第15話 手榴弾

「これをその生徒に渡してほしいんですよ。」


どう見ても、それはここにあってはならない代物だった。


それをたやすく、校長は私の目の前に出したのだ。


手榴弾だった。


驚きよりも怒りの方が勝った。


なんだその生徒に男らしく自害しろとでも言いたいのか、それともいじめっこにぶち当てて加害者側になれとでも言いたいのか、ジョークにもほどがあるぞ。


「梶先生が考えてるようなこととはちょっと違うから、落ち着いてくださいね。」


ちょっと違うんかい!


せめて歯切れは悪くとも全否定してくれた方がまだ良かった。


「これは爆発すると、周りにいる人、全員の能力が向上するんですよ。」


私の考えていたこととまるっきり違うではないか。


いや、違って良いのか……。


「例えば、大勢で一人をいじめていたとします。これが爆発すると。いじめられている子が狂暴化して、いじめていた子に暴力をふるいます。そして、いじめていた子もまた狂暴化して、近くで同じくいじめていた子に暴力をふるいます。その場にいた個々人が加害者被害者関係なく暴力をふるうようになるのです。」


「……それは、能力が向上したのではなくて、知性がなくなって殴り合いをおっぱじめているだけですよね?学園内を荒らしたいんですか?」


「いやいや、知性は残っていますよ。梶先生、勢力均衡ってことばがあるでしょう。」


「急になんですか。」


要はこういうことらしい。


人間は、闘争心を抑えることが容易でない生き物だ。


学園内のいじめを防ごうとしても容易でないことは目に見えている。


では、誰もがそれぞれ恐るべき力と知性を備えているなら、皆互いに恐れをなし、いずれは加害者被害者に限らず暴力をふるうことをしなくなるだろう、とのことだ。


「いや、絶対無理でしょうに。そんなの永遠に殴り合いを続けるだけですよ。」


「その点も大丈夫。これは、暴力を受けた時の恐怖心を常人の何倍もの大きさで、個々人に植え付けてくれるんですよ。とにかく、こういったことは、非常勤の先生である、貴方がこっそりやってもらう必要があるんです。常勤の先生は、あまりやりたがらないんですよ。」


なるほど、汚れ役を私がやれということか。


この学園での「いじめ」問題に対しては結構大きな問題であり、非常勤である私も悩むことが多かった。


多分校長は、全生徒が暴力をしなくなるまで、手榴弾を使い続けていくつもりなのだろう。


「……学園内の教師も生徒の家族にも例外なく手榴弾を使うのですか?」


校長は席を立って、窓の外を見ながら返答する。


「いずれは、そうなるねぇ。まあそれは、家庭訪問という理由で生徒の家に常勤の先生が行けばいいんだけど、まあそれは梶先生の最初の行動が成功してからおいおいと……。」


「校長、今のところ手榴弾は、それ一個ですか?」私は、机の上の一個を指さしてそう言った。


「ん?校舎裏の倉庫に段ボール50箱分ありますよ。」


「その担当全て私にやらせてもらえませんか?」


え?と校長は徐に私の方に向き直ると同時に、私は机の上の手榴弾を手に取って、安全ピンを外し、校長に向けて投げた。


バガァァァァァァン!


破裂音が学園中に響き渡った。


予想以上に煙が部屋中に沸き、何が起こったのか分からなかったが、私と校長が殴り合っていることは分かった。


「どうしたんですか?」


他の教師たちが校長室の入り口に駆けつけてくるのが分かった。


私は、駆けつけてきた教師たちを突き飛ばし、一目散に校舎裏の倉庫に向かった。


そして、カギをぶち壊し、中にある段ボールを全て抱えながら、町中を駆け回り、手榴弾を投げまくった。


各地で爆発音が鳴り響く中、私は思った。


「俺もいじめられっこだったんだよ……。」

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