第29話 処女性とアンドロイドである理由

 俺たちはUターンして萩へ向かう。

 今は邪魔になるという理由で軍曹が助手席にいる。女神様の隣に座っているせいか大変恐縮しており、小さく縮こまっていた。

 後席のほうは、俺が真ん中、ララは左、ゼリアは右に座っている。ゼリアは皇族のララの隣には座れないと言い張るので俺が間に入ったわけだ。椿さんは相変わらずご機嫌でハンドルを握っている。


「椿さん。さっきの場所、そのまま放置してよかったのですか?」

「ええ。リンクを通じて報告してあります。既に綾瀬重工警備部と自衛隊、警察、消防が現地に到着していますね。異星人の遺体とその装備。あの大型ロボットまで丸ごと入手出来たようです。大満足なのではないでしょうか」

「なるほど。サル助は証拠隠滅しないのかな?」

「今回はそのようですね」

「ところで、ララさんってすごく強いんですね。びっくりしました」

「ふふふふふ」


 俺の問いかけに、ララが自慢げに笑う。


「ようやく私の真価が分かったのか」

「この間、霊力を使って戦うという話を聞きましたけど、やっぱり俺たちの常識では考えられないんですよ」

「ここではそうかもしれんな。帝国では常識なんだ。多くの者が霊力を使える。その技術が長けている者の事を法術士と呼ぶ。私はそれを物理的な力に変えて戦うんだ。まあ、霊力使いの天才なんだよ」

「霊力って、超能力みたいなもの?」

「同じものだと考えていい。認識の仕方と発動の方法が違うだけだ。フォースとか魔法とか、そういう言い方もある」

「なるほど。でもよくわからないですね。自分には使えないし」

「使えるように鍛えてやろうか?」

「え? マジですか? 使えるようになるんですか?」

「ああ」


 ララは薄笑いを浮かべつつ頷いていた。しかし、運転席の椿さんが首をブンブンと横に振っている。


「正蔵様。ダメです。一万回くらいぶっ殺されます」

「え?」

「椿様。バラさないでくださいよ」

「一万回殺されるって何ですか?」

「今の話は無し。聞かなかったことにしてくれ」

「分かりました」


 ララの言葉に頷いてはいるものの、納得なんてできるわけないじゃないか。一万回殺されるって、どういうことなのだろうか。俺が首をひねって考えている最中にゼリアが口を開いた。


「椿様、質問してもよろしいでしょうか?」

「なあにゼリア君。今晩、一緒にお風呂に入る?」


 ゼリアは真っ赤になり首を振る。


「いえ、そんな事じゃなくて、椿様のお姿についてです」

「何かな?」

「えーっと。椿様は帝国にいらっしゃったときは女鹿のお姿であったと聞いております。それ以前は鳥のお姿であったり、人のお姿であった事もあるとも聞いております。こちらでは何故アンドロイドなのでしょうか? しかも地球製の。普通に人のお姿ではいけなかったのでしょうか?」


 それは俺も聞きたかった。


「それはね。まあ、ね。色々事情があってね。まず、亡命先に地球を選んだのは正蔵様がいるからです」

「はい、知ってます」

「幽閉されていた牢獄から脱出したのですが、第3艦隊の追跡を逃れる為、急いで出発しちゃったんですね。それで鹿の姿のまま地球に来てしまったんです」

「はい。それも知っています」


 椿さんの話にゼリアが丁寧に相槌を打っている。


「地球に来て気付いたんですが、こちらでは肉体の組成を変更できなかったのです」

「それはどういう意味ですか?」


 今度は俺が口を挟んだ。


「アルマにおいては、肉体の組成を自由に変更できたんですよ。つまり、鹿から人間へ、人間からフクロウへ、老人から子供へと。そんな感じで体を作り替えることができたんですね」

「それはもしかして、老いないし死なないって事ですか?」

「そうですね。私は人間ではありませんし、女神ですし、そんなものでは?」

「まあ、そうですね。で、地球ではどうなんですか?」

「そう、大誤算だったのです。地球では肉体の組成変更ができなかった……本体部分と150光年も離れているので仕方ないんですけどね。さすがに鹿の姿では正蔵様と恋愛なんてできない。困った私に救いの手を差し伸べてくれたのが紀子博士です」

「それでアンドロイドの中に入っちゃったんですか?」

「そういう事です。ちなみに、この体はアルマで人間だった頃のイメージ通りに制作していただきました。制作と調整に1年かかってしまったのです。ちゃんとエッチもできますよ。それに、まだです」


