花も綺麗に咲き乱れている。
物騒な街だけど、昼間は普通に良い街じゃないか。不良さえ出てこなければ。
安心したからか、急に腹の音が鳴った。
商店街にある老舗っぽい中華料理屋に入り、普通の醤油ラーメンを食す僕。美味い。無我夢中でラーメンを食べ、スープまで飲み切った。
食後。この街を歩き回ってみた。いろんな店があって、公園もあり、川もあって、花畑もある。
なんだか、だんだん癒されてきた。
すると、ある看板が目についた。「タキオンショッピングモール御米店は信号を右に曲がって○メートル」と書かれた看板。
タキオンショッピングモール!!
全国どこにでもある大型ショッピングモール、タキオン!!
何でも揃ってるショッピングモール、タキオン!!
ここ、御米市にもあったのかー!
なんだか、だんだん心が今の天気にように清々しく晴れ渡ってきた。
早速、レッツゴー!!
タキオンモール店内は、まさに天国のようだった。
多くの普通の人々が店内を歩いている。モール内はファッションの店。飲食店。本屋に雑貨店など、様々な店が揃っていた。
甘い匂いが鼻に入り込んでくる。この匂いは僕の大好きな匂い。あの甘いキャラメルポップコーンの匂いだ。
キャラメルポップコーンと来れば間違いない!甘い匂いに釣られるように、歩いていくと……。
そこには映画館があるではないか。
タキオンシネマだ!!
入口に貼られている映画のポスターを見て、僕は嬉しくなった。
これから毎日、この無法地帯で地獄のような日々を送るんだとばかり思っていたが、こんな無法地帯にも癒しの空間がある。
そう思うと、ボロボロと涙が出てきた。周囲の人々から変な目で見られたので、慌てて涙を拭いたが。
気を取り直して、映画館の前でウキウキしていると、
「あ、あれ?もしかして、平良君?」
可愛らしい天使のような少女の声が聞こえてきた。
僕は振り向いた。
確かにそこには、天使が居た。
「あー、やっぱり!平良君だ!平良一成君だよね!」
僕は驚いた。
「し、白石さん!!」
ウェーブのかかった長い栗色の髪の毛。ぱっちりした大きな目。愛嬌のある笑顔でブレザーの制服が似合う少女、いや、天使が居た。
天使は僕の目の前に駆け寄って来る。
「久しぶりー。平良くん。小学校以来だね!」
「え、ちょっ!し、しら、白石さん!え、ど、どうしてここに!?」
「ここに映画館があるから、今、なにが上映されてるか見に来たの」
嬉しさと驚きが同時にやってくる。
そして、僕の初恋……。
彼女は小学校卒業と同時に、当時住んでいた東京から引っ越して行った。
卒業式が終わった後の教室で、白石さんが引っ越すと聞いたときは号泣したものだ。
まさか、ここで彼女に会えるなんて……。
最後に会ったのが小学6年生の時だったといえ、今の彼女はぐっと大人っぽく変わっていた。でも、明るい雰囲気と笑顔はあの頃のままだ。
何故、彼女がここに居るのか。それは後で聞くとして、僕は幸せだった。
朝からわけのわからないことばかりだったのに、急に幸せがナイアガラの滝のように降り注いできた。
ああ、神様。ありがとう。神様は試練ばかり与えるのではなく、幸せも与えてくれるんだね。
ショッピングモール内のフードコート。僕と白石さんは席に座り、コーヒーを飲みながら会話を楽しんでいた。
フードコートには親子連れや、カップル、普通(ガラの悪くない)の学生達が居る。
彼女は小学校を卒業後、このY県御米市の隣、御蕎麦(おそば)市に引っ越した。中学はずっと御蕎麦市で過ごして来たが、高校は御米市の天丼学園を選んだそうだ。
天丼学園はこの御米市で一番頭の良い高校であり、県内トップクラスのエリート校である。何故、こんな無法地帯にそんな学園が存在するのか謎だが。
白石さんはコーヒーを飲みながら、
「平良君は牛丼高校なんだねー。そっちの学校はどうなの?」
「え?う、うん……まあまあかな……」
牛丼高校……。ぶっちゃけ、自分の名前が書ければ、すぐに入学できるような学校である。
何故、僕がこの高校を選んだのかと言うと、彼女の通う天丼学園に受かる自信はなかったし、他の高校はもっと荒れくれてると聞いたので、唯一僕が入学できそうだったのが、ここだけだったからだ……。
エリート校に行くことは出来ず、他の高校に行く勇気はなく、まだマシな牛丼高校しか選択肢がなかった……。
もし、もっと勉強していていれば、白石さんと同じ天丼学園に入学できたかもしれないのに……。
そう考えると、急にズゥンと気持ちが沈んできた。
「平良くん?ど、どうしたの?急に黙り込んじゃって」
「あ!う、ううん!!なんでもない!!なんでもない、ハハッ!!」
僕はコーヒーをがぶ飲みした。熱かった。
いかん。いかん。今、僕の目の前には、あの白石さんが居るんだぞ。
違う高校だけど、この御米市で白石さんに再会できたんだぞ!もう二度と会えないと思っていた天使の白石さんに再会できたんだぞ!