 俺とゼリアは二人で顔を赤くしていた。


「私もだぞ」


 今度はララが口を挟んで来た。


「わざわざ言わなくてもわかってますから。ララさん」

「そうか。一応、宣言しとかんとな。こないだの件もあるし」


 俺の突っ込みに平然と答えるララだった。確かに、昨夜のレイプ未遂事件もあったのだが、この宣言の必要性が分からない。


「おや。検問ですね」


 萩市街に入る手前で検問に止められた。そこにいた警察官は、俺たちの事を事前に聞いていたのだろう。免許証も見ずに敬礼をして「ご苦労様です」と挨拶して通してくれた。あちこちでパトカーや白バイ、自衛隊の車両を見かける。他県ナンバーの機動隊車両まで来ている。椿さんは萩市椿の綾瀬重工本社へは行かず、益田方面へと車を走らせた。


「椿さん、どこへ行くんですか?」

「紀子博士の所へ行きます。急遽、皇帝警護親衛隊萩支部の発足記念パーティーをやるんだそうです。楽しそうですね」

「パーティーなんてしてていいんですかね?」

「大丈夫でしょう。作戦会議も兼ねてって事のようですし」

「ふーん。ところで沈んだ護衛艦って?」

「〝いづも〟です」

「あ、こないだ固定翼機が運用できるように改修したというアレですか」

「そうです。綾瀬重工製のマルチロール艦上機〝叢雲むらくも〟を搭載する予定でした」

「よりによってアレですか。貴重な軽空母を失って、日本としたら痛いんじゃないですかね」

「痛いでしょうね。ただし、艦載機は搭載していませんでしたし、乗員にも死傷者は出ませんでした」

「不幸中の幸いってやつですか」

「そうですね」

「いづもを撃ったのは?」

「米国の軍事衛星ゴルディアスです。レールガンですねぇ」

「レールガンって。そんなものが日本の上空にいるの?」

「ゴルディアスは高度約400キロメートルの軌道を、秒速7・7キロメートルで周回しています。一周は約90分ですね。弾体は、衛星に設置されたレールガンから秒速1000メートルで投射されます。衛星の速度と併せ、弾体の速度は秒速7~8キロメートル程度となります。これは運動エネルギーとしては十分すぎる数値なのですが、速度が高すぎると、誘導システムの関係上命中精度が下がってしまいます。そこで、弾体は回転を与えて投射され、直後に大きめの翼が開きます。この翼で竹とんぼのように回転しつつ大気の抵抗で減速し、目標まで誘導されます。最終的な速度は秒速3キロメートル程。約5分で着弾します。ちなみに弾体の重量は約60キログラムですね。衛星一基当たり6発搭載されています。概ね155ミリ砲に相当します」

「155ミリって?」

「戦艦大和の副砲ですわ」

「そうですか」

「最上級重巡の主砲をそのまま載せちゃったというアレです」

 

 う……そんな説明されても理解できない。


「ちなみに、このゴルディアスはミサイル防衛の一環として配置されたもので、ミサイルの発射施設や発射用の台車を正確に打ち抜くための兵器です。それが艦船を狙うとはあり得ない行動です」

「つまり、ハッキングされていたと」

「恐らく。さっきのサル助が言っていたよくない事の一つだと思います。コントロールを奪還できなかったみたいで、米海軍のイージス艦が撃墜しました」


 よくない事か。椿さんを巡って日本と米国が対立しなければいいのだが……そうは言っても俺が悩んでも何もできないのはわかりきっている。


 紀子博士の自宅は廃業したホテルを買い取って改修したもので、笠山の中腹にある。中腹といっても笠山自体が標高112メートルの小さい火山なので、決して高いところにあるわけではないのだが、見晴らしは大変に良い。俺は実家に馴染めなかったせいか、叔母の、この元ホテルの自宅へ入り浸っていた。大学に入って1年間はご無沙汰だったのだが、その間に椿さんが来て、ここであのナイスバディが制作されていたという事らしい。

 国道から左折し車は笠山へ向かう。中腹に見える結構大きい建物が紀子博士の自宅になる。途中で大層なゲートがあり警備ロボットが出てきて挨拶をする。急な坂道を上り玄関の前へ停車する。二人のメイドが出迎えてくれた。

 オーソドックスなエプロンドレスと白いヘッドドレスを身に着けている。一人は中肉中背のナイスバディで茶色のショートヘア。もう一人はやや小柄のスリム系で黒髪を三つ編みのおさげにしていた。二人の眼は椿さんと違って、シルバーのミラー加工されたレンズがはめ込まれていた。

 彼女たちが椿さんの姉妹型アンドロイドになるのだろう。確か、椿さんがタイプAで、妹二人がタイプBだったと記憶していた。


 俺たちは車を降り、玄関前へと向かった。


「皆さま、お疲れ様でございます。私は綾瀬重工製家事支援アンドロイドの佳乃夏美よしのなつみと申します」

「私は佳乃翠よしのみどりです」


 オーソドックスなメイド姿の、二人のアンドロイドが挨拶をした。姓も椿さんと同じ佳乃よしのを名乗っており、椿さんの妹という設定そのままだった。

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