それだけでも十分、幸せではないか!
そう考えると、だんだん胸が暖かくなり、自然と涙が出てきた。またもや嬉し涙だ。
「どうしたの!平良君!?」
「な、なんでもないよ……。ちょっとコーヒーが熱くて……」
天使のような顔で僕を心配してくれる白石さん。
ああ、幸せだ。なんて、幸せなんだ。
だが、そんな幸せも長くは続かなかった。
「ヘイ、彼女ー。今、暇してるー?」
一瞬で、僕の心が急速冷凍された。
学ランを着たガラの悪い男子生徒三人組がいつの間にか、僕と白石さんの座る席を囲んでいた。
一人は茶髪で耳にピアスをした少年。もう一人はキツネのような鋭い目つきの少年。もう一人は身体が大きくガタイの良い少年だった。
サウナから出た瞬間、液体窒素をぶっかけられたような気分。
この学ラン……間違いない。牛丼高校の不良だ……。
さっきまで和やかだったフードコートの空気が、一気に殺伐とした空気に変わる。人々が駆け足でこの場から去って行く。
こいつら、どこにも居なかったのに、なんで急に出てきた……?
茶髪でピアスの不良A(仮)は、テーブルの上のコーヒーを腕ではらう。
コーヒーが床にぶちまけられた。
不良Aはテーブルに腕を置いて、白石さんに顔を近づける。
「キミー、可愛いねー。どこから来たの?その制服だと、天丼学園?」
怯える白石さん。
「あ、あなた達、誰!?いきなり、なんなの!?」
「そんなことどうでもいいじゃんー。それより、これから俺達と一緒に楽しいことしない?夜のクレーンゲームとか、夜のUFOキャッチャーとか……」
不良Aは下卑た笑みを浮かべる。
白石さんの背後に立つキツネ目の不良B(仮)は、白石さんの腕を乱暴に掴んだ。
「いやぁ!痛い!離して!!」
不良Bは白石さんの腕を掴んで、強引に立たせた。
白石さんの顔が苦痛で歪む。
「お、おい、やめろ!!」
ビビりの僕でも、さすがに声を荒げて立ち上がった。
すると、不良Aの口が開き、
「もやし眼鏡は黙ってろ」
大きな体躯の不良C(仮)が僕の背後に立った。
振り向くと、そのまま不良Cから頬を思いっきり殴られた。
痛みを感じるより先に、僕は吹っ飛んだ。
「うわああああ!!」
僕は眼鏡を落とし、テーブルや椅子を倒しながら、床に転がった。
「平良君!!」
不良達三人がそれを見て笑う。
痛い!痛い!とにかく、痛い!!唇と口の中が切れて、血が出ている。
不良Bに腕を掴まれた白石さんが必死に叫ぶ。
「平良君!!平良君!!」
不良Aが白石さんの頬に手を当てる。
「いいから、いいから。あんなダサ男君と一緒に居るより、俺達と夜のレースゲームでも楽しもうぜ、ハハハッ」
不快な笑い声をあげる不良A。
怯え、震え、目から涙を流す白石さん。
周囲は見て見ぬフリをする人々ばかり。誰も立ち止まってもくれない。店員達もこの場から逃げ出している。
誰も助けてはくれない。
絶望を感じながら僕は口を抑える。だが、血は止まらない。
畜生!畜生!畜生!!
あんなゲスな不良三人に白石さんが捕まっているのに、僕はなにも出来ない。
最悪だ!こんな目に遭うなんて!やっぱり、こんな街に来るんじゃなかった!!
せっかく再会できた好きな女の子を助けることすらできないなんて!!
情けない。惨めだ。無様だ。
僕は床に顔を伏せる。涙が出てきた。
ああ、もう死んでしまい……。
そう思った時だった。
「オイ、やめろ。お前ら」
フードコートに声が響いた。
え?
思わず、顔を上げた。
不良達三人組と白石さんも声の方に顔を向けた。
「お前ら。その女の子から、手を離すんだ」
眼鏡が無くて、視界がぼやけていても、何故か声の主の姿がハッキリと見えた。
そこには、学ランを着た一人の少年が立っていた。
身長は175センチほど。学ランのボタンをすべて外し、白いシャツが見える。細身で筋肉質な身体をしているのがわかる。顔はまるで彫刻で掘られたように精悍。瞳が青く光る。
そして、なによりも際立っていたのが、銀色の髪の毛。まるでオオカミのようだ。
いきなり現れたワイルドな風貌の少年に不良達三人組が思わず、息をのむ。
青い瞳を鋭くさせ、彼は口を開いた。
「もう一度言う……。その子から手を離せ……」
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